グロリオーサに見合う彼
気が付いたら泣きそうな顔でわたしの手を握る猿夫くんがいた。少し身体を起こそうとしたけど彼に阻まれて肩まで掛け布団をかけられてしまった。それから彼は捲し立てるように、気分はどう?暑くない?寒くない?吐き気は?どこか痛いところは?お腹空いてない?なんて聞いて来て、カーテンを開けて入ってきたリカバリーガールにバインダーでべしっと叩かれていた。


「尾白!うるさいよ!心配なのはわかるけどもっと病人に配慮しな!」

「す、すみません……真、ごめんね……」

「う、ううん、大丈夫だよ、ありがとう……」

「スニッカーズ、置いとくからお腹が空いたらお食べ。気分はどうだい?」

「あ、いただきます……朝からちょっとぼーっとしてて……あと、膝に肘……それと頭が痛いかも……喉の痛みや咳はなくて……男の子の制服だから寒くはないです……」

「風邪かねぇ……でも、ちゃんと喋れるくらいに意識があるようだね。どれ、熱も測ってみよう。」

「お手数おかけします……」


リカバリーガールが体温を測ってくれてる間、猿夫くんはまだ泣きそうな顔でわたしを見ていて。大丈夫だよ、って言ったら、さっきまで熱が39度もあって焼き林檎みたいになってたんだよ、なんて言われて自分でもびっくりした。ぴぴっと体温計が鳴って、温度を見たら37度まで下がっていた。時計を見たらもう19時を指していて、自分が2時間以上も寝ていたことに驚いた。


「ご迷惑をおかけしてすみません……」

「いいんだよ、それより、良かったね。」

「え?」


リカバリーガールが猿夫くんの後ろでそっと親指を立ててきて、去年の夏のことを思い出した。彼とはなればなれになる時も、彼女にはすごくお世話になったから。わたしがへらりと笑ったら彼女もニコッと笑ってくれた。猿夫くんは首を傾げていたけど、あんたは知らなくていいんだよ、って軽く頭を叩かれていた。


それから彼にお姫様抱っこされて、D組の寮まで連れて帰ってもらった。一階の共同スペースで彼にご飯を食べさせてもらって、彼がA組の寮に帰ってからは自分で身体を拭いてパジャマに着替えて、歯磨きをして早めにベッドに潜った。ひとりで寝るのはなんだか心細いけどみんなに風邪をうつすわけにはいかないから、早く寝てしまおうと大きな猿のぬいぐるみを抱きしめてギュッと目を瞑った。


何分か経ってから、突然お部屋のドアがコンコンッと叩かれた。誰だろう、とゆっくりドアを開けたら、親友二人がずいっと袋いっぱいのスポーツドリンクやアイス、ゼリーを差し出してくれた。何度も何度もお礼を言って、うつしたら悪いからとお部屋のドアを閉めようとしたら、二人から待ってと止められて。


「真ちゃん、一階に尾白くん来てるよ。」

「あんたのこと心配してるよ。ご丁寧に明日の荷物も全部持って来てるし、泊まってもらったら?わざわざA組とD組の担任の許可印までもらってたし。」

「で、でも、うつしちゃう……」

「彼氏君なら大丈夫じゃない?鍛えてるだろーし。」

「今、私達がD組の女子全員に彼が女子棟に入ってここに泊まっていいか確認して来たんだけどみんないいよって。呼んであげていい?」

「……本当はひとりでいるの寂しかったから嬉しい……ありがとう……」

「お礼なら彼氏君に言いなよ。じゃ、呼んでくるからさ。」


猿夫くんが来るって聞いて心臓が破裂しそうなくらいどきどきし始めた。ベッドに座って待っていたら、コンコンッとドアが叩かれて、ゆっくり開けたらお顔を赤くしてゆらゆら尻尾を揺らした彼が立っていた。親友二人に背を押されてわたしの部屋に入って来て、演劇部の方の親友から襲うなよ!なんて言われた彼は、神に誓って!と大袈裟なお返事をしていた。


