「にゃぁん……猿夫きゅん……しゅき……」
「真……あ、あの、みんな、見てるから、さ……」
「にゃん……わたしのこと、キライ……?」
「だ、大好きです!」
「にゃあん!わたしもっ!だいしゅきっ!」
「か、可愛すぎる……」
***
夏休みのある日のこと。先日の期末試験で普通科の中でついにトップの成績を取れたわたしは猿夫くんからご褒美をあげる、とお部屋に招待されている。ちなみにご褒美とはわたしが前から欲しがっていたとっても可愛いお猿さんのぬいぐるみのこと。もし普通科でトップになったときは買ってあげるね、とお約束してくれていたし、ぬいぐるみが届いたよ、という連絡ももらっている。
わたしはどの服を着て彼のお部屋に遊びに行こうかと隣部屋の仲の良いお友達に相談していたのだけれど、彼女の個性『動物化』が暴走してわたしに発動してしまい、猫耳と猫の尻尾が生えてしまった。
「にゃん!?にゃにこれっ!?」
「ごっ、ごめんね真ちゃん!実は昨日から熱っぽくて……本当にごめんね!」
「こっ、これ、いちゅ元に戻るにょ?」
「え、えっと、今から24時間そのままなんだ……」
「しょ、しょんにゃあ……猿夫きゅんに嫌われにゃいかにゃ……」
「そ、それは大丈夫!むしろすごく可愛がってくれると思うよ!本当なら完全な猫になるはずなのに、真ちゃん、猫のコスプレみたいでとっても可愛いよ!」
猿夫くんが可愛がってくれる。その言葉を聞いてわたしの猫耳と尻尾がわさわさと動いた。彼が可愛がってくれるなら、とわたしはとても真剣に服のチョイスを再開した。たまたまクラスに猫の尻尾が生えてる個性のお友達がいたから、ボトムスだけ彼女のショートパンツを借りて、穴から尻尾をぴょこんっと出して、上機嫌でA組の寮へ向かったのだけれど。
「あっ、言い忘れてた……確かあのタイプのこの時期の猫って……き、気のせいかな?」
***
そして冒頭に至るわけだ。わたしはいつだってどこだって猿夫くんのことが大好きで大好きで堪らない。許されるならこの身も心も余す所なく全て彼に捧げたいとすら思うほど。いつもなら彼のそばにいるだけで心臓が破裂しそうになるのに、今日のわたしは猫の力を借りているからか、彼にべったりくっ付いて甘えきってしまっている。しかもお友達の言う通り、彼はいつも以上にわたしのことを可愛がってくれる。頭や顎を優しく撫でられると喉がゴロゴロと鳴る。中でもお尻の上の尻尾の付け根辺りを触られるととても気持ちが良くて、彼にすりすりと頬擦りをしてしまう。
「にゃあん……気持ちいいにゃん……」
「そ、そっか。よ、良かった……」
「もっともっとくっちゅきたいにゃ……」
「えっ?え、えーと……」
周りにいる女の子や男の子たちはニヤニヤしながらわたし達を見ている。けれどそんなことは関係ない。彼ともっともっと密着したい。もっともっと可愛がってほしい。あわよくば彼と甘い時間を過ごしたい。わたしがゴロゴロと喉を鳴らしながら彼に身を擦り寄らせたら、諦めてくれたのか腕と脚を大きく広げて、おいで、と言ってくれた。
「にゃあんっ!猿夫きゅん、だいしゅき!だっこー!」
「うわっ!……ん、良い子だから大人しくしててね。」
「にゃーん!」
彼に正面から跨って、脚をクロスして彼の背に回し、腕も首に回して、全身で彼にぎゅうっとしがみついて頬と頬をぴったりとくっつけてすりすりした。すると彼の尻尾はぶんぶんと動いていて、彼も喜んでくれているとわかってわたしの力はさらに強くなった。彼の頬はとっても熱くて、お熱があるのかな、と額と額をコツンとくっつけたら彼のお顔は火が出そうなくらい真っ赤になっていた。
