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最近、真の様子がおかしい。何故か俺が呼んでいない日にA組寮男子棟に姿を見せる日があるのだ。しかもかなり周りの目を気にしていて、俺に見つかったことを察知した場合は嬉しそうに駆け寄ってくるけれど、そうでない場合は俺に会わずに帰って行く。つまり彼女の目的は俺以外の何かにある。あんなに嬉しそうに駆け寄ってくる彼女の様子からして浮気はないだろうが、如何せん不安になってしまうのが俺という人間で。そして、俺の不安を他所に今日も彼女は可愛らしい笑みを振り撒きながらA組寮男子棟へとやって来た。


彼女を信用しているもののどうしても気になってしまう器の小さい俺は彼女の後をつけてみた。しかし、彼女の目的がお菓子作りの師匠と呼ばれる砂藤や共通の友人である上鳴であるならどれだけ良かったことか、俺の想いとは裏腹に彼女が入ったのはクラス1のイケメンと名高い轟焦凍の部屋だった。今まで一度も彼女の口から轟のことを聞いたことはないのもあって、衝撃的な場面を目の当たりにした俺は、先の信用云々の件は砕け散ってしまい、これは明らかに勝ち目がないと思って零れ落ちる涙を拭いながら自室へ戻った。


こんなにも彼女を愛しているのに、大切にしてきたつもりだったのに、無意識のうちに彼女を縛り付けてしまったのだろうか。それとも愛情が足りなくて寂しい思いをさせてしまったのだろうか、はたまたやっぱり俺みたいなつまらない朴訥な人間にはほとほと愛想を尽かしてしまったのか……


考えれば考えるほど辛くて苦しくて息が詰まってたまらなくなる。涙が溢れてきて、胸が苦しくて息ができない。はっはっと一回一回確実に酸素を取り込もうと呼吸を乱していると部屋にノック音が鳴り響いた。控えめに、こつん、こつん、と。この音、間違えるわけがない。愛する彼女のそれなのだから。今すぐ開けたい。彼女の小さくて可愛らしい身体を抱きしめたい。林檎のように顔を赤くして微笑む姿が見たい。丸くて大きい綺麗な目に俺の姿を映して欲しい。けれど、身体が苦しくて床に倒れ込んだまま動くことができない。留守だと思われたのか、ノック音は止まってしまった。





行かないで……行かないで、真……俺の……俺の、可愛い真……キミがいないと俺は……





そう思った時だった。






「猿夫くんっ!?大丈夫!?」





失念していたが、先日俺は彼女に合鍵を渡していたのだった。彼女は鍵を開けて中をチラッと覗き、胸を抑えて倒れている俺の異変に気付いた瞬間、風のように駆け寄って来て、かつて見たことがない程パニックになり、大粒の涙をぼろぼろこぼし始めて、寮中に響く様な物凄い大声で泣き叫び始めた。


「誰か!!誰か来てぇ!!猿夫くんが!!猿夫くんが死んじゃうよお!!お願い誰かあ!!」

「はっ……真……はぁ……大丈夫、だから……泣かない、で……」

「うわあああああん!!救けてえ!!早く誰か来てえ!!うわあああああん!!」





俺は、何をやっているんだろうか。こんなにも俺を想って泣いてくれている彼女を疑って、一人で勝手に落ち込んで、体調に異変を来して。何がヒーローだ、何が守るだ。下手したら守られてるのは俺の方じゃないか。





「真……お願い……」

「うっ、ぐすっ、な、に?ぐすっ、うう……」

「笑って……真の、笑顔……見せて……」

「うっ、ひぐぅ、……こ、れで、いい?」


彼女は顔を真っ赤にしてぼろぼろと涙をこぼしながら両頬に指を当てて無理やり口角を上げて笑顔を作ってくれた。なんて優しくて愛らしい子なんだろう。彼女の涙溢れる笑顔に見惚れていると、ドタドタと慌ただしい音がして。聞こえる声によると、どうやら寮にいた者全員が彼女の泣き叫ぶ声を聞いてこの3階の端にある俺の部屋に集まって来たらしい。


みんなから心配されながら何とか呼吸を整えた俺は、心配してくれたお礼と迷惑をかけてしまった謝罪を述べたが、みんな俺が無事で良かったと言ってくれた。彼女だけではなくクラスメイトにも恵まれている俺はなんて幸せ者なんだろう。


