ふたりで一緒に
猿夫くんの部屋のドアをこつん、こつんと控えめにノックしたらすぐにドアは開かれて、どうぞと招き入れられた。入寮してから初めて入る彼のお部屋にすごくどきどきする。シンプルで落ち着いた感じが彼にぴったりでとても居心地が良い気がする。ここにどうぞ、とクッションを置かれたからわたしはそこに腰掛けた。


「勉強道具、持ってきた?」

「うん、でも宿題はもうほとんど終わったよ。明日は復習漬けかなあ。」

「わからないところがあったら俺にできることだったら教えるからね。」

「うん!ありがとう!」


勉強の話から始まって、自然に後期開始前の話になった。まずは夏休みの話で、猿夫くんは林間合宿や仮免取得に向けた訓練がとても大変だったことをげんなりした顔で話してくれた。次にわたしの話。福岡ではどうだったの?と聞かれて、正直に友達や猿夫くんが恋しくてたまらなくて毎日泣いていたことを伝えたら、すごく悲しそうな顔をして、すぐに行けなくてごめんと言って優しく手を握ってくれた。ちなみに猿夫くんの方はあの日朝起きたらわたしがいなくなった代わりにお手紙が置いてあって、目を通して物凄くパニックになったとか。もちろん泣いたし、学校を休んでまでわたしを探しに行こうとしたけど、透ちゃんや上鳴くんたちに止められたらしい。行くなら夏休みになってからにしろと言われたらしくて、結局どうあってもわたしに会いに来ようとしていたみたい。


「俺、本当に辛かったよ。情けない話、すごく泣いて、友達にも家族にも心配されて……」

「ごめんね……」

「離れてたって真のこと好きだからさ。あんなことはもう二度としないでほしい。俺だけ知らなかったの、本当にショックだった。」

「うん……もうしない。約束する。これからは、いちばんに何でも相談するね。」

「うん。俺にできることなら何でもするからさ。俺、一番ショックだったのは手紙に乾ききってない涙の痕があったことなんだ。真が泣いてたとき隣にいたのに何もできなかったことが一番辛かった。」

「ごめんなさい……」

「でも、もういいからさ。ほら、約束したでしょ?これからもずっと、ね。」

「うん、ありがとう……猿夫くん!」

「うん、それでいいよ。ほら、おいで。」

「うんっ!」


約束通り、彼の名前を呼ぶと大きく両腕を広げてくれたから思いっきりぎゅうっと抱きついた。しばらく抱きしめあって、顔をあげたらぱちっと目があって、頬に優しく手を当てられた。すぐに目を閉じるとちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。それから身体を離して、猿夫くんが出してくれた冷たいお茶を飲みながら今日の本題に入ることにした。


「猿夫くんは……エッチ、したい?」

「ぶっ!げほっごほっ!」

「きゃあ!ご、ごめんなさい!大丈夫!?」

「げほっ!い、いきなりなんて事を……!そういえば、ごほっ、さっきも言ってたよね……」

「えっと、夕方も説明したけど、あの日抱いてって言ったのは……」


わたしはもう一度包み隠さず全てを話した。離れる前に猿夫くんとの最後の思い出が欲しくて親友に相談したこと、自分は言葉の含蓄を理解していなかったこと、そして今、猿夫くんが望むなら心も身体も何もかも全部全部捧げたいと思っていること、でもやっぱり身体の関係はまだ早いと思ってて大切にしたいと思っていること、猿夫くんは真剣な顔で聞いてくれて、少し考え込んでから、わたしに目を開けるよう言ってじっと目を合わせてから言葉を紡ぎ始めた。


「正直……したいよ。俺、真と離れるつもりないし、俺だけのものにしたい、真の全部が欲しいって何度も思ったし今も思ってる。」

「あ、う……う、うん……」


顔が熱い。思わず両手を頬に当ててしまう。彼も顔を赤くして、わたしの目をまっすぐ見据えて言葉を続ける。


「だけど、俺達はまだ子どもだ。もしもの時にまだ責任が取れない。だから、心も身体ももう少し大人になって、責任取れるくらい立派な男になったら、その時は……真の……初めてを、ください。」

