求め合うふたり
「あ、雨だ……」


今朝、夕飯は何がいい?と聞いたら、ハンバーグが食べたいと言われて。いってらっしゃいのチューをして、猿夫くんをお仕事に送り出した後、お部屋の掃除をしたり洗濯物を干したりと家事に勤しんだ。冷蔵庫の中を確認すると、お弁当に使った分で卵がきれてしまったことに気がついた。そこでわたしはスーパーへ買い物に来ていたのだけれど、あんなに晴れていたのに丁度帰るところで突然の雨。傘を持っていないわたしは少し雨宿りをしてから帰ろうと思って買い物袋を手にスーパーの中の休憩スペースに腰掛けた。


猿夫くん、今日は事務仕事って言ってたから大丈夫かなぁ……雨が続きそうだったら、お迎えに行った方がいいかなぁ……と考えながら待っていたら雨は止んで、空は晴れて綺麗な太陽が見えていた。この空ならきっともう雨は降らないだろう。歩いて帰る道は濡れていて、太陽の光が反射してキラキラと輝いている。まるで宝石が散りばめられているみたいで、雨も悪くないなぁと感じる。


帰宅して荷物の整理をしてから少し読書をして、良い時間になった頃にお風呂の掃除や残りの家事を済ませて、夕飯の準備にとりかかった。ハンバーグとサラダ、オニオンスープと、後もう一品くらい欲しい。そうだ、確かほうれん草があるから、ベーコンと一緒にバターで炒めよう。エプロンをつけて、愛する旦那様のことを考えながら着々と作業を進めていった。大学に通っていた頃は頻繁に自炊をしていて、お料理の師匠である砂藤くんから色んなレシピを教えてもらったことがすごく役に立っている。さて、あとはテーブルに運ぶだけというところで彼が帰ってきて、わたしは玄関へ走った。


「ただいまー!真、タオル持ってきてもらってもいい?」

「おかえり……わ!大変!」


猿夫くんは全身びしょびしょに濡れていた。帰っている途中で大雨が降ってきて、雨宿りをしようかと思ったけれど、もう家も近かったから走って帰ってきたみたい。空の様子を見て、もう雨が降らないと油断していたけれど、やっぱり迎えにいけばよかったかなぁとちょっぴり後悔。バスタオルを渡して、わたしもお手伝いして二人で彼の身体の水気を吸いとった。


「今からお風呂沸かすからその間にご飯食べちゃおう。もうできてるから。」

「ありがとう。ね、風呂一緒に入らない?」

「は、恥ずかしいからダメ!」

「ええ……ベッドではあんなに……」

「さ、最低!もう!ハンバーグ、全部わたしが食べる!」

「ご、ごめん!俺が悪かった!」

「もう……おかえりなさい。」

「ん、ただいま。」


おかえりなさいのチューをして、わたしがお風呂のお湯はりをしている間、猿夫くんに配膳をしてもらって、ふたりで一緒に夕飯を食べた。彼が尻尾をぶんぶん振りながら美味しい美味しいと食べてくれたのがとても嬉しかった。綺麗に全部平らげて、お皿を片付けたところでちょうどお風呂のお湯はりが終わった機械音が聞こえた。彼のパジャマと下着とバスタオルを手渡してあげたらもう一度お風呂に誘われた。


「ね、どうしてもダメ……?」

「えっ?えっと……」


後ろから抱き竦められて、耳元で甘ったるく囁かれた。身体の芯がじゅんっと熱くなって胸が高鳴る。顔が、熱い。最近、わたしと彼のおやすみが中々合わない上に、彼が帰ってくるのが遅かったのもあって、つまり、その、え、エッチ、をしていなくて、彼は随分寂しかったみたい。わたしを求めているのか、抱きしめられる力はだんだん強くなって、彼は首筋に舌を這わせてきた。これ以上黙っていたら今すぐベッドに運ばれてしまう……


「さ、先に、行ってて……」

「……!!真も一緒に入りたいってこと?」

「い、いじわるするなら行かない!」

「ご、ごめん!!」


恥ずかしくて少し大きな声を出してしまったら、彼は荷物を持って慌ててお風呂場へ駆けて行った。本当はとても恥ずかしいけれど、お仕事を一生懸命頑張ってくれている旦那様のお望みは何だって叶えてあげたいもの……わたしはお皿を洗って、着替えとタオルを持ってお風呂場へと赴いた。


