今日はおやすみが重なったから、久々にふたりでお外でデートをしようということになった。猿夫くんはよく高校生の時から服のセンスが良くないと周りから揶揄われて、デートの時はいつも服装を上鳴くんや透ちゃんに相談してたみたい。昨日の晩に、明日着る服をわたしに選んで欲しいと言ってきたから、無難にグレーのトレーナーとデニム地のパンツにした。わたしは彼と色を合わせてグレーのシャツとデニム地のサロペットを着た。
天気は快晴で、相変わらず指を絡めてきゅっと手を繋いで仲良く歩いた。電車やバスに乗る時は彼は必ず周りの人に席を譲るし、わたしが怪我をしたり変な人に触られたりしないようしっかり守ってくれるし、本当に紳士的でかっこよくて堪らない。こんなにも素敵なひとが旦那様だなんて、わたしはきっと世界でいちばん幸せな女の子だと思う。
ショッピングモールに着いて、いくつかお店を見た後、ふたりでお昼ご飯を食べた。ちなみに今日は定食屋さんでとり天定食。もちろん、彼とチョイスは同じ。この前、九州に帰った時に食べたとり天がびっくりするくらい美味しかったからここでも注文してみたのだけれど、やっぱりとり天は美味しかった。定食屋さんを出て、お洋服を見に行こうかとふたりで歩き出したとき、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「尾白ー!おーい!尾白ーっ!」
「はい?」
「えっ?いや、尾白は隣の……」
「あ……久しぶり!」
尾白。それはわたしの姓でもある。先日、市役所で尾白さんと呼ばれても自分の姓は統司だと思い込んでいてスルーしてしまった。その時、猿夫くんに笑われてしまったのが恥ずかしくて、最近は意識するようにしている。だから返事をしたのだけれど、どうやら彼は猿夫くんの中学の時のお友達みたいだ。
「いやー、成人式以来だよな!確かプロヒーローになったんだっけ?すげェよなー!」
「いやいや、俺なんて全然……そっちは確か住宅カンパニーだっけ?」
「おう!あ、尾白もいつか結婚してマイホーム建てるってなったら俺に相談してくれよ!安くすんぜ!」
「あ、ああ、ありがとう。」
猿夫くんは尻尾を揺らして軽く首元を触りながらチラッとわたしの方を見た。首を傾げたらお友達さんもわたしの方をチラッと見て。
「お、尾白、このめちゃくちゃ可愛い人は一体……?ま、まさか、彼女とか?」
「えーと……俺の、つ、妻、です……」
彼は口元を綻ばせて、真っ赤な顔で、でれでれしながらわたしの肩を尻尾で抱き寄せた。お友達さんは目をまん丸にしながらわたしと猿夫くんを交互に見てきた。
「あ、は、初めまして。わたし、統司……じゃない、尾白 真です。猿夫くんの、つ、つ、妻、です、えへへ……」
「お、お前がこんな可愛い子と!?し、しかも結婚!?へぇ……ヒーローってやっぱすげェんだな……奥さん、いつからコイツと一緒にいるんすか?」
「お、奥さんだなんて…………あっ!えっと、中3の3月からです。」
奥さん、なんて言われたのが嬉しくて恥ずかしくてつい両手を頬に当ててぼーっとしてしまった。
「ちゅ、中学から!?な、長いっつーか、えっ、尾白、初カノじゃね!?」
「あ、うん。そう、初めての彼女が真で、俺のお嫁さん。」
「ま、マジかよ……すげェな……」
お友達さんはわたしの方にも根掘り葉掘り聞いてきた。ちょっと距離が近くて困っているのを猿夫くんに目で訴えたら、彼が全ての質問に答えてくれた。お互いが幼少期に一度だけ出会った初恋の人で、中学生の時に再会して初めての恋人になって、そして結婚までしてしまったというラブラブっぷりに驚かない人は今まで一人もいなかった。目の前の彼もその一人で、猿夫くんの肩をバシバシ叩きながら羨ましい〜!と本気で悔しがっていた。
