「真……?ど、どうして……」
「えへへ……」
「真ちゃん!?あ、あの、む、胸が……」
「上鳴くん……大好き……」
***
数分前、共同スペースで俺と砂藤が真と轟から英語の宿題を教わっていたら、上鳴と峰田が催眠術の本を読んだとかで騒いでて。今年の文化祭は催眠術をやろう、なんて抜かしてここにいる皆から呆れられる始末。けれども俺の隣にいたはずの真は、いつの間にやら目をキラキラ輝かせながら上鳴と峰田の目の前に。
「さ、催眠術……!?」
「おっ、真ちゃんキョーミある!?」
「うん!催眠術かけてみて!」
「よーし、統司ちゃん、このコインをよく見てくれ……ほーら、だんだん目の前のイケメンのことを好きになーる……」
真はゆらゆら揺れるコインにつられて頭もゆらゆら揺らしている。なんて可愛いんだ。すると横から轟の呟きが聞こえた。
「どこにイケメンがいるんだ……?」
「ぶっ!……と、轟、そりゃ峰田が可哀想だろ……ぶふっ……!」
「くくっ……真も上鳴のこと見てるし……」
真は峰田の隣にいる上鳴をじっと見上げている。
「…………上鳴くん。」
「うん?」
「……好き。」
「え?」
「上鳴くんっ!大好き!」
「うわぁ!?真ちゃん!?えっ、ちょっ!」
***
というわけで冒頭に至るのだが。しかしなんてことだ。真は蕩けたような表情で上鳴の腰に腕を巻き付けてべったりと引っ付いている。しかも彼も満更でもなさそうで、ウェイ……と呟きながら顔をだらしなく緩めている。砂藤曰く、お前もいつもあんな感じだぞ、だとか。俺もあんなだらしない顔をしているのか……
「くっそー!上鳴ズリィぞ!オイラだってその豊満なオッパイ押し付けてもらいてェ!」
「い、いや……し、しかしまぁ、真ちゃんって本当発育良いのな……尾白、お前いつもこんなの耐えてるわけ……?」
「……ま、まぁ、ね。」
嘘をつくのは気が引けるけど、真の気持ちを考えたら仕方ないことで。本当はあのたわわに実った胸を触るどころか口に含むことすらしてるなんて絶対言えない。
「真ちゃん、ほ、ほら、ちょっと離れ……」
「離れなきゃダメ……?」
「えっ!?い、いや、えっと……」
真は上鳴に擦り寄って一向に離れる気配はない。上鳴はやや慌てながら助けを求める様な目を俺に向けてきた。俺はとても悲しくなってきて、逃げるようにその場を後にした。後ろから砂藤と峰田に名前を呼ばれたけれど、振り向くことはできなかった。彼女があんなに可愛らしい笑顔を他の男に向けているのを視界に入れているのが心底辛かった。
部屋に戻って、いつも真がこの部屋に泊まる時に着ている薄桃色のパジャマをぎゅっと掻き抱いた。深くゆっくり息を吸うと、彼女の甘くて優しい香りが全身に広がった。少しだけ気分が落ち着いて、所詮、あれは催眠だ、と自分に言い聞かせることができた。
パジャマを抱いてそのまま数分後、やはり真の様子が気になって、部屋を出ようと立ち上がったその時だった。勢い良くドアが開いたかと思うと、顔を林檎の様に真っ赤にして、涙をぽろぽろとこぼしている真が俺の胸に飛び込んできたのだ。なんとか受け止めて、話を聞こうと一旦身体を離そうとしたけれどびくともしない。顔を見ると潤んだ瞳からは大粒の涙が次々に零れ落ちてきて、鼻水を何度も啜りながら声にならない小さな泣き声をあげている。一体彼女に何があったのだろう。
「真?なんで泣いて……」
「ご、ごめんなさい!嫌わないで!う、う、うぇ、うう……!!」
「えっ!?ちょ、ちょっと落ち着……」
「うわああああん!!やだ!いやだよお!猿夫くん!うわああああん!!」
ついに大声をあげて泣き出してしまった。真は余程のことがない限りこんな風に大声をあげることはない。ひとまず安心させてあげなくては。
「真、大丈夫!嫌ったりしないから!大好きだから!ね!ほら!」
「うっ、うう、ほ、ほんと……?う、うえ、うえぇ……」
「本当だよ!ほら、ね!目、見てごらん!お願いだから、これ以上泣かないで……」
真っ赤になった目でじいっと見上げられ、相変わらずなんて綺麗な泣き顔なんだと魅入ってしまう。けれど今はそんな場合じゃない。一刻も早く、あの可愛らしい笑顔が見たい。ぼろぼろと零れ落ちる大粒の涙をハンカチでとんとんと拭いてあげて、目尻にちゅっと音を立ててキスをした。それでも彼女の美しい目にはじわじわと涙が溜まってきて。額にも唇にも触れるだけのキスをして、震える彼女を抱き上げてベッドに腰掛け、腿の上に跨がらせて思い切り掻き抱いた。とんとんと背中を撫でると、俺の背に腕を回してきて、まるで木にしがみつくコアラのように俺に抱きついてきた。彼女の大きな胸が潰れてしまうほど強く。
「どうしたの?何か怖いことでもあった?」
「うっ、うう、あ、あのね、と、轟くんが、峰田くんにね、お、お願いしてくれてね……」
詳しく聞くと、俺に気を遣ってくれた轟が峰田に頼んですぐに催眠を解除させたのだとか。真はぼんやりと俺が走り去って行ったのを覚えていて、頭の良い彼女はすぐに状況を察して、俺に嫌われたと思い込み血の気が引いて気を失いかけたところを周りの呼びかけでなんとか意識を保って、俺の部屋の前まで砂藤に連れて来てもらって……後は俺も知っている。泣きながら思いっ切り俺の胸に飛び込んで来たというわけだ。
「う、浮気、して、ごめんなさい……」
「あんなの浮気じゃないよ、大丈夫……ね、俺のこと、好き?」
「うん、すき。だいすき。いちばんすきだよ。猿夫くんが、いちばん、すき。」
「……そっか、俺が、一番か……うん、すごく嬉しいな。俺も、真が一番大好きだよ。」
ぎゅっと強く抱き締めあって、お互いの愛を確かめ合うように何度も何度もキスをした。しばらくするとすっかり泣き止んでくれて。蕩けるような可愛らしい笑顔を見せてくれて、俺の胸にすりすりと擦り寄って来てくれている。こんな可愛すぎる彼女を前にしてしまったら男としては当然我慢できなくなるわけで。
「真……えっと、その、今日は、ダメ?」
「うん?」
「……エッチの練習……してもいい?」
「えっ!?うーん……えへへ、いいよ……」
「真、愛してるよ……」
「わたしも、あいしてるよ……」
早速押し倒して服の中に手を入れたら、お風呂に入ってからがいいな、ともじもじ言われてしまって。いつもと同じやりとりに思わず俺もへらっと笑ってしまう。一緒に風呂入る?とふざけて聞いてみたら、林檎の様な真っ赤な顔になって、ばか!と言いながらぎゅっと抱きついてきた。言ってることとやってることが違うなぁ、なんて思いながら俺もぎゅっと抱き返した。どうやら俺がかかっている恋の催眠は解けることがないらしい……
恋の催眠
「俺も催眠にかかっちゃってるのかな……」
「え!?や、やだ!だ、誰のことすきなの!?」
「真のことが好きだよ。」
「……えへへ、それならいいや。わたしもだいすき!」