お仕置き
「は?尾白が浮気?……いや、どう考えてもあり得ねーだろ。」

「俺もそう思う。けど、統司……いや、尾白嫁はこんな調子で……」

「許さないもん!うっ、う、うう……!」

「や、ややこしいな……けど、もうふたり一緒にいて十何年……?っつーか尾白に限ってそれはねーだろ……あいつ、学生の頃から真ちゃん一筋だし……」

「う、あ、あ、飽き、ちゃった、のかな……わたしが、悪い、の、かな、ううう……」


上鳴くんはとてもアワアワして、店員さんを呼んでチョコレートパフェを頼んでくれている。昔からわたしが泣いていたら彼はチョコを食べさせてくれるから。しばらくしてパフェが届いて、わたしはそれをぱくぱくと食べた。すごく美味しくて、ちょっぴり笑顔になったら上鳴くんはホッとしたような笑顔になった。轟くんは左手でわしわしとわたしの頭を撫でてくれた。じんわりと温かい気がする。


「轟、どう思う?」

「いや……正直、尾白……夫婦どっちも浮気はしねェと思う。すれ違ってるだけだと思う。」

「……尾白、真ちゃんを不安にさせるようなことは言えなくて、って感じ?」

「ああ。逆に言ってもらえてねえから尾白嫁が不安がってんのに気付いてねえ。」

「轟くん、統司って呼んでいいよ。」

「お、ありがとな。尾白がちゃんと正直に話せばきっと大丈夫だろ。俺の方から尾白に言ってみる。」


二人に頭を下げると、気にしないでいいと言ってくれた。原因は一昨日に遡る。わたしは昔からの親友と一緒に少し遠くのお洒落な喫茶店でランチを満喫していたのだけれど、お店の窓から、猿夫くんが私服姿で綺麗な女の人と腕を組んで歩いているのを見てしまったわけで。夜に、昼間は何をしていたの?と聞いても、事務仕事だよ、と言われてしまった。もしもあれが護衛だとか恋人のフリだとか、外回りのお仕事だとか言われたら目を瞑るつもりだった。けど、私服で事務仕事は確実に違う。わたしは、そっかあ、とだけお返事して、一昨日も昨日も、お仕置きのつもりで夜の愛の営みのお誘いを拒否してしまっているわけで。


「なんか、今は猿夫くんと一緒にいたくない……」

「気持ちはわかる。けど、尾白のこと、信じてやってくれ。あいつは統司のこと、本当に大事に思ってる。」

「うん、俺もそう思うぜ。昔っから本当に真ちゃんのこと一番に大事にしてるよ。」

「それは、わかってるけど、わたし、嘘つかれるの、嫌なの……」

「それは尾白が悪い。けど、理由もなく嘘つかねェだろ。」


轟くんの言うことは至極真っ当だ。彼が理由もなく嘘をつくとは思えない。けれどわたしにとっては嘘をつかれること自体が問題なのだ。よりにもよって、嘘を見抜くことがわたしの個性なのに。


「わたし、嫌われちゃったのかな……」

「いや!だからそれだけは絶対無いって!」

「もしもし、尾白か?お前の嫁が駅前の喫茶店で泣いてるぞ。……ああ、青い看板の。じゃ、頼む。」

「と、轟くん!?」

「お、おい轟!お前何して……」

「いや、ラチがあかねェからもう尾白呼んじまった方が早……」


わたしがあまりにもメソメソと泣いているからか、轟くんがその場で猿夫くんに電話してしまって、どうやら彼はここに駆けつけてくるとか。しかしまだ1分も経っていないにもかかわらず、お店の入り口のベルが荒々しく鳴り響いたと思ったらわたしの身体は猿夫くんの腕の中。


「真!?なんで泣いてるの!?どうしたの!?何か怖いことでもあった!?」

「うっわ、早っや……」

「ま、猿夫くん、痛い。苦しい。」

「ご、ごめん!ああ!こんなに目を腫らして……ごめんよ、俺がもっと早く来てれば……」

「……どこが嫌われてんだ?」

「さ、さぁ……?」


猿夫くんは再びわたしをぎゅうっと抱きしめてきた。二人はげんなりした顔でわたし達を見ている。けれどわたしは気づいてしまった。大好きな彼の匂いの中に、甘ったるい別の匂いが混ざっていること。わたしは彼をぐいっと押し退けて、上鳴くんの隣に座って彼の腕の後ろに隠れてぎゅっと彼の腕を掴んだ。


