譲れないもの
最近、真は受験勉強で忙しそうで、邪魔をしたくない俺は彼女に会いたい気持ちをぐっと堪えて、自分も目の前のやるべきことに心血を注いでいる。今日もいつも通り訓練を終えて疲れた身体で寮に戻り、汗を流して、共同スペースで夕食を口にしていた時のこと。同席していた芦戸がとんでもない爆弾発言をかましてくれた。


「ねぇ、尾白と彼女って初めてヤったのいつ?」

「ぶっ!!げほっ!!と、突然何を……!?」

「えー?だって入学前から付き合ってて、ずーっと凄いラブラブなんでしょ?峰田と上鳴がいつも何か言ってるよ?」

「あ、あいつら……」

「でも意外だよねー、尾白、そーゆーことに興味なさそーじゃん!」

「俺も一応男なんだけど……」


芦戸は思ったことをはっきり言うから変に誤魔化したりもできない。答えあぐねていると、丁度切島と上鳴が食事の為にすぐ隣に腰掛けた。そこでまた芦戸がとんでもない発言をするのだが。


「あ、もしかして尾白って童貞?」

「ぶっ!!ごほっ!!」

「あっ、芦戸!?お、おめーなんつーことを……!」

「なになに?面白そーなこと話してんじゃん!」


こんな話に上鳴が食いつかない訳もなく、首に腕をかけられて、どこまで進んだんだよ、なんて聞いてくる。目で切島に助けを求めると、尾白って彼女の前でめちゃくちゃ男らしいよな……と自分の世界に入ってしまったようで。童貞?と何度も何度も二人から聞かれて俺はついに、そうだよ、と返事をしてしまった。


「はぁ!?マジで!?お前ら何年付き合ってんだよ!」

「……だいたい2年半。」

「よく我慢してんな……」

「すごいね尾白!上鳴なら付き合ったその日とかに手出しそう!」

「ばっ、バカ言うなよ!そんな勇気ねーよ!」


二人がギャーギャー騒ぎ始めたとこらで、俺は急いで食事を済ませて早いところ席を外そうとしたのだが、彼等が簡単に見逃してくれる訳もなく。仕方なくコップにお茶を注いで再び席に着いた。しかし質問はますますヒートアップしてしまう。


「尾白、彼女にどこまで手出してるの?」

「ぐっ!!ごほっ!!の、飲み物飲んでる時は、げほっ、やめてくれよ……!」

「俺の知る限りでは一緒に風呂に入ってたことあるぞ!あと夜も一緒に寝る時もあるし、ぜってー何か手出してんだろ!?」

「かっ、上鳴!?ふ、風呂は何故か事故で入れ替わって仕方なく……!よ、夜は、そ、その……」

「否定しないあたり、真面目なのが裏目に出てんねー!」

「ぐっ……!」

「……うおお!隠さねェなんて男らしいじゃねーか!」


切島は変な方向に一人で盛り上がっている。上鳴と芦戸は身を乗り出してどこまで進んだ!?なんて聞いてくる。こんな質問答えられるわけがない、後で真に知られたらきっと、喋ったの!?ばか!えっち!、なんて言われて機嫌を損ねてしまうに決まっている。どうしたもんかとため息を吐いたら、上鳴から次の質問がやってきた。


「なぁ、夜の真ちゃんって可愛いん?それともエロいん?」


どうせ適当に答えたところで終わるまい、もうどうにでもなれ、と半ば自棄になって彼らの質問に答えることにした。


「……めちゃくちゃ可愛いし……エロい。」

「うおおお!?やっぱりやることやってんじゃねーか!お前もこっちの世界の住人だったか!」

「一緒にしないでくれよ!」

「そうだよ!尾白は彼女一筋なんだから!ちなみに夜ってどんなことしてるの?」

「え?そ、それは、言えない……」

「言えないようなことしてるんだ!うわ〜!尾白がね〜!へぇ〜!」

「まさかお前それすらもトレーニングとか言うんじゃねーだろーな!?」

「そ、そんなんじゃないから!」


芦戸も上鳴もニヤニヤしながら盛り上がっているが、切島は食事を終えて筋トレがあるからと部屋に帰って行った。すると芦戸が切島に今度の訓練のことで相談があるからと彼の後をついて行った。残された上鳴は少しもじもじしていたけれど、真剣な顔で口を開いた。


「……あのさ、尾白と真ちゃん、マジでどこまでしてんの?」

「えっ?」

「いや、真面目に聞きたくて、さ。」


少し上鳴の様子がおかしい。先程まであんなに茶化してきていたのに、今はとても真剣な顔だ。質問が質問なだけに半信半疑ではあるが、この顔がふざけたことを言うような顔ではないと感じた俺は言葉はぼかしながらではあるが正直に話すことにした。


