夏の終わり
夏の終わりも近付いて涼しくなってきた朝、わたしは正門でお兄ちゃんを待っていた。高校生活も半分を終えての三者面談、つまり進路を意識する時が来たということだ。みんなはお母さんやお父さんと臨んでいるけれど、わたしはお兄ちゃんに来てもらった。わたしの志望校はお兄ちゃんと同じ大学というのは決まっているけれど、受験する学部がまだ絞れていない。





「統司は……優盟大学か。」

「はい……でも、教育学部と芸術学部で悩んでて……心理学も興味あるし、絵のこともまだ勉強したくて……」

「医学部にも臨床心理コースあるぜ?」

「うーん、わたし数学苦手だし……お医者さんになりたいと思ったこともないし。」

「あー……うん、そうだな。先生、真の成績で優盟大学って大丈夫ですかね?」

「うん、統司なら大丈夫と思いますよ。普通科ではトップクラスですからね。」

「お、お前そんなに成績良かったのか!?」

「数学以外は得意だもん!」


お兄ちゃんとギャーギャー言いあっていたら先生にクスクス笑われた。統司もそんな風にムキになるんだな、って言われて、お兄ちゃんから学校では借りてきた猫かよ!なんて言われてしまった。全く失礼しちゃうんだから。


面談を終えて廊下を歩いていたら、猿夫くんと上鳴くんにばったり出会した。きょとんとする上鳴くんに、兄ですと紹介したら思わず放電しちゃうくらい驚いたみたい。美人兄妹なんて言われてしまった。なんでここに?って話になったから、三者面談だったことを話したのだけれど、上鳴くんが突然こんな質問をしてきた。


「真ちゃんのお兄さんの個性ってなんなん?」


お兄ちゃんの個性、それは目を合わせた相手の心に入り込む個性。お兄ちゃんの身体は糸が切れた操り人形のように倒れてしまうから戦闘には不向き。ちなみに入られた相手は抵抗する術なく意識を奪われてしまうからその間の記憶はないらしい。何が厄介かというと、お兄ちゃんは心へ入り込んだ人の身体を好き放題動かせるのはもちろんだけど、その身体が持つ記憶を覗き込むなんてこともできるわけで。警察の取り調べなんかでは容疑者の有罪無罪を判断するのにまさにうってつけ。けれども彼はお医者さんを志望している。わたしはその通りに説明したのだけれど、上鳴くんはニヤッとしてこんなことを言った。


「お兄さん、尾白の心に入ったら真ちゃんと尾白があーんなことやこーんなことしてんのも覗けるんですか!?」

「……キミは天才だな!?」

「……きゃああああ!!ぜ、絶対ダメ!!猿夫くん!!おめめ瞑って早く!!」

「うわっ!真っ!痛たたたっ!」


わたしは猿夫くんの首に手を伸ばしてグイっと引っ張って彼の目を隠した。あ、あ、あんなえっちなことをしてるだなんてお兄ちゃんに知られたら……無理だ無理だ!!絶対普通じゃいられなくなっちゃう!!キッと涙目になりながらお兄ちゃんを睨み付けたら、突然心臓がどくんっと大きく鼓動して、意識が遠のいた。


「真っ!?うわっ、お兄さん!?」

「っぶねぇ!!」

「お、俺の身体支えてくれてありがとな、えーと……上鳴くん、だっけ?」

「えっ……お兄さん!?うわっ、マジ……?」

「そ、これが俺の個性、周りからは憑依なんて言われてっけど俺は死んでねーっつーの。」


彼は上鳴が支えている自分の身体に近付き、手で両目を開けてぱちっと目を合わせると、今度は彼女の身体が糸が切れた操り人形のように崩れ落ちかけた。もちろん地面に膝をぶつける前に、彼女のヒーローが支えたわけだが。


「……お、お、お、お兄ちゃん!?い、今……!」

「あぁ、記憶を覗き見るなんてことはしてねーよ。せいぜい今日のお前の予定が愛する猿夫くんの部屋に泊まるから買ったばかりの白いレースの……」

「きゃあああああ!!さ、最低!!変態!!二度と憑依しないで!!大っ嫌い!!」

「それ以上は覗いてねーよ!!つーか嫌いって言うなよ!!」

「うるさいうるさい!!このスケベ!!」

「真ちゃんって家族の前ではこんな感じなんだな……」

「うん、俺も初めて見た……」


お兄ちゃんとギャーギャー言い合っていたもんだから、猿夫くんと上鳴くんはとてもポカンとしてて。猿夫くんの前ではしたない姿を見せてしまったことが恥ずかしくて堪らなくて、わたしの顔は火が出そうなくらい熱くなってしまった。もう早く帰って!とお兄ちゃんをぐいぐい正門まで押して無理やり追い出してやった。三者面談に来てくれたお礼だけはちゃんと伝えたけれど。





