リトルヒーロー
「や、やめてよお!恥ずかしいってば!」

「いーじゃん!教えろよ!」

「統司くらい可愛かったら彼氏も手出してくるだろ?」

「顔もいいけどその身体だもんなあ……もしかしてもう処女じゃねえの?なぁ教えろよ!」

「や、やだあ!下品!最低!変なこと聞かないでよお!もういやっ!!」


全く、男の子という生き物の大半はそんなことしか頭にないのか。猿夫くんや轟くんを見習って欲しいものだ。えっちな質問ばかりしてくるこの男の子達はクラスの中でも結構な問題児、実はこれが初めてじゃなくて。何度か猿夫くんに相談してるし、そろそろ直接注意しに来てくれるって言ってたんだけど……


「やめろ!女の子をいじめるな!」


少し高めの声、これは彼の声ではない。だけどどことなく聞き覚えのある声で……ふと下を見ると、わたしを守る様に両手を広げてクラスの男の子達の前に立つ、幼稚園のスモック風の服を着た尻尾の生えた小さな男の子。これってもしかして……


「ま、猿夫くん?」

「うん!もうだいじょうぶ!おれがお姉ちゃんを、救けに来た!」

「その身体……」

「え?おれ、どこかへん?」

「え、えっ、と……」


わたしもクラスの男の子達も訳がわからないといった感じで顔を見合わせた。すると廊下からバタバタと音がして、A組の緑谷くんが焦った様子でわたしの元へやって来た。


「お、尾白くん!急に走り出してどう……あ、キミは尾白くんの……!」

「こんにちは緑谷くん。あの、猿夫くんに何があったの……?」


緑谷くんはあわあわしながら事情を説明してくれた。要約すると、サポート科の女の子の新発明で、1日だけ懐かしい子ども時代に戻れる機械を開発したとか。けれど実験段階の試作らしく、猿夫くんがその実験の犠牲になってしまい今に至るとか。本来なら現在の記憶を持つ予定が、うまくいかず記憶までも過去のものに戻ってしまったらしいのだ。そこで一旦教室まで連れて帰ろうとしていたらわたしの大きな声がして、猿夫くんが走り出して今に至るというわけだ。


「あらら……じゃあ1日待たなきゃだねえ。」

「わ、割とあっさり受け入れるんだね……」

「うん、なんだか慣れちゃった。えへへ、小さい猿夫くん、可愛いな……」

「……その目……真ちゃん?」

「えっ?」


わたしも緑谷くんもとても驚いた。現在の記憶はないはずなのに、と思ったけれど、彼の次の言葉でその意味は明らかになった。


「大きな真ちゃんだ……」

「ま、猿夫くん、わたしがわかるの?」

「うん、その目、真ちゃんでしょ?もうあいつらにいじめられてない?」

「う、うん……あ、ほら、黄色いリボンと鈴だよ、わたしの宝物!猿夫くんがくれたよね!」

「わあ……大きくなってもだいじにしてくれてありがとう!おれ、うれしい!」


どうやら彼の記憶の中のわたしはかつてあの木の下で救けたわたしで止まっているらしい。わたしは彼に名前を教えていた覚えがなかったのだけれど、どうやら当時の彼は覚えていたみたいで。彼は自分だけが小さくてわたしが大きくなっていることに困惑して泣きそうになってしまっていたから、わたしと緑谷くんが今彼の身体に起こっていることを説明したら、幼い頃から賢いみたいで、ちゃんと受け入れてくれて、今はA組寮共同スペースでわたしの膝の上にちょんと座っている。


「真ちゃん、おれと真ちゃんは大きくなったらまた会えたの?」

「うん、会えたよ。大きな猿夫くんはいつもわたしのこと守ってくれてるよ。」

「そうなんだ!おれ、うれしいな。」

「えへへ、わたしもだよ。でも、よく目だけでわたしのことわかったねえ。」

「うん、だって、そんなにキレイな目の女の子、ほかにいないよ。それに、おれのすきな女の子だからね。」

「そ、そっかあ……えへへ、嬉しいな……」

「真ちゃんは大きくなってもかわいいね。おれ、大きい真ちゃんもすきだ……」

「や、やだもう!でも、わたしも小さい猿夫くんもすきだよ……」

「なんなんだお前ら……」

ふたりで見つめ合って顔を赤くしていたら、上鳴くんと峰田くんがげんなりした顔でわたし達を見つめていた。猿夫くんがまたしてもわたしを守る様に腕を広げて、真ちゃんをいじめるな!って言ったから、この人達は大きなあなたのお友達だよ、って教えてあげたら頭を下げて謝っていた。わたしも自分のお部屋に戻ろうと思って、小さな猿夫くんにバイバイしようとしたのだけれど、彼はわたしの手をぎゅっと握ると、少し泣きそうな顔になっていた。