お友達さんとバイバイしてからはなんだかお互い照れ照れしてしまった。しばらく並んで歩いているとちょんっと手と手が触れ合って、お互い林檎みたいな真っ赤な顔になりながら手を繋いだ。まるで初めてデートをするカップルみたい。
「ね、真。」
「なに?」
「なんか、付き合いはじめた頃のこと思い出さない?」
「あ、同じこと思ってた。名前で呼んだり、手を繋いでもらったりね。」
「あと、なかなか好きって言ってくれなかったりね。」
「し、しかたないでしょ!恥ずかしくて言えなかったんだもん……」
「……本当、可愛いのは出会った頃から変わらないね。」
「や、やだもう……猿夫くんこそ、かっこいいのは変わんないよ……」
こうしてしばらく学生時代のことをたくさん話していたら、猿夫くんが、あっ、と声をあげて。彼の目線を追うと、ピンクを基調としたとても可愛い雑貨屋さんがあった。でも、わたしも彼も一度も入ったことはないはずだ。どうしたの?と聞いてみると、思いもよらないお返事が。
「いや……俺、あの店で林檎の髪飾り買ったんだよね……ほら、バレッタってやつ。」
「……え!?あ、あんな可愛いお店で!?ひ、ひとりで入ったの!?」
「うん……お客さんが女性ばっかりですごく恥ずかしかったけど、真に似合う素敵なプレゼント、探したくて……」
お付き合いをすることになった日にわたしが猿夫くんからもらったプレゼント、それは可愛い林檎のバレッタで今も宝物箱にきちんとしまってある。出会って間もないあの頃から彼はこんなにもわたしのことを想ってくれていたんだと思うと図らずも口元がだらしなく緩んでしまう。そんなわたしを見た彼は、やっぱり真の笑顔は初めて見たときと変わらず最高に可愛いね、だって。恥ずかしくて顔が真っ赤になったら、やっぱり林檎みたいだねと言われてしまった。
なんだか今日は初心にかえることが多いデートだった。ということで、本日の夕飯のメニューは彼とふたりで一緒に作るカレーライスだ。高校1年生のあの夏の日と同じ材料で作ったカレーはとても美味しくて、やっぱり彼はおかわりをしていた。食べた後はお皿を洗って、順番にお風呂に入って、寝室へ。あの時と何もかもが同じ。ということはこの後も……
「真、指輪つけてる?」
「うん、結婚指輪つけてるよ。」
「今日は林檎の指輪にしない?」
「それも同じにする?いいよ、少し待ってて。」
結婚指輪を外して、サイドチェストの戸を開けて宝物箱を取り出した。この中には彼からもらった愛情たっぷりの贈り物がたくさん詰まっている。中から林檎モチーフの可愛い指輪を取り出して、彼の右手へ手渡し私も右手を差し出した。それから目を大きく開けて彼の目をじいっと凝視する。
「あれから、いろんなことがあったね。喧嘩もしたし、会えない日が続いたりもした。他にも色々……でも、俺は真とずっと一緒にいる。一緒に寝て起きて、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って……この生活を守れるような立派なヒーローになってみせるよ。」
「うん、ずっと側で応援する!」
「ありがとう、真が笑って見ていられるような強い男に……立派なヒーローになる……キミに、誓います。」
彼はわたしの右手に指輪をつけると、わたしの身体を抱き寄せてベッドに組み敷いた。あの日の悩める少年ではなく、何かを決意したような男のひとの、顔。
「その、責任、とるから……」
「うん……抱いて、ください……」
「愛してるよ……」
「わたしも、あいしてるよ。」
初心にかえれば
「初心に帰ったって感じの1日だったねえ。」
「そうだね。でも、やっぱり真はいつまでも可愛い……いや、今は綺麗って言うべきかな。」
「……猿夫くん、恥ずかしいこともサラッと言えるようになったよね。」
「そう?でも、事実だし。」
「昔からかっこいいけど、もっとかっこよくなったよねえ……」