来週で猿夫くんとお付き合いして早2年。まさかわたしに好きな男の子、ましてや彼氏ができるなんて、中学生の頃は想像もつかなかった。さて、昨年は彼にわたしとお揃いのパジャマとお泊りセットをプレゼントしたわけだけれど、今年は何をあげればいいだろう。親友に相談したところで、えっちなことを言って揶揄われるに決まっているし、失礼ながら上鳴くんや峰田くんでも同じことになりそうだ。わたしは師匠を呼んで轟くんのお部屋へ向かうことにした。
「んで、何をやればいいか悩んでるってわけか。」
「そうなの……」
「尾白なら何でも喜ぶだろうしなァ、逆に困るよなァ……」
「そう!そうなの!」
轟くんも師匠も腕を組んでうむむと真剣に考えてくれている。三人寄れば文殊の知恵、というけれど、全然良い案は浮かんでこない。どうしたもんかと轟くんの和室にぐるーっと目をやると、机の上の小さな箱に目がいった。
「轟くん、これ、何?」
「ん?あぁ、上鳴の忘れもんだ。確か腕時計が入ってるらしい。後で持ってってやんねーとな……」
腕時計。ヒーローにとって時間の確認はとても大事な事ではないだろうか。現場への到着、敵の確保、救助中の時間確認……他にも様々な場面で時計は必需品になる。いつもスマホを使えるとは限らないし、これは名案に違いない。
「腕時計……そうだ!腕時計にしよう!」
「お!いいなそれ!けど、大丈夫なのか?腕時計って結構高いんじゃねーのか?」
「最近は安くて良いのもあるけどな。統司、どんなのやりてェんだ?」
「うーん、猿夫くんは近接格闘?って言ってたから、衝撃に強くて、外れにくくて……耐熱や防水に優れてるものがいいのかな。あと、彼、デジタルよりアナログ派かも。」
そう言うと轟くんはすぐにスマホをタップしてわたしの要望通りの腕時計をたくさん出してくれた。少し値段が張るけれど、お小遣いはたくさん貯めてあるしこのくらいならへっちゃらだと安堵して、わたしは自分のスマホで同じページを出して猿夫くんに似合いそうなシンプルなデザインの腕時計を注文した。
「やったー!無事に決まって良かったー!二人に相談してよかった!」
「力になれたんなら良かった。」
「俺は何もしてねーけどな!尾白、喜んでくれるといいな!」
「ううん!二人がいてくれてよかった!本当にありがとう!」
わたしは二人に頭を下げて、自分のお部屋に帰ろうと思って轟くんのお部屋のドアを開けようとした。しかし、ドアノブを掴んだ瞬間勝手にドアは開いてしまい、わたしはドアを開けた人のお腹にぼすっとお顔をぶつけてしまった。途端にわたしの中いっぱいに広がったのは大好きな彼の匂いだ。思わず彼の胴回りにぎゅうっと腕を回してしまった。
「真、ここにいたんだ。」
「猿夫くん……えへへ、いい匂い……」
「くくっ、二人とも見てるよ?」
「……ひゃっ!ご、ごめんなさいっ!」
わたしが慌てて身体を離して飛び退いたら、彼はくつくつ笑ってわたしの頭をぽんぽんっと軽く撫でて、俺ちょっと用事あるからまたね、と告げて轟くんのお部屋に入っていった。師匠が出てくるまでお部屋の前で待っていたけれど、わたしの用事で一緒にお部屋にいたはずなのに彼は中々出てこなくって。仕方がないからわたしは先に自分のお部屋に戻ることにした。
それからいつも通り勉強に追われる1週間を過ごして、ついに今日は猿夫くんとお付き合いして2年目の日。今日は生憎の雨だから公園に行くのはやめて、彼のお部屋でふたりっきりで過ごそうねとお約束してある。わたしは水色のニットワンピースを着て彼のお部屋にお邪魔した。もちろん林檎のバレッタも指輪もつけているし、髪の毛も可愛く結ってある。師匠に教わって焼いてきたチーズケーキをふたりで一緒に綺麗に食べて、今は彼の腕の中。頸や首筋に何度もキスをされてわたしの顔も身体もどんどん熱くなっていく。そしてついに彼はわたしの耳を唇で喰んできた。
「あっ……」
「真……愛してるよ……」
