大切で大好きな猿夫くん。彼はいつだってどこだって、救けて!尻尾のヒーロー!と願えば必ずやって来てくれる。今もわたしを見つけて震える腕でぎゅうっと抱きしめてくれている。けれどわたしは彼の怒りを買ってしまったみたいで、1年近く付き合って来て初めて大声で怒鳴りつけられてしまった。幼き日の恐怖がフラッシュバックして、身体の震えが止まらない。彼の目が、言葉が、怖い。
寮について、彼は無言でわたしを自分の部屋へと連れ込み、少し乱暴にわたしをベッドに組み敷いた。彼はとても悲しそうに瞳を揺らしている。そっと手を伸ばされて、ひっ!と小さく声を上げてしまったけれど、彼はいつもの様に優しくわたしの頬に指を滑らせた。小さな声で、ダメ?と聞かれる。彼の瞳は揺れていて、映るわたしの姿がぼやけている。彼を辛い気持ちにさせたくない……わたしは小さく、いいよ、と答えた。
ゆっくり長く、一度だけ唇が重なって、ちゅっと音がしてそれは離れた。彼は心底ほっとした様な顔になって、わたしを引っ張り起こすと、尻尾、腕、脚、全てを使ってわたしをガッチリとホールドした。この手を背に回していいのわからなくて、彼のシャツの胸元を掴んだら、とても切なそうに、抱きしめて……とお願いされて、わたしはそっと彼の背に手を回して、彼の服をきゅっと掴んだ。しばらくお互い無言だったけれど、彼はぱちっと目を合わせて来てわたしにたくさん話しかけて来た。
「どうして走って行っちゃったの?」
「他の女の子からもらったチョコを見たくなかったの……それに、お、怒られる、って思って……」
「ごめんね……返しに行こうとしてたんだ……あと、俺、全然怒ってないよ。まァ、凹みはしたけど……チョコ、もうないの?」
「ご、ごめんなさい……チョコ、全部、た、た、食べちゃった……うっ、うう……」
「な、泣かないで!大丈夫!また来年、楽しみにしてるから!ね!」
「うん……ごめんね、ありがとう……」
猿夫くんはいつも通り優しくふにゃりと笑ってわたしの頭をたくさん撫でてくれた。今の彼はこんなに優しいのに、わたしは先程大声で怒鳴られたのを思い出して、身体がガタガタと震え出してしまった。
「ど、どうしたの!?」
「も、もう怒ってない……?」
「えっ?」
「さ、さっき、ふ、ふざ、ふざけ……あ、あうう……ひっ……」
「ご、ごめん!怖かったよね、本っ当にごめん!俺、最低だ……真に当たっちゃうなんて……」
「……わたしに、怒ったんじゃ、ない、の?」
わたしがまたつーっと涙をこぼしたもんだから、猿夫くんは優しくハンカチでとんとんと涙を拭いてくれた。
「うん、怒鳴ってごめん。アレ、真に怒ったんじゃないよ。」
「そう、なの?」
「うん、俺自身への怒りさ。真を傷つけて泣かせて追い詰めて……あんな言葉を言わせてしまった俺に対して、ね。」
「ううん……ひどいこと、言ったのはわたしだよ。猿夫くんは、悪くないよ。ごめんなさい……」
わたしが謝ると彼はわたしの大好きな王子様の様な笑顔で、俺もごめんね、もう謝るのはお互い終わり、って言ってくれた。わたしはこくんと頷いて、彼の肩に自分の顔を埋める様にぎゅうっと抱きついた。
「俺のこと、怖くない?嫌じゃない?」
「怒ってる時は怖かったよ。でも、今は怖くないよ。いやじゃないよ、だいすきだよ……」
「俺も真が大好きだよ。信じてくれる?」
「うん、信じる。」
「良かった……俺、真のこと、要らないなんて一度も言ったことないし思ったこともないよ。」
「本当……?」
「当たり前だろ……いなきゃ困るくらいだよ。夏のこと、もう忘れた?」
忘れるわけがない。彼があの場所でわたしに永遠の愛を誓ってくれたこと。わたしも彼に同じ想いを綴ったこと。考えるまでもない。このひとじゃなきゃ、だめなんだって、そんなの、わたしが、いちばん、わかってる。再びわたしの目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちて、彼は慌ててわたしの涙をハンカチで拭いてくれた。
「俺、真のこと泣かせてばっかりだね……」
「ううん……すぐ泣いちゃうわたしが悪いから……」
ぐすんぐすんと泣くわたしの背をとんとんと優しく叩いてくれる。彼にしがみつくように抱きつく力を強めたら、彼もわたしをもっと強く抱きしめてくれた。
「真、聞いて。」
「うん。」
「また喧嘩するかもしれないし、泣かせるかもしれない。でも、俺、別れたくない。ずっと、キミのそばにいたい。傷つけてしまうのも辛いけど、キミがいなくなることが何よりも辛い……」
猿夫くんがわたしを抱きしめる力がもっと強まったと同時に、彼は少しだけ肩を震わせていた。わたしはそっと彼の首に腕を回して、唇を突き出してちゅっと彼の唇に口付けて、彼とぱちっと目を合わせながら、ゆっくりひとつずつ丁寧に、彼への愛の言葉を綴った。
「わたしも……わたしもね、あなたがいなくなることが、いちばん、辛いよ。だいすきだから、一緒にいたいよ。やきもちたくさん妬くし、いじっぱりだし、泣き虫だし、弱虫で……わたし、ちっとも良い子じゃないけど、でも、猿夫くんのこと、だいすきな気持ち、わたしがいちばんだもん……もっと、もっと、良い子になるように、わたし、頑張る、だから、捨てないで……」
「またそんなこと……捨てるわけないだろ、ずっと俺の目の届くところにいてくれなきゃ困るよ。俺も、真のこと大好きな気持ち、俺が一番だよ。それに、真は心も目も綺麗で、優しくて可愛くて、本当に良い子だよ。俺はありのままの真が好きだから、そのままでいてほしい。これから先もずっとそのまま。俺の好きな真のままで……」
「猿夫くん……」
「真……」
わたし達は今まででいちばん熱くて深いキスをした。そしてそのまま彼に押し倒されて、お部屋を真っ暗にされてしまった。まだわたし達は子どもだから、大人の愛情表現はできないけれど、心からの愛情を全部全部言葉に綴って、たくさんたくさん贈り合って、チョコレートなんか溶けちゃうくらいに熱く熱く愛し合った。
心からの贈り物
「真、今日も最高に可愛かった。愛してるよ。」
「えへへ、嬉しい……わたしも、あいしてるよ。」
「……やっぱり全部脱がせていい?」
「ば、ばか!えっち!すけべ!最低!わたし、帰る!」
「ごごご、ごめん!あんまり可愛くてつい……!」
「……もう!仕方ないんだから!」
わたしは彼の胸に思い切り飛び込んで、脱がせちゃダメだけど触るくらいなら、と呟いた。すると彼は今日チョコを食べていないはずなのに大量の鼻血を噴いてしまった。