夜、猿夫くんのお部屋に行って、一緒に勉強したり、彼が筋トレをしてる横で本を読んだりして、寝る時間が近づいて来たから一緒にベッドに入った。おやすみのチューをしようと思ってぎゅっと抱きしめられている身体を少し捩った時のこと。


「真、眠い?」

「え?うーん、本読んでたからそうでもないかな。どうしたの?」

「いや……白いレースの下着、ちゃんと着て来たのかな、って……」

「しっ……!?ま、ま、猿夫くん、お、覚えて……!?」

「忘れられないよ……だって、あれ、俺に見られるの前提だったってことでしょ?」

「はう……あ、あうう……」


図星を突かれて今すぐにでも逃げ出したいくらい恥ずかしいけれど、彼の腕、脚、さらに尻尾でがっちりホールドされて逃げられない。彼の意地悪な質問は耳元でまだまだ続く。


「真は昼間っから、俺とえっちなことをするのを考えてたんだよね?」

「ち、違……」

「新しい下着か……俺を興奮させたかったのかな?いつもいつも本当に可愛いことしかしないよね……」

「あ、う、う…………」

「ね、可愛い真のえっちな下着姿、見せてごらん。」

「は、は、は、はい……」

「素直だね……真はベッドの上ではいじめられるのが好き、と……覚えとくよ……」

「お、覚えなくていいよ……」


彼はくつくつ笑いながらわたしのパジャマのボタンを外して、キャミソールを捲り上げた。新しく買ったばかりの白いレースのブラに包まれた胸がぷるんと揺れて、彼はごくっと喉を鳴らしてわたしの胸に釘付けで。そのままわたしのズボンも下ろして、今度はショーツに釘付けになっていて、薄明かりの中でもわかるほど彼はお顔も尻尾も真っ赤になっている。


「いつもの可愛い下着と違って今日のはすごくセクシーだね……」

「や、やだ…………ひっ!す、すごい……」


猿夫くんと目を合わせるのが恥ずかしくてチラッと目線を下にやったら、猿夫くんのパジャマのズボンの、男の人特有のソレがあるところが膨れ上がっていた。じいっと見てたら、いつもそうなるけど今日は特に興奮してる、とサラッと言われて目のやり場に困ってしまう。こんなところまじまじ見たことがなくて慌てて目を離したら、彼にぎゅっと抱きしめられた。丁度太腿のあたりに硬いものが当たって、恥ずかしくなったあまりに彼の背に回した手に力が入り、服をぎゅうっと掴んでしまう。


「下着姿も可愛すぎて外すのが勿体無いね……」

「や、やだもう……恥ずかしい……」

「ごめんごめん。でも、もう夏も終わりに近いし薄着だと流石に風邪引いちゃうから服着ようか。見せてくれてありがとう、すごく可愛いよ。」

「あ、ありがと……服、着るね。」


猿夫くんが脱がせたパジャマをいそいそと着て、ボタンを留めて彼の隣にころんと寝転んだらぎゅーっと抱きしめてくれた。それから少しだけ三者面談で何を話したのかを聞かれて、わたしの志望進路について話したら、真の邪魔にならないよう気をつけて応援するって言ってくれた。彼は大学への進学を考えていないみたいで、お互い進路は違ってもずっとずっとそばにいて、励まし合って手を取り合って、ずーっと仲良しでいようねってお話をしていたら、おやすみのチューもせずにいつのまにかふたりで眠りに落ちていた。





夏の終わり




「真、大学に行っても俺のこと好きでいてくれる?」

「どこにいっても猿夫くんがいちばんすきだよ。」

「ありがとう、俺、真に嫌われないよう頑張るよ。」

「えへへ、心配しなくても嫌うことなんてないよ。ずっとそばにいさせてね。」

「もちろん、ずっとそばにいてほしいくらいだよ。」

back
top