「ごめんね、どうしても心配で……あ、俺、布団敷くからクローゼット開けていい?」

「う、うつすの嫌だけど、猿夫くんが大丈夫ならベッドで一緒に寝たいな……抱っこしてほしい……」

「えっ!?む、むしろ喜んで……」


彼はわたしとお揃いの黄色いパジャマに着替えてから先にベッドに入って、おいで、と軽くベッドを叩いてくれた。ゆっくりベッドに入って彼に後ろから優しく抱きしめてもらって、電気を常夜灯にした。彼の優しい匂いと心地良い体温に包まれるとすごく安心する。寝るまで少しだけお話をしたのだけれど、パジャマの着心地は尻尾の部分がゆったりしてるのがすごく良くて、遠征の時は必ず持って行ってると話してくれたのがすごく嬉しかった。おやすみのチューは風邪が治るまでお預けにして、代わりに指を絡めて手を繋いだ。




朝は6時に目が覚めてしまった。体調はすっかり良くなってて、ちらっと隣を見たらすやすやと気持ち良さそうに眠っている猿夫くんの可愛い寝顔。よく見るとわたしのものではないタオルケットや氷枕に氷嚢、ローテーブルの上にも保冷バッグや濡れタオル、他にも色々置いてあった。そういえば身体が汗でベタつく感じは全くない。きっと、わたしが寝ている間に彼が何度も何度もわたしのお世話をしてくれたのだろう。なんて優しいひと……思わず目頭が熱くなってしまって、涙が一粒だけ、ぽたっと彼の手に落ちてしまった。その瞬間、彼はぱちっと目を開けて、がばっとわたしを抱きしめた。


「な、なんで泣いてるの!?どうしたの!?どこか痛い!?それとも怖い夢でも……!」

「きゃっ!だ、大丈夫!あの、や、優しくしてもらったのが嬉しかったから!そ、それで……」

「そ、そっか、何もなくて良かった……あ、気分はどう?」

「うん、良くなったよ。お腹空いたから昨日のスニッカーズ食べようかなって。」

「元気になったみたいで良かった……」


猿夫くんはわたしとこつんと額を合わせて、熱はなさそうだねって身体を離して、少し早いけどって学校に行くための支度を始めた。昨日パンをたくさん持ってきたからってわたしのお部屋で朝食を食べ始めた。わたしも昨日もらったスニッカーズ、それからゼリーやスイーツを食べて、学校へ行く支度をした。準備が終わった頃はまだ7時前だったから、急いで宿題を済ませて、男の子の制服に手足を通した。すると彼は後ろからそっとわたしを抱きしめてきた。


「なーに?」

「男子の制服着てる真も可愛いね……」

「も、もう!やめてよ……またお熱上がっちゃうでしょ……」

「男になっても好きになっちゃうって話、去年もしたよね。はぁ……好きだな……」

「うん、わたしもすきだよ。でも、今から女の子の制服取りに行くから、もう男の子の制服はおしまい。」

「あ、俺が連れて行くよ。」

「本当?猿夫くんが跳んでくれたら速いから助かっちゃうな。」


ふたりで早めに教室に行って荷物を置いて外出届を出してから、わたしは彼にお姫様抱っこをしてもらって、一緒に制服を取りに行った。学校に戻るときに、面倒を見てくれたお礼がしたい旨を伝えたら、彼は王子様のような笑顔でこう言った。


「あのグロリオーサと俺の絵が欲しいな。」





グロリオーサに見合う彼




「わたしの絵?そんなのでいいの?」

「そんなのじゃないよ!俺にとってはどんな有名な絵画より価値のある絵だよ。……栄光とか勇敢とか、今の俺には大それた花言葉だけど、それに見合うような男になりたいから。」

「そう?もう十分見合ってるのに……じゃあ、もう少し手を加えて満足できたら持って行くね!」

「うん、楽しみにしてる。」




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