服を脱いでからそっと浴室を覗いたら、猿夫くんはハミングしながらシャンプーの泡を流していた。どれだけ楽しみにしてるんだろうと思わず口元が緩んでしまう。わたしは音を立てずそろそろと近寄って、彼の首元にするりと腕を回して、広い背中にむぎゅっと抱きついた。彼は一瞬ぴくっと動いて瞬時に振り向いてきた。その目はキラキラと輝いている。


「猿夫くん……?」

「真、待ってたよ!ああ、綺麗だ……!」

「ひゃんっ、だ、だめ!やだ!」

「ご、ごめん……そんなに嫌……?」


尻尾を椅子がわりにして座っていた猿夫くんは勢いよくガバッとわたしに抱きついてきて、首筋や鎖骨、胸元にもちゅっちゅとキスをしてきた。静止したら彼は少し下を向いて眉を下げてしゅんとしてしまった。落ち込んだときにこういう顔をするのは高校生の時から変わってないなぁと感じる。


「ま、まだ、身体洗ってないし……お風呂はゆっくり入りたいな……」

「そっか、ごめんね……」


猿夫くんがしゅんとしてるのがなんだかとても可哀想に見えて。でも、彼が一瞬で元気になる魔法の言葉をわたしは知っている。


「猿夫くん。」

「うん?」

「……あいしてるよ。」

「……!!お、俺も愛してるよ!」

「うん、続きは後で……寝る前に、しよっか。」

「本当!?やった!楽しみにしてる!」

「そ、そこまで露骨に喜ばれると……」


そう、愛してる、という言葉は高校生の時からふたりの間では愛の営みを始める合図。高校生の時の猿夫くんの真面目で常に目標に向かって邁進して、とても逞しくてかっこいい姿を今でも鮮明に覚えている。もちろん今でも変わってなくて、努力家で誠実で本当に素敵な人だ。だけど、そんな彼も男の人であることには変わりなくて、えっちなことをするのが好きみたい。本人曰く、えっちなことをするのが好きなんじゃなくて真のことが好きすぎて、相手が真だからそんな気持ちになってしまう、だとか。


彼の隣に椅子を置いて、並んで一緒に髪を洗って、身体を洗いっこして、ふたりで一緒に湯船に入った。尻尾で身体を抱き寄せられて、ふたりで仲良く寄り添って浸かる湯船はとても気持ちいい。お互い今日の雨にはとても困ったよねとか、夕方は道がキラキラ光ってて綺麗だったよとか、帰りに新しいお菓子屋さんを見つけたから今度買って帰るね、とか、いろんなお話をして、そろそろ出ようかと話したところで彼が私を腕で抱きしめてきた。


「この頃忙しくてご無沙汰だったからなぁ……はぁ……」

「うん……お疲れ様、いつもありがとう。」

「こちらこそ、いつもありがとう。日頃のお礼、たっぷりしてあげるよ……」

「そ、そんな……わ、わたしも……たくさん、ご、ご奉仕、す、するね……」

「本当?楽しみだな……よし、俺、先にあがるね。洗濯物、たたんどくからゆっくりしておいで。」

「え、いいよ!猿夫くんこそゆっくりしてて!」

「ううん、早く帰れた時くらい俺にも家事手伝わせて。いつも頑張ってくれてるでしょ。」


彼はわたしの頭を優しく撫でてから浴室を出て行った。今宵は彼に抱かれるんだと思ったらなんだか身体が熱くなって、今すぐにでも彼が欲しくて堪らなくなってしまった。わたしは念入りにバスソルトで身体をマッサージして、身体を洗い直して、愛しい旦那様との愛の営みに備えたのだった。





求め合うふたり




浴室を出てタオルで身体を拭いていたら、ドアの外から猿夫くんの声がした。


「真、もう着替えた?」

「え?まだ身体拭いてるよ。どうかしたの?」

「あ、いや、今日はこの下着をつけて欲しいなと……」


どれだけエッチが楽しみなんだろう、と少しだけ呆れつつも、大好きな彼に喜んでもらいたいから、ドアを開けて腕だけ外に出した。


「は、早く頂戴……」

「……!!つ、つけてくれるの!?」

「は、早く!じゃないとつけない!」

「は、はい!どうぞ!」


彼はわたしに下着を渡すとドタバタ音を立ててリビングへ戻って行った。


「……な、なにこれ!?こ、こんなのつけて欲しいなんて……!!」


彼が差し出してきたのは布地がとても少ない、もはや紐と言っても過言ではない、しかも透けた生地ばかりの非常にいやらしい真っ赤な下着だった。一体どうやって入手したのか後で問い質さなければ……




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