心からの贈り物
「うっわ、尾白それどうしたんだ?」

「あー……中学の時の知り合いから……朝から正門に集まってて、学校の迷惑になると思って全部もらってきちゃって……」

「お前、結構モテてたんだな。」

「いや、多分ほとんどがミーハー。俺が雄英受けるってなってからだもん。中学の時も一応全部もらって食べはしたけど受験があって大変だったし、お返しも大変だったよ……」

「……でも、まずいな。」

「え?」

「いや、まァ、余計なことは言わねーけど、それ、返したほうがいいぞ。」

「そりゃお返しはするよ。」

「そうじゃなくてよ……」


朝から厄介な問題ごとを抱えてしまったとげんなりしていると砂藤に話しかけられて。返せ、というのはホワイトデーのことだろうがそうではないとか。一体どういうことなのだろうと首を捻れど答えは分からずじまい。しかしこんな大量の義理チョコはあれど、一番価値ある俺の大本命のチョコは手元になくて。俺の愛する人、統司真、彼女のチョコ以外はあってもないようなものなのだ。はぁっと溜息を吐いたところで、いつの間にかやって来ていた上鳴や峰田から揶揄われてしまった。


「うわっ、尾白意外とモテんだな!」

「そんなんじゃないって……」

「いーよなー、そんなモテる上にあんな可愛い彼女から本命チョコもらえんだろ?」

「統司ちゃんは多分オイラ達にもくれるよなー、優しいもんなー。」

「真のチョコ……みんなももらうのか……」

「いや義理だろド義理!どー考えても本命はお前なんだからそんなことで嫉妬すんなよ!」


上鳴と峰田は笑いながら俺を揶揄ってくるけれど、なぜか砂藤だけはいつまでも怪訝な顔をしたままで。どうした?と尋ねてみても、イヤ……と言うだけでそれ以上は言葉は返ってこず。





気付けば既に放課後で。俺の大事な彼女は本日一度も姿を現さなかった。昼休みに俺が食堂に行っている間にA組にやって来て、友達にチョコを配り回っていたということは聞いたのだが、俺の手元に彼女のチョコは届いていない。寮の一階で頭を抱えながら、はぁっと溜息を吐いたところで今朝と同様、怪訝な表情をした砂藤に話しかけられた。


「尾白、そのチョコ、どーすんだ?」

「え?どう、って……全部食べてお返しもするよ?」

「……お前、統司の気持ち考えたか?」

「え?」


真の気持ち……?


「お前よぉ、昼休み、俺、峰田、上鳴に轟、それから常闇に爆豪だったか……俺ら男が統司からチョコもらったの、正直嫌だろ。」

「うっ……ま、まァ……嫉妬はするよ。けど、真のことだから、普段お世話になってるお礼だとか……」

「統司はお前みたいに達観視できてねェと思うぞ。」

「と、轟……?」


俺の言葉を遮ったのは轟だった。


「いくらあいつが優しいからって、自分の彼氏が他の女子からのチョコもらって嬉しそうにしてたら面白くねェだろ。」

「あっ……」

「轟の言う通りだよ。口止めされてたんだけどよ、統司、屋上で泣いてたらしいぞ。たまたま上鳴が見っけて慰めたけど、相当傷ついてたって。昨日も夜遅くまでお前のためだけに何度も何度も作り直してたしなァ。おかげで俺も寝不足でよォ……」

「なっ、泣いて……!?おっ、俺、真のところに……!」

「待て。」


勢いよく立ち上がった俺を制したのはやはり轟で。


「それ、全部処分しろ。今すぐ返しに行くか捨てるかしろ。」

「えっ、いや、でも……それは人の気持ちを踏みにじるというか……」

「誰にでも優しいのはお前の良いところだと思う。けど、守りてェもんちゃんと見ろ。彼女、泣かせちゃ意味ねェだろ。優しさを履き違えんな。」

「と、轟、お前……結構厳しいこと言うな……」

「……泣きそうな顔で渡される身にもなってくれ。あんな顔されちまったら流石に俺も心配だ。」


知らなかった。真が泣いていたなんて。俺はなんてバカなんだろう。生涯かけて守ると誓った大事な人を傷つけて泣かせてしまうなんて。奥歯が砕けてしまいそうなほどぐっと歯を食い縛る。情けない。けれど、今は何も考えている余裕がない。


「轟、砂藤、ありがとう。俺、これ全部返しに行ってくる。」

「その量、一人で大丈夫か?俺も手伝うぞ?」

「いや、受け取った以上一人一人丁重にお返ししたいし、大事な人がいるからって説明したいんだ。だから、俺一人で行くよ。」

「わかった。もし統司がここに来たら俺か砂藤がここで捕まえとく。だから早く行ってこい。」

「ごめん!ありがとう!」


俺は荷物を持って寮を飛び出した。相澤先生に外出届を出しに行くと、すぐに許可印をもらえたのだが、ひとつ気になることがあった。俺の直前に上鳴が外出届を出していたことだ。確か昼休みに泣いてる真を見つけたのは上鳴だったか。詳しく話を聞きたいと思った俺はまだ彼が学校の近くにいないかと足を進める速度を上げた。