「真ちゃん!?どうしたん!?」

「真!?ど、どうして……!?」

「猿夫くんの匂い!いやっ!」

「え、ええ!?ごめん、汗臭かった!?」

「違う!女のひとの匂い!わたし、わかるもん!」

「統司、犬みてェだな……俺にはわかんねェぞ。」


轟くんは猿夫くんを隣に座らせてすんすんっと匂いを嗅いでいる。すると猿夫くんはテーブルに頭をぶつける勢いでわたしに頭を下げてきた。


「あ、あれは違うんだ!」

「違わないもん!わたし、見てたもん!」

「統司、ちゃんと尾白の話聞いてやれ。もし尾白が浮気してたら俺と上鳴が燃やしてやるから。」

「こ、怖ぇこと言うなぁ……ま、まぁ、尾白、ちゃんと話してくれよ。」

「あ、ああ。そ、その、彼は……」

「…………彼?」


猿夫くん曰く、わたしが浮気相手だと思っていた綺麗な女の人は女装ヒーローの男性らしく、一昨日は男女カップルのヴィランの追跡でホテルに潜入しなければならず、やむを得ずチームアップしていたらしい。わたしには変な誤解を与えたくなくて言えなかったとか。この個性なんだから言えばわかるだろって轟くんが突っ込んでくれたけど、万が一何かの間違いでわたしの目から色が抜けたら間違いなく離婚に発展しかねないなんて思ったら口が裂けても言えない、なんて思っていたみたい。


「気を遣うのはいいことだが、嫁さん泣かせちゃ世話がねェぞ。」

「仰る通りで……真、泣かせてごめんよ。」

「う、ううん……わたしこそ、疑ってごめんなさい……」

「真ちゃん、ほら、尾白のとこ行ってやりなよ。」

「で、でも……」


こんなわたしのこと受け入れてくれるかわからない、なんて不安になってぎゅっと上鳴くんの腕を抱きしめたら、猿夫くんはぶすっとした顔になって、わたしの横に来て上鳴くんからわたしをべりっと引き剥がして抱き上げてきた。


「真、俺の前で浮気するなんていい度胸だね。」

「えっ、そ、そんな、わたし、浮気なんて……」

「この二日間、お預けにされてたし、目の前でこんなことされたら流石の俺も優しくできないよ。」

「え、えっ……?」

「だから、今夜は覚悟しといてね。もう二度と俺以外の男にしがみ付くような真似できないようにお仕置きしてあげなきゃ……」

「……はうっ!?」

「返事は?」

「は、は、はい……」

「ん、いい子だね。せっかくだし三人でゆっくりして来なよ。俺、もう少し用事あるからさ。あと、困ったことがあったらすぐに呼んで。駆けつけるからね。」

「う、うん……行ってらっしゃい……」

「うん、行ってきます。」


猿夫くんはわたしの頬にキスをすると、最初にいた轟くんの隣にすとんと降ろしてくれた。そのまま彼は二人のお友達に迷惑かけてごめん、と謝って、ここのお会計は自分がもつからとさっとお会計を済ませてスマートに去って行った。


「……嫌われるどころかめちゃくちゃ愛されてんじゃん。」

「全くだ。けど、統司、大丈夫か?」

「え?な、何が?」

「いや、夜……尾白、めちゃくちゃ目ェ輝かして尻尾振ってたぞ。」

「今夜、寝かせてくれないんじゃね?うわァ、あいつどんだけ盛んなんだよ……」

「い、い、いやああああ!猿夫くんのばか!えっち!最低!」





お仕置き




「大胆だねー、あいつあんなキャラだったっけ?」

「統司の前でだけはああなんじゃねーのか?」

「は、恥ずかしいよお!もうお嫁に行けない!」

「統司、お前は既に尾白の嫁だ。」

「ま、猿夫くんのお嫁さん……はうう……は、恥ずかしいよお……」

「灼熱地獄夫婦め…………」





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