グロリオーサに見合う彼
夏のある朝のこと。制服に着替えて校舎の外を歩いていたら園芸部の皆さんが花壇の水やりをしていた。色とりどりの花がとても綺麗で、描いてみたいと思ったわたしは彼等にその旨を尋ねてみた。丹精込めて育てた花なのでぜひ、と快諾してくれたので、わたしは花壇の近くにしゃがんでいろんな花を眺めてみた。綺麗な花々の中で最もわたしの目を惹いたのは、燃えるように鮮やかな赤色のグロリオーサと、同様に赤色が綺麗で星のような形がとても可愛いアマリリス。スマホで調べてみたら、どちらも愛する彼の誕生花で心底驚いた。


グロリオーサの花言葉は『栄光』と『勇敢』、努力家で勇ましい彼にぴったりだと思わず笑みがこぼれる。アマリリスの花言葉は『誇り』と『輝くばかりの美しさ』、それから『お喋り』だって。アマリリスの花が横向きについて隣の花とお喋りしているように見えるから、だとか。面白いなと思って、アマリリスのお喋りする姿を描いてみようなんて考えていたら、後ろからとても大きな声が。


「あ!!あなた!!避けて!!」

「えっ?きゃわあああああ!!」


振り向いた瞬間、降り注ぐ大洪水。驚くよりも早くわたしの全身は水浸し。服や髪の毛が肌に張り付いて気持ち悪い。ぱたぱたと水が滴って、数人の女の子が慌ててタオルを持ってきてくれた。どうやら大きなホースの水を止める為に蛇口を捻ったはずが、逆に捻ってしまい更に放水されてしまったとか。わざとじゃないのは明白だから、大丈夫だよと笑顔で済ませたものの、生憎他の制服はクリーニングに出してて今はこれ一着きり。お友達から制服を借りるのはなんだか気が引けるし、仕方ないから濡れた制服の上にタオルを巻いたまま、職員室に制服の予備を借りに行った。職員室を開けると、わたしの担任の先生はまだ来ていなかったけれどオールマイトは既にいらしていて。濡れているわたしを見て駆け寄ってくれたからすぐに事情を説明した。


「うーむ……確認してきた所、今、女子の制服は全部クリーニングに出しているとか……」

「そうなんですね……うーん、仕方ない、今日は体操着で過ごします……」

「ん?待てよ……統司少女、ちょっとこっちへ!」

「えっ、どうしたんです?」

「いや、協力して欲しいことがあってね。」

「協力……?は、はい、わたしでいいなら……」


オールマイトに連れられて職員室の奥のお部屋に入ると、そこには雄英生の制服の山。その山の一番下から取り出されたのは袋に入った新品ぱりぱりの……男の子の制服。


「今年の入学者にSサイズでも大きいという小柄な男子がいたり、個性の都合で男子の制服がいいという要望もあったりで、発注したはいいものの、在庫がね……そこで、お一つ持って帰ってはどうだい?」

「えっ!?で、でも……あ、お、お金!払います!買取ります!」

「いや、実はこれ、発注ミスなんだよ。だから気にしなくていいさ。」

「そ、そうなんです……?」


確かに自由な校風の雄英では女の子でも男の子の制服の着用は認められているし、実際に着ている女の子もいる。折角オールマイトが気を回してくれたのだからと試しにこの場で着てみることにした。彼が部屋の外で誰も入ってこないよう見張ってくれるとのことで、わたしは急いで制服に手足を通した。少し胸がキツいから上だけワンサイズ大きくして、袖とズボンの裾を折り曲げたら何とかぴったりのサイズになった。お部屋を出ると大勢の先生達が来ていて、朝礼の直前だったみたいで、わたしはオールマイトに慌てて頭を下げてから急いで教室へ向かった。


みんなから濡れた頭と制服のことを突っ込まれながらもなんとか無事に1日を過ごすことができた。放課後、近々行われる三者面談の調査用紙の記入と提出をしていたらだいぶ時間が経ってしまっていた。一刻も早く寮に帰ってお風呂に入ろうと校舎を出ようとしたら、今日に限っては運が良いのか悪いのか、昇降口で愛する彼とばったり遭遇してしまった。