校門のところで上鳴は誰かと話していた。細い目をさらに細めて相手を注視すると、栗色の髪に、きらりと赤く光る林檎の髪飾り、大きな白いコートに白いマフラー、小さくて可愛らしいあの後ろ姿……間違えるわけがない、俺の大事な彼女のそれなのだから。俺は全力で彼女達に駆け寄って、上鳴に笑顔を向けている彼女の名前を大声で呼んでしまった。


「真!!」

「きゃっ!」


彼女は大声に驚いたのか瞬時に上鳴の後ろに隠れてしまった。けれど声の主が俺であることに気がついたのか、小さくあっと声を漏らすとひょこっと顔を出してきた。彼女の綺麗な目は真っ赤になっており、周りは腫れていてとても痛々しい。俺のせいで……本当なら今すぐ彼女をこの腕に閉じ込めたい。けれど今の俺にそんな資格はない。手に抱えたこの大量の荷物を一刻も早くどうにかしなければならない。


「こ、これ、今から全部返してくる!だから、真の気持ち、ちゃんと聞きたいし、俺の気持ちも聞いてほしいんだ!」

「きゃっ!う、う……」

「あっ、ご、ごめん!えっと……」


大きな声に驚いたのか、真は隣にいる上鳴の服の端をギュッと握りしめていた。しかも脚が少し震えて片足を少しだけ後ろに下げた。まずい、あの動作は決まって彼女が泣く時の動作だ。これ以上泣かせるわけにはいかない、もう彼女の悲しむ姿なんてたくさんだ。


「と、とにかく、俺、これ全部返しに行くから、後で……ううん、明日でも明後日でも、その後でも構わない。だから……」

「……真ちゃん、どーする?」

「……いや。」

「えっ?ご、ごめん、もう一度……」

「……いやっ!」

「真!?」

「うわっ!ちょっ、真ちゃ……!」


真は静止する俺達の声を振り切って物凄い速さで走り去ってしまいあっという間に目の前から消えてしまった。上鳴はバツが悪そうに頭をかいている。


「今から真ちゃんとチョコ食いに行って、一緒にチョコ買って尾白んとこ持って行こーぜって話してたんだよ……なのにお前がそんなもん持って来るから……」

「ご、ごめん……でも俺、これ、返しに……」

「わかったから順番に処理しろって!まずそれ返しに行け!俺が真ちゃん探しとくから!な!見つけたら連絡すっから!」

「わ、わかった、ありがとう。」


俺はここから数時間かけて中学の同級生の家を回った。思った通り、ほとんどがただのミーハーで俺自身に興味があるというよりは雄英、ヒーロー、そういった名声に興味があるといった感じで。中には真剣な想いを語ってくれた子もいたけれど、悪いが俺には真しか考えられないと全て丁重にお断りさせていただいた。もう空は真っ暗なのに、未だ上鳴からの連絡はない。こんな時、彼女が行きそうな場所なんてたった一つしか見当がつかない。上鳴に寮へ戻るよう連絡を入れた俺は彼女と同時に恋に落ちたあの公園へと足を運ぶことにした。


案の定、寒空の下、あの大きな木の下で彼女はたったひとりで泣いていた。そんな彼女を後ろからそっと抱きしめたら、最初はイヤイヤと身を捩っていたけれど、ちゃんと話がしたいな、と一言添えたら消え入りそうな小さな声で、逃げてごめんね、と呟かれた。


「真、怒ってる?」

「……猿夫くんには、怒って、ないよ。」

「何に怒ってるの?」

「……弱い、わたし。」

「……真は悪くないよ。」

「ううん……わたし、悪い子だから……猿夫くん、わたしのことなんて、要らない、でしょう……」


自分の中で何かがプツンと切れる音がした。気がつけば彼女を思いっきり抱きしめたまま、彼女が怯えるであろうことも忘れて思い切り怒鳴りつけていた。


「ふざけるな!!言っていいことと悪いことがあるだろ!!」

「ひっ!ご、ごめ、う、うう、ひっ、う、うわあああああああん!!」


真は思い切り泣き叫び身を捩って俺を振り払おうとしたけれど、両手首をがっしり掴んで腕も尻尾も巻きつけて、決して彼女を逃さない。俺がこんなことを彼女に言わせてしまったんだという罪悪感と自分への憤りで無性に感情を抑えられない。俺は彼女を姫抱きにして、キッと見下ろした。彼女は身を固く縮めて、全身をガタガタ震えさせて真っ赤な目から大粒の涙をこぼしながら俺を見ている。


「このまま寮まで連れてくから動かないでよ。」

「う、うう、は、はい……」


完全に怯えきった彼女はいつもの様に俺に腕を回してくれることはなく、ただ自身の小さな身体をきつく固く抱きしめてガタガタと震えているだけだった。





心からの贈り物




要らない、なんて、何がどう間違ったらそんな考えに至るんだ。


俺の方こそ、キミには要らない男なのかもしれない。キミを傷つけて泣かせてばかりで、あんなことを言わせる様な男なんて……


けれど彼女と離れるなんて選択は、俺の頭にはカケラも存在しちゃいなかった。




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