「おねちゅ、にゃい?」
「だっ、大丈夫だよ。」
「にゃーん、よかったにゃん!」
再び彼に抱きついて頬と頬をくっつけてすりすりしていたら、奥のエレベーターから上鳴くんが降りてきた。
「うわっ!?昼間っからこんなとこで……大胆だなァ……ん?真ちゃん、何それ、かわいーじゃん!」
「あっ!上鳴!」
「ふしゃー!にゃああ!……ふーっ!」
「うわっ!ど、どーしたん!?」
「そ、それが俺以外の男が触ろうとするとこうなんだ……さっきも切島が撫でようとしたら引っ掻こうとしてて……個性のおかげで何とか防いでたけど……」
「ふーっ!猿夫きゅんじゃにゃきゃいやっ!」
「そりゃ愛されてて何よりだな……」
上鳴くんのことは嫌いじゃない、むしろお友達としてなら大好きだ。けれど今のわたしは猿夫くん以外の人に触れられることにとても耐えられそうにない。何故だか感情がとても昂ってしまっているのだ。上鳴くんは二つ隣に腰掛けたけど、ソワソワしたままのわたしは耳と尻尾の毛を逆立ててふしゃー!と威嚇してしまった。すると猿夫くんが、真、と優しく名前を呼んでくれて、尻尾の付け根を撫でてくれた。
「にゃあん……猿夫きゅぅん……しゅきぃ……」
「お、俺もだよ。ほら、良い子だから、落ち着いてね。」
「にゃうん……落ちちゅくにゃん……だぁいしゅきぃ……にゃぁん……」
猿夫くんの頬にすりすりと頬擦りをして、身体をもっともっと密着させると、頭をなでなでしてくれた。気持ち良くて嬉しくて喉がゴロゴロと鳴る。
「……尾白、今どんな気持ち?」
「…………生殺し。」
「だよなァ……俺だったら耐えらんねーよ。」
猿夫くんと上鳴くんは秘密のお話をしているのか、ふたりで顔を見合わせてはぁっと溜息をついている。ちょっと悔しくなったわたしは少し身を捩って、彼の太くてムキムキのかっこいい尻尾にわたしのふさふさの長い尻尾をしゅるしゅると巻き付けた。
「真!?な、何して……」
「かみにゃりきゅんばっかり見ちゃだめ。」
「えっ?」
「わたしのこと、もっと見て。わたし、寂しいにゃん……」
わたしは自分の気持ちを正直に伝えて、しょんぼりしながら彼を見上げた。すると彼は言葉に詰まってから、わたしにたくさん質問をしてきた。
「ッ……!あ、あのさ、真、その格好はいつまで続くのかな?」
「にゃ?にゃうん……明日のあしゃの10時頃までかにゃ?」
「そっか、真、今日はお風呂とご飯、ちょっと早めに済ませてもいいかな?」
「にゃんで?」
「……俺、今日はちょっと早くベッドに入りたいんだ。ダメかな?」
「にゃん!わかったにゃん!」
「じゃ、D組の寮まで行っといで。」
「にゃんで?」
「お泊りセット、持ってきてないでしょ?」
「にゃーん!お泊まりしていいにょ?」
「もちろん、…………からね。」
「にゃ?よく聞こえにゃいよ?」
「ん?なんでもないよ?」
「にゃあん、わかったにゃん。」
彼が最後になんて言ったのかはわからないけど、わたしはお泊まりできることが嬉しくて、上機嫌でD組の寮へ戻った。そして、お泊りセットを持って早足でA組の寮へ駆け込んだのだった。
可愛い仔猫ちゃん
「尾白、俺は聞こえたぞ……」
「……誰にも言わないでくれよ?」
「言えるわけねーだろ……つーか隣飯田だろ?その、声、とかさ……」
「耳郎の楽器の音も聞こえないんだから大丈夫でしょ。はぁ、夜が楽しみだな……」
「……エロ猿。」
「否定しないよ……あんなの俺も耐えられないって。」
真、今夜はすぐには寝かさないよ。たっぷり可愛がってあげるからね……