全部をあなたに
入寮して数日が経ち、学校と私生活の両立は大変だけど何とか楽しくやっている。両親に会えないのは寂しいけれど何度かビデオ通話もしたり、夜まで友達と話せたり、悪いことばかりではない。そんな日が続くある晩のこと、わたしは親友と三人で夏休みの思い出を話していた。二人は海に行ったり、買い物に行ったりしたそうだけどわたしは引っ越したり戻ってきたりで大忙しだった。話題はいつの間にかわたしと猿夫くんの関係のお話になっていて、相変わらず仲良しだと結論付けたところである質問をされた。


「で、彼氏君はちゃんと抱いてくれたわけ?」

「うん、抱いてくださいって言ったら抱いてくれたよ。」

「えっ!?真ちゃん意外……!オトナになっちゃったの……!?」

「えっ?いつも通りぎゅってしてくれたよ?」

「はぁ!?いつも通りって何それ!エッチしなかったの!?」

「え、ええ、エッ……!?な、な、何言ってるの!?そんなのするわけないよ!まだ高校生だよ!?」

「え?でもあんた抱いてって言ったんでしょ?」

「い、いい、言った、けど、わたしはただ、こう、ぎゅって……」

「あのね、真ちゃん、その言葉はね……」





なんてことだ。まさかそんな含蓄のある言葉だったなんて。だから猿夫くんはあんなに狼狽えてたんだ。あの夜のことを思い返すと恥ずかしくて堪らなくなってクッションに顔をぼすんと埋めて声にならない叫び声をあげたら二人からゲラゲラ笑われてしまった。猿夫くんにえっちな女の子だと思われてしまったのかもしれないと思うとなんだか明日から普通でいられなくなりそうだ。


けれど必ず明日というものはやってくるわけで。まだ昨日の会話が頭から離れない。猿夫くんと、わたしが…………高校生ならまだ早いと思うのが本音で、確かあの夜、彼もまだ早いと言っていた覚えがある。キスもそうだけど、そういったことは本当に好きな人とするものだってよく少女漫画やドラマで見たことがあるけれど、わたしはそういうのは大人になるまで大切にしたい。でも、彼が望むのなら、心も身体も何もかも全部全部今すぐにでも彼に捧げたいと思っている自分が心の奥にいるわけで。





結局今日の授業はあまり集中できなかった。その散漫状態は今、放課後も継続していて、部活に集中することができない。気分を変えようと画材を持って外に出た。花壇の前に座り、頭のバレッタにそっと触れて大好きな彼に想いを馳せる。優しく名前を呼んでくれて、いつもそばにいてくれて、笑った顔が素敵で、強くて、逞しくて、真面目で、頭が良くて……いつだってわたしを救けに来てくれて誰よりもかっこいい、いつも優しい愛をたくさんくれて、どこにいてもわたしを守ってくれる、尻尾のヒーローに。


「猿夫くん……」

「うん?何?」

「はぁ……」

「真?」

「……きゃわあああ!ま、まま、猿夫くんっ!?い、い、いつからいたの!?」

「うわっ!いや、ちょうど6限が終わって校舎から出たら真がいたから……」

「そそ、そそそ、そうなんだ。」

「……くくっ、驚きすぎじゃない?」


猿夫くんは尻尾をゆらゆら揺らしながらくつくつと笑っている。大好きな彼の笑顔を見ると本当にかっこいいなあと惚れ惚れしてしまう。わたしはこの素敵なひとにいつか抱かれるんだ、なんて思ってしまったら顔が急激に熱くなってきて、思わず両手を頬に当てたら、今日も可愛いねと言われてしまってますます熱くなってしまった。


それから身体をぴとっとくっつけて座って、わたしは絵を描き始めた。今日は風景画や静物画を描ける集中力が無いから、親友や上鳴くん、師匠や峰田くんといったA組の知ってる人の似顔絵を描いてみたら、思いの外そっくりで猿夫くんはとても驚いていた。そういえば彼の前で絵を描くのは初めてかもしれない。