「あ、え、えっと……はい……ぜひ……」

「……初めてもだけどさ、それからの全部も俺がもらっていい?」

「……プロポーズみたい。」

「まあ……気持ちはそうだよ。俺、ヒーローになって、稼ぎが安定して真を養えるようになったら結婚したいと思ってるし。」

「けっ……!?」

「えっ、やっぱり俺じゃダメ……?」

「う、ううん!そ、そんな!むしろ、あの、わたしなんかが、その、お、お、お嫁さんになってもいいなら……」

「真がお嫁さん……最高だよ……」


ふたりして顔を真っ赤にしてどこか別の方向へ無限に視線を泳がせてしまった。しばらく無言だったけれど、猿夫くんはもう一度口を開いた。


「そんなこと言っといて、アレなんだけどさ……やっぱ、触れたい、って思うのは本音。」

「あっ、う、うん……」

「……最後まではしないから、さ。それまでは……しても、いい?」

「えっと、そ、それって……」

「……エッチの……練習……的な。」

「ど、どこまで……?」

「……本番はしないから、そこまで。」

「わ、わかんないよお……」

「ん、その、俺も経験ないし、ふたりで一緒に……ゆっくり、練習していかない?」


猿夫くんは頭を軽くかきながらお顔も尻尾も真っ赤にして、目線をキョロキョロ泳がせてゆっくりゆっくり言葉を紡いだ。そんな彼をたまらなく愛おしく感じてしまって、わたしはぎゅうっと彼の胸に飛び込んだ。


「わたしの全部、猿夫くんに、もらって、ほしいです……」

「あっ、う、うん。ありがとう……ヤバイな……嬉しすぎる……」

「早く大人になりたいね。」

「うん……?」

「全部全部、早く猿夫くんのものになりたい……だいすき……」

「一緒に、大人になるの、待とう。俺も大好きだよ……」

「猿夫くん……」

「真……」


手を取り合って、熱い視線で見つめあってどちらからともなくそっと触れるだけのキスをした。そろそろベッドに入る?と聞かれたから、歯磨きをしたり着替えたり寝る準備を済ませてふたりで同じベッドに入った。猿夫くんの良い匂いに包まれてとっても気持ちいい。電気を消して、ふたりで抱きしめ合って、そこでまた何度も何度も触れるだけのキスをした。心の内を話すことができて心の底から安心したら、なんだかとても眠くなってきた。


「真、眠い?」

「うん……ごめんね、寝ても、いい?」

「もちろん。朝、起きても勝手にいなくならないでね。」

「うん……ずっと、そばに、いる……おやすみ……」

「うん、おやすみ。」


最後にもう一度キスをして、彼に腕枕をしてもらって、わたしは微睡の中に落ちていった。





翌朝、彼より先に目が覚めたわたしは着替えるためにベッドを抜けてパジャマから普通の服に着替えた。それから彼の寝顔を眺めていたら彼も目が覚めたみたいで、わたしを視界に入れると柔らかく微笑んでくれた。彼とふたりで一緒に迎えた朝はこれまで迎えたどんな朝よりも幸せだと思った。




ふたりで一緒に




彼がベッドから出た時、ヘッドボードにある小物入れが落ちてしまった。中の物が少し出てきたから拾って入れ物になおしたけれど、落ちた物の中でひとつだけ見たことのない正方形の小さな袋がある。これは何だろうか。


「猿夫くん、小物入れ落ちたから中の物拾ってたんだけど、これ何?」

「ああ、ありが…………!?!?」


猿夫くんはわたしが持ってる物を見るなり慌ててパシッと奪い取って、机の引き出しに仕舞い込んで鍵をかけてしまった。一体何だと言うのか。


「それ、なーに?」

「え、えーと、上鳴と峰田から貰ったんだけど、その、えっと……今は使わない物だよ!」

「そう?うん、わかった!」

「真がウブな子で良かった……」

「何か言った?」

「いや!気にしないで!」





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