「どうしたの?」

「知らない人ばっかりで、おれ、ちょっとこわい。」


それもそうだ。猿夫くんといっても今の彼はおそらく5歳とか6歳とかその辺だろう。明日は日曜だし、と思ったわたしは彼と一緒にいてあげることにした。一緒に寝る?と聞いたら彼は向日葵が咲いた様にぱあっと可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「真ちゃん、おふろはべつべつ?」

「あー……うん、師匠にお願いしに行こうか。」

「ししょー?」

「うん、砂藤くんっていってね、とっても身体が大きい男の子だよ。」

「でかいの?真ちゃん、いじめられてない?」

「まさか!すっごく良い人だよ!大きな猿夫くんとも仲良しさんだから大丈夫だよ。ほら、おてて繋ごうね。一緒に行こう。」

「うん、いく。」


いつもは大きな猿夫くんがわたしに手を伸ばしてくれるけど、今日はわたしが小さな彼に手を伸ばして、きゅっと手を繋いで仲良く一緒に歩いた。百ちゃんからリトルカップルなんて呼ばれてしまったのがちょっと恥ずかしかったな……


師匠のお部屋に着いて、小さな猿夫くんをお預かりしてもらった。夜にお迎えに来るから良い子にしてるんだよと言ったら、少し寂しそうに、良い子にして待ってる、と言ってくれた。最初はなかなか手を離してくれなかったけれど、師匠に抱っこされて少し機嫌が良くなったみたいだったから、ささっと帰って、少しでも早くお迎えに行けるようお風呂とご飯と宿題を猛スピードで済ませた。


夜の8時半頃、師匠のお部屋のドアを叩いたら、中から猿夫くんが飛び出して来た。師匠や上鳴くん達と仲良く遊んでいたみたいなのだけれど、ノック音が聞こえた瞬間、真ちゃんだ!とトランプを投げてドアに近寄ってきたみたい。


「良い子で待ってて偉かったね。はい、おてて繋ごうね。」

「うん、おれ、ねむい……」

「あら、じゃあ早くお部屋に行こうね。みんなにおやすみなさいした?」

「みんな、あそんでくれてありがと……おやすみ……」


上鳴くんと峰田くんと師匠が、また明日なー!と笑顔でお見送りしてくれた。うとうとしてる猿夫くんをお部屋に連れて行って、彼のお部屋の鍵を開けるところんとベッドに横になった。


「ちゃんとおしっこ済ませた?」

「うん、おねしょしないよ……」

「歯磨きした?」

「うん、さとーのケーキたべたあと、みがいた……」

「うん、偉いね。じゃあ寝よっか。」

「真ちゃん、だっこ……」

「うん、抱っこしてあげるよ。」


彼の隣にころんと寝転がって、おいで、と腕を伸ばしたらぎゅうっとわたしにしがみ付いて、胸に顔を埋めて頬擦りしてきた。やっぱり小さくても猿夫くんだと実感する。


「真ちゃん、だいすき……」

「わたしも猿夫くんのことだいすきだよ。」

「おやすみなさい……」

「うん、おやすみ。」


おやすみのチューを強請られて、唇にするのはちょっとまずいかなと思ったからお互いほっぺにキスをして、電気を切って抱きしめ合って眠った。


翌朝、誰かが猿夫くんのお部屋のドアを叩いた。わたしが開けようとしたら小さな猿夫くんに腕を掴まれて、悪いやつかもしれないから俺が開ける!なんて言ってて、わたしの大好きな彼は小さくなっても王子様でヒーローなんだなあってなんだかとてもキュンキュンした。





リトルヒーロー




「尾白、真ちゃん、おはよう!調子はどう?」

「お、おはよう二人とも……何ともない?」

「おはよう、上鳴くん、緑谷くん。猿夫くん、挨拶は?」

「ふたりとも、おはよう!きのうはしんせつにしてくれてありがとう!」

「お、お、お、おう……」

「きゃあ!猿夫くん偉い!良い子だから抱っこしてあげる!」

「うん!だっこして!」

「……上鳴くん、どうして動揺してるの?」

「緑谷、お前は知らねーだろーがな、こいつ真ちゃんがいねー時、めちゃくちゃ俺らに真ちゃんは誰にもあげないぞ!って威嚇してくんだよ……」

「そ、そうなんだ……」

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