「真、お願いがあるんだけど。」

「なに?」

「俺の絵、描いてよ。」

「いいよ。」


わたしは無心になって、自分の頭にある彼の姿を絵にした。透明な心でひたすら筆を走らせて表現する。隣にいる、大好きな彼を。精一杯の技術と愛情を込めて。ただ、ひたすらに。彼は優しい表情でわたしを見つめてくれていた。たまに顔や首を見るために彼に目を向けていたのだけれど、時間が経つにつれて彼は林檎のように赤くなっていっていた。わたしはあまりにも無心になっていたせいか、自分が描いている絵が完成するまでその理由に気づくことができなかった。気づいた時にはもう遅くて、わたしのキャンバスにはとても上手な上半身裸の猿夫くんが出来上がっていた。


「あ゛っ……」

「えっ、と……俺の方何度も見てたから制服姿描くのかと思ってたんだけど……」

「ごっ、ご、ごめんなさ……」

「いや!すごく上手だよ!ていうか真から見た俺ってこんなに逞しくて、その、一生懸命こんなにかっこよく描いてくれて嬉しいよ。」


いくら絵とはいえ裸にしてしまって恥ずかしかったのではなかろうかと思ったけど、武術が好きで普段からトレーニングを趣味にしていることもあってか彼は全然狼狽ることなく、むしろ称賛してくれて、ここの部分が好きだとか、もっとここを鍛えたいとか、楽しそうに感想を述べてくれた。けれどやはり当然の疑問をぶつけられてしまった。


「でも、なんで裸の絵にしたの?俺、今、制服着てるのに。」

「えっ、と、それは……」

「うん?言いづらい、かな?」

「……嫌わない?」

「えっ?当たり前だろ、俺が真を嫌うなんてあり得ないよ。」


目を大きく開けてじーっと見つめたらそう返してくれたから心底安心して、わたしは彼に胸中を打ち明けた。平たくいえば、あの夜の言葉の真意、そして、あなたが望んでくれるのならば、わたしは心も身体も全部全部あなたに捧げたいと思っているということ。話し終わったら猿夫くんは目を回したんじゃないかってくらいクラクラしてるみたいだった。それからぎゅっと抱きしめられて、この話の続きはまた今度にしよう、と言われてひとまず今日のところは話を終えて、彼と一緒に絵画室へ荷物を取りに行った。そしてふたりで一緒に寮へ向かう。


「真はさ……本当に俺でいいの?」

「今さら聞いちゃう?」

「まあ、一応……」

「猿夫くんが、いいの……猿夫くんこそ、わたしでいいの?」

「俺だって真がいいよ!ていうか真じゃなきゃ嫌だよ!」

「それと同じだよ。わたしも猿夫くんじゃなきゃ嫌。後にも先にも、わたしがすきなのは猿夫くんだけだもん。」


繋いだ手にきゅっと力を込めたら、彼も強く、優しく、きゅっと握り返してくれた。


「真、明日予定ある?」

「えっ?うーん、宿題とか今週の復習するくらいかなあ。どうして?」

「……今晩、俺の部屋、来ない?」

「……猿夫くんのえっち。」

「ち、ち、違うって!襲ったりしないから!隣の部屋、委員長だし……」

「委員長さんじゃなかったら襲うんだ?」

「それも違うって!意地悪しないでくれよ……」


猿夫くんは顔を真っ赤にして、くしゃっと髪を触って困ったような顔で笑っていた。わたしは彼の腕を引っ張って顔の位置を下げさせて、赤くなった頬にちゅっとキスをした。


「早く夜になるといいね、また後で。」


彼に聞こえるよう呟いて、わたしは持ち前の逃げ足を発揮してD組の寮に帰って、どきどきしながら夜を待った。





全部をあなたに




わたしにはあなたしかいないよ
こんなにこんなにすきなんだよ





俺にはキミしかいないよ
こんなにこんなに好きなんだ





でも、まだわたしたちは
でも、まだ俺たちは
子どもだから




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