はれんち
「猿夫くん……」

「真……」


キスをしながらそっとベッドに押し倒されて、猿夫くんがシャツを脱ぎ捨て、いつもの様に片手でわたしのブラウスのボタンを外そうとしたその時だった。


ばつん!!


「きゃあ!」

「うわっ!」


大きな音を立ててわたしの胸元のボタンが弾け飛んだ。猿夫くんは口を開けて唖然としている。なんて醜態を晒してしまったんだ、と羞恥のあまり、わたしの顔はみるみる熱くなっていって、じわじわと目に涙が浮かんできて。


「う、うぅ、うわああああん!!」

「あっ!ま、待って!真!」


わたしは左右にはだけたブラウスをおさえて猿夫くんのお部屋から脱兎の如く、飛び出すように逃げ出した。隣のお部屋の委員長さん……もとい、飯田くんが心配して呼びかけてくれたのに、わたしの大きな泣き声と足音にかき消されてしまっていて結果的に無視することになってしまった。


恥ずかしい、この大きな胸が恨めしい。わたしは自分のお部屋で大きなお猿さんのぬいぐるみを抱きしめながらぐすぐすと泣いていた。こんな胸をしているせいで中々好きな服を選べないし、あろうことか彼氏との愛の時間にボタンが弾け飛んでしまうなんて……泣き疲れたわたしはご飯も食べずにそのまま眠り込んでしまった。


翌日、早起きしたわたしは急いでお風呂を済ませて、朝食をしっかり食べて、いつもより少し遅い時間に校舎へ向かった。ぱたぱたと廊下を歩いていると、A組の教室内がなんだかとてもざわざわしていて。どうしたのかとひょこっとドアの隙間から中を覗き見たら、飯田くんと百ちゃんに正座させられた猿夫くんがいて……!?


「ま、猿夫くん!?どうしたの!?」

「あっ、真!あの……!」

「おお!眼力女子!危ない!俺の後ろへ!」

「えっ?」

「真さん!こんなケダモノに近付いてはいけません!私、尾白さんがそんな破廉恥な人だとは思いませんでした!ああ!真さん、怖かったでしょう……」

「えっ、えっ?は、はれんち?あ、あの、これって……」


状況が全く飲み込めず、すぐに近くにいた上鳴くんに事情を聞いたところ、昨日はだけたブラウスをおさえながら泣いて走り去るわたしを飯田くんが見ていて、猿夫くんのお部屋を覗き込んだら上半身裸の彼がいたというわけで。しかも百ちゃんも男子棟から出てくるわたしを見かけていて、猿夫くんに事情を聞きに行こうとしたら彼は飯田くんに叱られていて、お説教は今も続いているというわけだとか。


「た、大変!あの、飯田くん!百ちゃん!ち、違うの!」


猿夫くんを庇う様にわたしは飯田くんと百ちゃんの前に立った。二人ともわたしよりすごく背が高いから、じいっと見上げる形になってしまう。心なしか、二人のお顔が赤くなっている様な気がする。怒ってるのかな……わたしが、猿夫くんを守ってあげなきゃ……!


「あのね、違うの。猿夫くんはいつも優しくて、かっこよくて、その、は、はれんち?なことなんて、えっと、わたしの嫌がることなんて、絶対、絶対しないよ!」

「では何故泣きながら出てきたんだ?」

「えっと、そ、それは……」

「何か言えないことがありますの?」

「あ、あぅ……あ、あの……百ちゃん、飯田くん、お耳、貸して……」

「何か言いにくいことか?これでいいだろうか。」

「これでよろしいですか?」


飯田くんと百ちゃんはわたしが話しやすい様にしゃがんでくれた。順番に、飯田くんと百ちゃんのお耳に手を当てて、こしょこしょと昨日のことを耳打ちした。そうしたら百ちゃんはなるほどと顎に手を当てていて、飯田くんはぽっと頬を赤く染めて、そうだったのか……と一言。けれど二人は顔を見合わせて再びキッと猿夫くんを見下ろした。