「あれっ?真?その制服……」

「あ、朝、全身水浸しになっちゃって……」

「えっ!?大丈夫!?風邪ひくよ!?寒くない!?」

「う、うん、今は夏だし……」

「大変だ、早く風呂に入らなきゃ!」

「えっ?猿夫くんちょっと……きゃっ!」


彼はわたしをお姫様抱っこで抱き上げるとすぐにD組の寮へ走って連れて行ってくれた。わたしのお部屋に一緒に入って、わたしのタンスからテキパキとパジャマやタオルを取り出してお風呂セットが入った袋に入れて、それを担ぐと再びわたしを抱き上げて女子風呂の前へ。


「はい、ゆっくり入っといで。しっかり温まってくるんだよ。」

「あ、ありがとう、優しいね……」


彼の心からの優しさに胸がキュンとして、顔が熱くなってふうっと甘い溜息が出てしまう。すると彼はわたしが熱を出してないかとても心配して、わたしの背をお風呂へと押したのだけれど。


「あ!ごっ、ごめん!し、下着、持ってきてない……」

「あ、お風呂セットの中に毎回予備を入れてあるから大丈夫だよ。気遣って下着の段を開けなかったんでしょ?ありがとう。」

「うん……じゃあ俺、クラスのみんなと訓練あるから……具合悪くなったらすぐ連絡するんだよ。看病しに来るからね。」

「うん、ありがとう。訓練、頑張ってね。」


彼の頬にそっとキスをしたら、とても嬉しそうに笑ってくれて、行ってくるね、と頭をぽんぽんと撫でてくれた。それからわたしは温かいお風呂で1時間ほどのんびり過ごして、いつものように翌日を迎えた。


昨日と同様男の子の制服で過ごしたけれど、ぼーっとしている間に授業を終えてしまっていた。一日あれば案外着慣れてしまうもので、ぼーっとしたまま部活にも参加した。昨日のアマリリスのお花を凝視しながら、一生懸命キャンバスに筆を走らせた。他のことを考えられずに集中していたからか、1時間ほどでお喋りするアマリリスの絵は描き上がってしまった。ふと、隣の燃え上がるような赤のグロリオーサに目を向けると、愛する彼のことで頭がいっぱいになってしまった。心なしか全身が痛むくらい熱い気がする。


膨れあがるイメージを抑えられず、たくさんの絵具で真っ白なキャンバスを塗り潰していく。視界には栄光と勇敢を示す花……燃え上がる赤……まるでわたし達の愛のよう……そして、大好きな……愛する彼……大好き、大好き、猿夫くん……ありったけの愛を込めて目の前のグロリオーサと、それに見合う彼を、尾白猿夫くんを…………


「まっ……!?ま、猿夫くん!?い、いたの!?」

「あ、うん。真剣に描いてるから、声かけちゃ悪いなって。それと、真が描いてるのはどんな花なのかなって。」

「あ、あ、えっと、グロリオーサっていって、猿夫くんの誕生花なの……」

「え?そうなの?へぇ……誕生花なんてあるんだね……あ、花言葉とかあるの?」

「うん、えっと……栄光と勇敢、だったかな……」

「えっ!?うーん、俺には大それた花だな……」

「そ、そんなことない!!」


わたしは大声を出してガタッと立ち上がった。椅子が倒れて、膝上の絵具がバラけてしまったのも放っぽって、おぼつかない足元で彼の側へ行き、絵具だらけの手で彼の両手をぎゅうっと握った。


「あなたは誰よりも努力家で!優しくて強くて逞しくて勇敢で!きっと栄光を掴めるかも……ううん!絶対掴めるよ!もっと自信を持っていいんだよ!こんなに……こんなにかっこよくて素敵なひとなんだから!」

「あ、あ、ありがとう……」


大きな声を出したからか、少し呼吸がしづらい気がする。それに、なんだか、目が、回る……


「わたし、あなたのことが、だいすきだよ……世界でいちばん……だいすき……」

「……真?」

「あれ……まし、ら……く…………」

「真っ!?真!!しっかりして!!」


グロリオーサに見合う彼へ自分の熱い気持ちを伝えてから先のことはあまり覚えていない。けれど、彼の優しい匂いと温もりに包まれて、揺籠の中にいるようなゆらゆらとした心地良さだけは確かにわたしの記憶の中に刻み込まれていた。





グロリオーサに見合う彼




「真!!……す、すごい熱だ!!寮に……いや、保健室に……!!」

「ま、しら……お、くん……ごめ…………」

「喋らなくていいから!!すぐ保健室に連れて行くからね!!」

「うん……あり……が……と……」




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