「最後まではしてないよ。けど、それなりに心も身体も関係が深まってるかな。ふたりで少しずつ歩み寄って……責任取れるようになるまで本番はお預けってことで、まぁ一通り。」

「そっか。うん、そーだよな……」

「うん……?上鳴、なんかあった?」

「え?あ、いや、何もねーよ!」


なんとなく上鳴の様子がおかしいのが気になって仕方ない。なんだか落ち込んでいるというか、傷ついているというか、そんな感じで。どうしたのかと声を出そうとしたら彼は突然俺の手を両手で握ってきた。


「な、なに?」

「……真ちゃんのこと、大事にしてんのも、真ちゃんが、お前のこと信頼してんのもよく知ってる。卒業してもさ、大事にしてやってな。あの子にはお前しかいねーんだから。」

「え?う、うん……もちろん、だよ。」

「うん……」


彼の手が震えている。ぎゅっと強く握ることでごまかそうとしてるんだろうけど、俺は察してしまった。彼の、彼女に対する、淡い想い。一体いつから、彼はこれまでどんな気持ちで、俺を、いや、俺達を見守ってくれていたのだろうか。微塵も気付かなかった自分が情けなくて仕方ない。いや、気付かないほど、それ程までに目の前のこの男が自分の気持ちを殺して、決して表出しないよう、細心の注意を払ってくれていたのだ。彼はどこまでも友達思いの男なのだから。


「あ、あの、上鳴……」

「へへっ、真ちゃんにも言わねーとな!」

「えっ?」

「大学行っても浮気すんなよ〜、って!つっても真ちゃんは尾白にゾッコンだろーけど!あ、でもお前がかっこ悪いヒーローになったら逃げられちまうかもだから気を付けろよ?」


俺の尻尾をさわさわと触りながらいつものへらりとした笑顔を浮かべた彼は、今どんな気持ちで言葉を絞り出しているのだろうか。これが彼の空元気だなんてきっと猿でもわかる。彼の笑顔はいつだって周りを明るく輝かせてくれるはずなのに、今この瞬間だけは俺の心に影をさしてくる。


「……ごめん。」

「ん?何が?」

「いくら上鳴でも……真は譲れない……」

「はぁ?何言っちゃってんの!?俺は別に……」

「いつもありがとう。上鳴は俺達のヒーローだ。」

「……おう!あーあ、俺も卒業したら真ちゃんみてーな可愛い彼女できっかなー!」


彼は光り輝く明るい笑顔を見せて、食事の後片付けをして自分の部屋に帰って行った。俺は何だか無性に真に会いたくなって、勉強中で悪いとは思いつつも彼女の部屋へと足を運んでいた。


D組寮の女子棟に入りたいことを共同スペースの女子に話したら、相変わらずラブラブだね、と軽く揶揄われてしまった。真の部屋の前まで付き添ってもらって、そのドアを2回ノックすると、前髪をピンで留めた可愛らしい姿の彼女が出てきてくれた。突然の訪問に少し戸惑ってはいたけれどとても嬉しそうな笑顔を見せてくれて、快く部屋に入れてくれた。


「どうしたの?何か悩み事でもできた?」

「んー……無性に会いたくなっちゃって。」

「……うん、隠し事はしてないね。」

「あっ、個性使ったでしょ。」

「えへへ、ごめんね。ちょっと心配だったから。でも、何もないなら良かった!」


真は俺の隣に座って、尻尾をぎゅっと抱きしめてきた。この2年半で俺の体格もだいぶ大きくなってしまったからか、彼女にとってこの尻尾は抱き枕のような心地よいサイズなんだとか。


「今日、一緒に寝てもいい?」

「え?いいけど、えっちなことはしちゃダメだよ?」

「くくっ、受験終わるまでは我慢するよ。」

「どうかなあ。猿夫くん、すぐえっちなことしたがるもん。」

「真は可愛いからね。俺じゃなかったらとっくに襲われてるよ。」

「も、もう!すぐそうやって……!」

「ほら、可愛い。まだ勉強するでしょ?俺、下で本読んでるからさ、寝る前に呼んでよ。」

「ここで読んでいいよ?」

「いや、勉強してる真に手出したくないし……」

「そ、そ、そ、そっか……うん、わかった!じゃあ、また後でね!」


勉強頑張ってね、と彼女の頬に軽く唇を押し付けたら、顔が一瞬で林檎の如く真っ赤に染まって、いつも通り両手を頬に当てていた。こんな可愛らしい姿を目にした俺は、やっぱりこの林檎の妖精を誰にも譲りたくないと改めて実感した。





譲れないもの




「真……」

「今日は甘えん坊さんだねえ。えへへ、おいで。」

「うん……俺、真を誰にも譲りたくないよ……」

「うん、譲らないでね。わたしも、猿夫くんとずっと一緒にいたいから。」

「うん……どこにも、行かないで……」

「えっと、大学には行っていい?」

「……それはもちろん。」




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