「……つまりブラウスを脱がせようとしたのは事実なのだな!?」

「サイッテーですわ!!なんて破廉恥な!」

「えっ!?真!?しゃ、喋ったの!?」

「ご、ごめんなさい!だ、だって、ベッドに押し倒されてブラウスが張っちゃってボタンが弾け飛んで……あっ!!」


時既に遅し、とはこのことで。周りにいた男の子も女の子もぽっと頬を赤く染めていて。わたしはまたしても羞恥のあまりにじわじわと目に涙が溜まってきて、たまらなく顔が熱くなってきた。


「ふっ、う、うぅ、ぐすっ……うわあああああん!!」

「あっ!真!待って!」


またしてもわたしは彼の前から脱兎の如く逃げ出そうとしてしまった。けれどぼふんっと誰かにぶつかって尻もちをついてしまった。


「あうっ!!う、うぅ、ぐすっ……」

「おい、気ィ付けろや。」

「ふっ、ぐすっ、ば、くご、くん……」

「……?何朝っぱらから泣いて……つーか何だこの状況は。」


爆豪くんはわたしの腕をぐいっと引っ張って立ち上がらせるとそのまま一歩前に出た。飯田くんと百ちゃんに鋭い眼をぎらりと向けて、何があったんだ、と低い声で問いただしていた。上鳴くんが横から出てきてわたしに説明してくれたことと同じ話を、そして、先ほどのわたしの弁明を加えて状況を解説してくれた。爆豪くんはそうなのか、とわたしの方を向いてきて。こくこくと何度も首を縦にふったらわたしの頭にぺたんと掌を置いた。


「このバカップルがキスしようがセックスしようが関係ねェだろうが。余計な詮索してやんなや。」

「セッ……!?爆豪くん!キミという男は……!」

「は、破廉恥な……!!」


爆豪くんが溜息がちに呟いたら、この場のみんなが真っ赤になって固まってしまった。動じていないのは轟くんと峰田くんくらいだ。わたしと猿夫くんは爆豪くんを見つめたまま金魚みたいに口をぱくぱく動かして声が出なくって。するとトコトコと歩いてきた峰田くんが猿夫くんの肩に手を置いてボソッと呟いた。


「尾白、大人の階段、登ってたんだな……」


その言葉にハッとしたわたし達がふたりで必死の否定をする。


「ま、まだそんなことしてないから!!」

「そ、そうだよ!わたし達、まだ、そんな、そんな……!!」

「まだってことは、いずれするんだろ?」

「そ、それはもちろん……って何言わせるんだよ!」

「そ、そーゆーのは結婚するひととだけだもん!だ、だから、その、お、大人に、なってから、しよう、ね……?」

「あ、う、うん、わ、わかってる、よ……」


わたしと猿夫くんは周りにたくさんの人がいるなんてことを完全に忘れ去ってしまっていて。猿夫くんは跪いてわたしの左手を取って、手の甲にちゅうっとキスをした。


「俺が一人前の男になったら……その、いい、かな……?」

「う、うん……待ってる、ね……」

「真……」

「猿夫くん……」


唇が重なるまであと数センチ。わたしはどきどきしながらその瞬間を待っていたのだけれど……周りにみんながいることを思い出して、はれんちな!と叫びながら猿夫くんを思い切り突き飛ばしてしまい、教室から脱兎の如く飛び出して走り去ってしまったのだった。





はれんち




「……!!きゃあああああ!!は、はれんちな!!」

「うわっ!!」

「ば、ばかっ!みんな見てるのにっ!最低っ!はれんちっ!」

「あっ!真!ま、待って!」

「尾白くん!!なんてハレンチな……!!そこに直りたまえ!!」


ばかばかばか!!みんな見てるのに!!……でも、キス、したかったなあ……夜、お部屋に戻ってからいっぱいキスしてもらお……



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