耳元でとても低い声で囁かれてわたしの身体がびくんっと跳ねた。愛の言葉が飛び出したからこのままではいつも通り彼とエッチの練習をする羽目になる。その前に、とわたしは膝元の鞄を開けて、お話がしたい、とお願いした。彼はすぐに聞き入れてくれて、わたしの拘束を解いて、お話って?とニコニコしながら促してくれた。
「あのね、2年間、いつもどんな時もそばにいてくれて、守ってくれて、愛してくれて、ありがとう……あなたのことを考えて、愛を込めて選びました……」
腕時計の箱をちょんと両掌にのせて差し出したら、彼はそっと受け取ってくれて、いつも通り、開けていい?と聞いてくれた。こくんと首を縦に振ったら、ゆっくりリボンを解いて、ぱかっと箱を開けて彼は細い目をまん丸にして驚いていた。
「こっ、これ……た、高かったんじゃないの!?」
「え、そうでもなかったよ?大丈夫、わたしお小遣いたくさん貯めてるし、全然へっちゃらだよ?」
「そ、そうなの?……折角真が選んでくれたんだし、ありがたくもらうよ。大事にする。ありがとう。」
「えへへ、どういたしまして……これからも、その、そばにいてね……」
「うん、言われなくてもそのつもり。あ、俺も、大したものじゃないんだけどプレゼント用意してるんだ。真、目、閉じてよ。」
「え?う、うん、わかった。」
目を閉じたら、そっと彼の左手がわたしの右頬に添えられた。キスをしてくれるのかなとどきどきしていたら、ふわっと林檎の匂いが香って、唇の上を何かが滑っていく感覚があった。何だろうと思ってソワソワしていたら、手に何か握らされて、目を開けていいよと言われて。ぱちっと目を開けて掌を見るとリボンが結ばれたリップクリーム、それと、手鏡を持って素敵な笑顔を向けてくれている猿夫くん。手鏡に映る私の唇はとても可愛らしい赤色でほんのり色付いていた。
「リップクリームだ!わあ……色が可愛い……それに林檎の香りがする……」
「うん、先週轟と砂藤に相談したんだ。で、化粧品がいいんじゃないかって話になって。俺、よくわかんなくてクラスの女子に聞いたんだけど、ベタつかないし薄付きで口紅より使いやすいって、勧められてさ。どう?気に入りそう?」
「……猿夫くんっ!」
「うわっ!」
わたしは彼に思いっきり抱きついて、彼の唇に自分の唇を重ねた。唇を軽く突き出してキスをしたからか、彼はちょっと興奮してしまったみたいでわたしの後頭部を軽く掴むと舌を出してきて。わたしも軽く口を開けて彼の舌を受け入れて、ちゅくちゅくと音を立てて大人なキスをした。唇を離すと透明な糸がわたし達を繋いでいてすごくえっちで恥ずかしかった。
「……キス、どうだった?」
「え?ほんのり林檎の味がして……気持ち良かったかな……」
「えへへ、わたしも……リップ、気に入っちゃった……大事に使うね、ありがとう……」
「うん、良かった。一緒にいるときは俺が塗ってあげる。そしたらまたキスしてくれる?」
「うん……たくさんしてあげる……」
彼はわたしの腕をぐいっと引っ張って再び腕の中にわたしの体を閉じ込めるとすぐに唇を重ねてきた。舌を絡ませる大人なキスをして、ちゅっと音を立てて唇を離すと、彼はゆっくり言葉を紡いだ。
「2年間、そばにいてくれてありがとう。真がいればどんなことだって頑張れるし、いつも俺を励まして支えてくれる……真は俺のヒーローかもしれないね。これからも、ずっとそばにいてくれる?」
「……えへへ、言われなくてもそのつもりっ!」
「んっ……」
わたしは彼の両頬を掌でぺちっと挟んで、唇を突き出してちゅっと音を立てて触れるだけのキスをした。
林檎味のキス
「林檎味のキス、美味しいね……」
「うん……癖になりそうだ……」
「もう一回しよっか……」
「……その続きもベッドでしていい?」
「え、えっち!…………おいで?」
ベッドの上に座って、両腕を広げておいでと呟いたら、彼は噛み付くようなキスをしながらわたしを優しく押し倒した。