わたしの王子様
「真!一生のお願いっ!」

「無理だよお!お姫様なんてできないよお!」

「そこを何とか!ねっ!お願い!」

「無理なものは無理だよお!」

「……ネズミーランドのペアチケット懸賞で当たったんだけどあんた彼氏と行きたがってたよね?」

「やります!」

「さっすが真!やっぱあんた好きだわ!」


わたしの2人の親友の片割れ、背の高いショートヘアの女の子は演劇部に所属している。今回の頼みとは、週末の演劇発表会でヒロインを務めてほしいというもの。本来ヒロインを演じる予定だった子が昨日自転車と衝突事故を起こして大腿骨を骨折してしまったとか。王子様役の男の先輩があまり力持ちではなくて、お姫様抱っこをするには体格の小さい女の子じゃないと厳しいからということでわたしが抜擢されたらしい。


こうして今日の放課後から、週末に向けて毎朝、毎昼、毎放課後全ての時間を演劇の練習に回して、出来る限りの全力を尽くした。この間は猿夫くんに全然会えてなかったのだけれど、本番前日のお昼休み、彼は突然D組の教室にやって来た。


「真、英語の教科書持ってたら貸してほしいんだけど……」

「あるよ、どうぞ。」

「ありがとう、助かるよ。ところで、明日って暇?良かったら……」

「真の彼氏君!明日暇?今週真を取っちゃったお詫びにこれあげるから明日おいでよ!」

「ちょ、ちょっと!恥ずかしいからヤダよ!」

「……あんたのお姫様姿、彼氏君が見たらまた惚れ直すかもよ?」

「ぜひ来てください!」

「演劇の……チケット?こんなにいいの?」

「いいよいいよ、友達連れて来なよ!あ、親友の彼氏のよしみでお金はいらないからさ。」


猿夫くんには今週は親友との都合だと曖昧に言っておいたのに、あっさり親友にバラされてしまった。でも今週みっちり練習したし、幸い眠り姫のような設定で台詞も少なかったし失敗はないだろうと思って特に緊張することなく当日を迎えたのだけれども……





「キスシーンがあるなんて聞いてないよお!昨日まで違う目覚め方だったのに!」

「ごめんって!今朝決まったんだよ!でも、そこはフリでいいんだって!」

「やだ!猿夫くんも見に来るんだよ!?誤解されて嫌われちゃうかもしれないよ!?」


わたしが涙目になってあまりにもイヤイヤと駄々をこねたら、王子様役の先輩がしゅんとしてしまった。それを見ると少し悪いなと感じてしまって、しぶしぶだけど引き受けることにした。先輩はとても親切で、フリで済ませるし観客から見えない角度だから目を開けて確認していいよと言ってくれたので助かった。正直、王子様役が猿夫くんだったら良かったのに、と思ってしまったのは秘密だ。


定刻に公演は開始されて、滞りなく進んでいった。猿夫くんは結構前の方の座席にいて、上鳴くん、透ちゃん、峰田くん、師匠が一緒にいるのがわかった。わたしはほとんど喋らなくて良かったから、ぼーっとしていたら物語はあっという間に終盤に突入して、わたしは例のキスシーンに臨んだ。先輩の言う通り、キスはフリだったし目も開けて確認もした。このシーンの間はずっと目の前の人が猿夫くんだったら、と思って演じきった。そして感動のフィナーレを迎えて、暗幕が降りた。


服を着替えて演劇部の皆さんとお別れして、会場の外に出た。髪やメイクはお姫様のままで、正直自分でもとても可愛いと思った。ちなみにこれらは親友が施してくれたもので、流石メイクアップアーティストを目指しているだけのことはあるなと惚れ惚れしてしまう。そんなことを思いながら、猿夫くん達と合流するために連絡の入っていた待ち合わせ場所へ向かった。


みんなと合流したら、綺麗だった、可愛かったとか、上手だった、感動したとかたくさん感想を述べてくれた。彼らは帰寮する前にファストフード店に寄るとのことだったけれど、わたしは早くお風呂に入りたかったから先に帰ることにした。猿夫くんはわたしを1人にしたくないからとのことで、帰り道はわたしと彼のふたりきり。みんなの前ではニコニコしていて、今お話しているときも口調はとっても優しいけれど、少しだけご機嫌斜めなのがわたしにはわかる。だって繋いでない方の手で尻尾を何度も弄ってるから。原因は言わずもがな例のシーンだろう。あれはフリだったよ、とネタばらしをしてもまだ虫の居所が悪かったみたいで。


学校に着いても彼はわたしの手を離してくれないままA組の寮へ向かって行く。ひとまず彼の機嫌をなおすまでお風呂は我慢することにして黙ってついていった。


猿夫くんのお部屋に一緒に入るなり彼はぎゅーっとわたしを抱きしめた。やっぱりやきもち妬いてたんだなあとすぐにわかって、強く強く抱きしめ返した。


「ごめん、俺、本当に器が小さくて。真のお姫様姿が本当に可愛くて、それにあの王子様役の人もかっこよくて周りのお客さんもお似合いだって言ってたから、真が取られるんじゃって思って……」


猿夫くんはいつもそっと優しく抱きしめてくれるのに、今日はとても強い力で抱きしめてきた。あなたはこんなにかっこよくて優しくて素敵なひとなんだから不安に思う必要なんてないのに。彼を安心させたくて、わたしは少し恥ずかしかったけれど捲し立てるように思っていることを率直に述べた。


「大丈夫、猿夫くんは全然器の小さいひとじゃないよ。すっごく大きいよ。それに誰とお似合いとか関係ないよ、わたしが一緒にいたいのは猿夫くんだけだよ。それと、あの先輩の顔、正直あんまり覚えてないよ。」

「俺、情けないな……」

「そう?わたしは嬉しいけどなあ。」

「何が?」

「やきもち妬いちゃうくらい、すきでいてくれてるんだなあって。」

「当たり前だろ……真は可愛いんだから、少しは危機感持って欲しいくらいだよ……」

「そんなの要らないよ。」

「何で?」

「だって、わたしの王子様は猿夫くんだけだもの。」

「……俺なんかでいいの?」

「猿夫くんじゃなきゃだめだよ。」

「……ありがとう。真、今日は本当にお疲れ様。お風呂入りたいんでしょ?D組の寮まで送るから、お風呂行きなよ。」

「うん、ありがとう!」


猿夫くんはすっかり機嫌を直してくれたみたいで、いつもの優しい笑顔でわたしの手を引いてD組の寮まで連れていってくれた。やっぱりわたしの王子様はこのひとだけだなあと強く強く思った。





わたしの王子様




「ね、気になってたんだけどさ、あのキスシーンって本当にキスしてないんだよね?」

「するわけないよ。先輩と打ち合わせして、あのシーンではずっと目を開けてたよ。」

「先輩がウソ言って本当にキスするつもりだったらどうしてたの?」

「あんまり知らない男のひとと話すときは一応こーやって目を全開にしてるからわかるよ。」

「そ、そっか、個性がそれだもんね。」

「でも、もし他の誰かにキスされちゃったら猿夫くん消毒してね。」

「それはもちろんだけど、キスされないよう危機感を持とうね……」




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