お大事に、何かあったら呼べよ、また後で様子見に来るわ等みんな温かい言葉をかけてくれてゾロゾロと部屋へ戻って行った。彼女と轟を除いて。


「統司……お前、尾白に言ってなかったのか。」

「う、うん、恥ずかしかったから、口が堅そうな轟くんに……」

「そういうワケだったのか。俺は別に構わねえけど、彼氏、不安にさせんのはよくねえと思うぞ。俺から見てもお前は可愛いと思うし、尾白、だいぶキてると思う。」

「可愛いだなんてそんなことないよ……でも、轟くんの言う通りだよね。猿夫くん、わたしのせいで傷ついたんだよね……」


話の内容が全く汲み取れない。けれど俺が傷ついたのは勝手に思い込みに囚われた自分自身のせいで、彼等は全く悪くないわけで。俺はすぐさま彼女の言葉を否定して、今起こったことを包み隠さず説明した。すると彼女はここ最近の行動を説明してくれた。


「猿夫くんの……戦闘服コスチューム姿や体操服姿のお写真、撮ってもらってたの……」

「え……?えっ、え?と、轟に?」

「うん……元々は上鳴くんに相談してたんだけど、その時一緒にいた轟くんが、上鳴から撮影係を頼まれるていで撮ってやろうか、って引き受けてくれたの。」

「で、でも何でそんな物……」

「そんな物じゃないよ!わたしにとっては宝物だよ!はぁ……戦闘服コスチューム姿の猿夫くん凛々しくて最高だよ……体操服姿の猿夫くんはすらっとしててとっても素敵で……」

「こいつ、俺の前でもお前がかっこいいって話しかしねえし面白えぞ。」

「と、轟くん!?口が滑り回ってるよ!」

「ほらな、面白え。」


本当に全て俺の思い込みと勘違いで恥ずかしくて情けなくてたまらない。片手で顔を覆いながら頭を下げて二人にごめんと謝ったけれど、二人とも自分たちこそ説明すればよかったと頭を下げてくれた。轟は邪魔しちゃ悪いから、と真を残して部屋を出て行った。


……シーンとして少し気まずい。よく見ると真の手には漫画の単行本くらいのサイズのアルバムが握られていて、見てもいいかと聞くといつも通り林檎っ面でもじもじしながらアルバムを差し出してきた。


ページをめくると、俺の戦闘服コスチューム姿や制服姿、体操服姿に寝間着姿、他にも友達と写った写真が沢山ファイルされていた。思い返せば最近葉隠さんや上鳴もやたらと写真を撮っていたり、一緒に写ろうと言いながら轟に撮影を頼んでいた覚えがある。俺がアルバムをじっと眺めていると彼女は綺麗な目に涙を溜めながら小さく言葉を紡いだ。


「ごめんね……気持ち悪いよね……」


なんて……なんて可愛らしいんだろう。愛しくて愛しくてたまらず俺は彼女を思い切り抱きしめてしまった。顔を見ると目をぱちぱちさせていて、涙がぽろりと零れ落ちた。軽く彼女の目尻にキスをすると、彼女はそっと俺の背に腕を回してくれた。抱きしめあっているとさっきまでの不安はウソのように溶けてしまい、得も言われぬ安心感に包まれた。


「真、俺、こんなに愛されてて嬉しいよ。これからは一緒に写真撮って、ここに入れてくれる?」

「いい、の?」

「……くくっ、俺がお願いしたんだけどな。」


質問したのに質問し返されて思わず笑ってしまったら、泣き止んだ彼女はクスクス笑い出して、水色のスマホを取り出すと直ぐにカメラアプリを起動して顔をくっつけて写真を撮ってくれた。





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「俺も真の部活姿とか体操服姿とか色んな写真欲しいな。」

「えぇ!?恥ずかしいからダメだよ!」

「自分は俺の友達に頼んでたのに?」

「……いじわる。」

「ごめんごめん、でも写真は欲しいから今度頂戴よ。」

「わ、わかったよ……でも、ちょっとだけだからね?」

「うん……真、大好きだよ。」

「わたしもだいすきだよ!えへへ、写真もいいけど本物の猿夫くんの方がいいや……」




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