猿夫くんとお買い物に来ていた時のこと。彼のスマホが鳴って席を外している間、わたしは子どもの遊び場横のソファに座って待っていたのだけれど、突然後ろから誰かに抱きつかれた。振り向いたら知らない男の子がいて、わたしの顔を見るなり驚いて、あれっ!?と叫んだ。
「マ、ママじゃない……!」
「うん?えっと、ボクのママにそっくりさんだった?」
「うん……ごめんなさい……」
「ううん、大丈夫だよ。」
5,6歳くらいの男の子だろうか、バツが悪そうにもじもじしていて。わたしは目線を合わせて話しかけた。
「ママ、このへんにいる?」
「えっと……ううん、いない……」
「ママは何か言ってた?」
「えっと、ここであそびたいって言ったら、かいものがおわったらむかえにくるねって……」
「そっかあ……一緒に待ってる?」
「……うん。」
「うん、いいよ。ほら、おいで。」
わたしは男の子を自分の隣に座らせて、昨日の晩ご飯の話や好きなヒーローの話、好きな女の子の話……たくさんお話をしていたけれど、中々ママは戻ってこない。何かあったんじゃないかと心配になってくる。それに猿夫くんも戻ってこないし……と思っているとスマホが震え出した。画面には猿夫くんの文字。
「もしもし?猿夫くん?」
電話に出た途端、彼は慌てた様子で捲し立てるように喋り出した。
「あ、真?あのさ、さっき電話終わって戻ろうとしたら妊婦さんが具合悪そうにしてて、俺、店の人に知らせてて一階のインフォーメーション前にいるんだ。今、店の人が救急車呼んでくれてるんだけど、どうやらそっちに長男がいるみたいなんだ。青いシャツを着てて……」
パニックになっている彼を、落ち着いて、と宥めて情報を整理した。つまり、わたしが一緒にいる子が猿夫くんが付き添っている妊婦さんの長男だということか。
「わかった。多分その子、今一緒にいるから連れて行くね。ボク、ママのお腹は大きいの?」
「うん、妹がいるよ。」
「もうすぐお兄ちゃんになるんだね。じゃあ、ママと赤ちゃんのところに行こうね。」
「うん!」
猿夫くんとの電話を切って、わたしは男の子と手を繋いで歩き出した。妹の名前をたくさん考えている、と嬉しそうに話す男の子はとても可愛くて頼もしかった。
一階に着くと猿夫くんと妊婦さん、お店のスタッフさんがいて、救急車も丁度到着していた。まだ出産予定日は遠いけれど、定間隔の痛みがあるから心配ですぐに病院へ行くとのこと。妊婦さんは思ったより元気そうで、男の子についてあげてたことへのお礼を笑顔で言ってきた。男の子の手を離してバイバイと手を振ろうとすると、彼はわたしのお腹をさすさすとさすってきた。
「お姉ちゃんのおなかには赤ちゃんいないの?」
「え?うん、いないよ?」
「そうなんだ……お姉ちゃんはケッコンしてる?」
「うん、そこのお兄ちゃんと結婚してるよ。」
わたしは猿夫くんの腕をギュッと抱いて、熱くなった顔に片手を当てた。すると彼は猿夫くんの側に来て、ちょいちょいと手招きをした。猿夫くんは屈んで彼に耳を貸していて。彼がボソボソっと何かを耳打ちしたら猿夫くんは途端に真っ赤になっていた。照れた猿夫くんに頭を撫でられた男の子はニコッと笑った。お母さんをちょうど救急車に運び終えたようで、彼も救急車へ走って行って、バイバイ!と大声で挨拶をしながら両手をブンブン振っていた。わたしと猿夫くんもお買い物が済んだから、手を繋いで一緒に帰ることにした。
帰ってから一緒に夕飯を食べて、順番にお風呂に入った後、明日はお互いお仕事だから早く寝ようかと一緒にベッドに入った時のこと。彼はとても吃りながら話しかけてきた。
「真……あ、あのさ……え、えっと、そ、その……」
彼はあーとかうーとか言うばかりで話が全く進まない。もしかして、と思ったわたしは少し恥ずかしいけど想定解をポツリと呟いてみた。
「…………エッチ、したいの?」
「えっ!?そ、それはもちろん……じゃなくて、えっと、い、いや、最終的には、そ、そうなると言うか……」
「うん……?」
しどろもどろになりながら、彼はわたしに抱きついて来て、真っ赤な顔をわたしの胸に埋めてぼそぼそと話し始めた。
「……こ、子ども……欲しくない?」
「……えっ?」
「今日、あの子に、赤ちゃんの作り方知ってる?って言われて……」
「そ、そんなこと言われたの!?」
「うん。それで、ベッドで愛し合うんだよって無邪気な笑顔で言われてさ、俺、恥ずかしくて……」
「そ、それで真っ赤になってたんだね……」
「うん……」
猿夫くんはわたしにぎゅうっと抱きついて、わたしの胸にすりすりと頬擦りをしている。まるで赤ちゃんの様な素振りがとても可愛らしくて、わたしは彼の頭を撫でてあげた。
「猿夫くん、赤ちゃんみたい……」
「え?俺?」
「うん、いつもわたしの胸にすりすりしてくるんだもん。大きい赤ちゃんみたい。」
「えぇ……でも、真の胸、柔らかくてあったかくて……すごく気持ちいい……」
「そう?えへへ、赤ちゃんもそう思ってくれるかな?」
胸に顔を埋めている彼の頭を撫でてあげていたのだけれど、急に顔をぱっと離したから、どうしたの?と声をかけた。すると、もじもじしながら、けど、とても熱のこもった目でわたしの目をじいっと見つめてゆっくり口を開いた。
「……真……いつか、俺の……俺達の子ども、産んでくれる?」
真剣な眼差しでわたしを見つめる彼が愛しくて愛しくて堪らない。愛しいこのひととの愛の結晶が欲しくなる。このひとの子を、産みたい……そんな気持ちにさせられる。だけど、正直な気持ちはもう少し……もう少しだけでいい。ふたりだけの甘い時間を楽しみたいと思ってしまうのはわたしのわがままだろうか、と思いながら自分の気持ちを彼に伝える。
「うん……ふたりでの生活にもう少し慣れてからがいいな……」
「うん……?」
「もう少しだけでいいから……猿夫くんと、ふたりでいたいな……ふたりだけの、優しい時間が、もう少しだけ、欲しいの……ダメ……?」
「ううん、そんなことないよ。俺も、真とふたりでいる時間、大好きだから。」
「えへへ、ありがとう……ね、抱っこして……」
「うん、おいで……」
猿夫くんは両腕をわたしに伸ばしてくれた。ギュッと抱きついたら彼はよしよしと頭を撫でてくれて、背中をとんとんしてくれた。彼の匂いと体温がとても心地良い。やっぱり彼の抱っこは何より安心する。
「……俺、頑張るよ。真と子どもを絶対幸せにするから。」
「えへへ、今も十分幸せだよ。わたしも、猿夫くんとわたし達の子、幸せにするね。」
それから彼はやっぱりもじもじしながら、愛してるよ、と囁いてきた。
ふたりの時間
「ね、ふたりの時間もいいけど、さんにんになったらもっと楽しくなるかな?」
「うーん、さんにん、よにん、ごにん……多くてもいいかもね?」
「わ、わたし、そんなに産めるかな……?」
「産んでくれるなら俺は何人でもいいよ。愛するキミとの子どもなんだから……」
「…………えっち。」
「え!?そ、そんなんじゃないよ!!」