雄英高校登校3日目。今日も朝から大好きな猿夫くんと徒歩通学。今日は初めての数学の授業があるから嫌だなあと話したらくつくつ笑われてしまった。
「まだ始まってもないのに……そんなに数学苦手なんだ?」
「うん……他の科目は好きだし楽しいんだけどね。数学は苦手なの。」
「うーん、じゃあ俺で良かったら教えてあげるからさ、放課後とか週末で暇な時は一緒に宿題しようか。」
「えっ!?いいの!?やったあ!猿夫くん優しいっ!」
「うん、一緒に頑張ろう。」
一緒に。なんて良い響きなんだろう。彼と一緒なら苦手な数学の勉強も楽しくなるかもしれない、いや、楽しくなること間違いなしだろう。さっきまでの憂鬱が吹き飛んで、機嫌を良くしたわたしはニコニコしながら彼と一緒に学校に行った。
昇降口で靴を履き替えていたら後ろから目隠しをされた。きゃっ、と声を出したらゲラゲラ笑われて、犯人は親友の二人だとわかった。
「おはよっ!真!」
「おはよう、真ちゃん!」
「二人とも、おはよう!自転車通学はどう?」
「いい感じ!ね!」
「うん、カゴに鞄入れれるから楽チンだよ。真ちゃんは?一人で歩きなんだっけ?」
「あ、えーと……ひ、ひとりじゃなくて……」
「え?新しいお友達できたの?」
「う、ううん、え、えっと……」
実はまだこの二人に彼氏ができましたと言えていなくて。言おう言おうとしていたんだけれど、長年の親友だからこそなんとなく小っ恥ずかしくて言えなくて。お昼休みのお弁当の時に言おうと決意して、あとで話すね、と言ってこの場はなんとか切り抜けた。
そしてあっという間にお昼休みはやってきた。二人はクラスを見回して、誰と一緒に来たの?と聞いてきた。わたしは熱くなった顔に両手を当てて、ぎゅっと目を瞑って勇気を振り絞って口を開いた。
「あのね、か、か、彼氏が、できたの……」
「……はぁ!?真に!?かっ、彼氏!?このクラス!?誰よ!そもそもあんたが男を好きになるとかあるの!?」
「え、えっと、ヒーロー科です……」
「ヒッ、ヒーロー科!?あんたいつの間に……!」
「本当だよ、男子からの告白の呼び出しすら応じなかったのに……どこで知り合ったの?」
「は、春休みに……ほら、受験前に木から落ちたけど受験には落ちなくて良かったって話したでしょ……?」
「あ、あの救けてくれた王子様みたいなヒーローってやつ!?マジ!?」
「すごい……運命のふたりって感じ……」
「ま、マジです……あぁ〜!あんなかっこいいひとがわたしなんかの彼氏だなんて!あぁ〜!恥ずかしいよお!はぁ……あぁ〜!」
「一体どんなイケメンなのよ……」
「真ちゃんと付き合うくらいだから多分ものすごい美形なんじゃない……?」
救けてもらった時のことを思い出したら、あまりにもかっこよすぎた彼のことを思い出してしまって、顔から火が出る、いや、もはや出てるってくらい熱くなってしまって、わたしは両手で頬を抑えながら言葉にならない叫びを上げてしまって、軽く呆れられてしまった。
それから二人は捲し立てるように質問をしてきてキャッキャウフフと物凄く盛り上がっていた。恥ずかしくて死んでしまいそうだったけれど、二人ともすごく喜んでくれてわたしも嬉しかった。会わせてくれって頼まれたけど、それはどうしても恥ずかしかったから、尻尾がある男の子だから自分で探してみて、とはぐらかしてしまった。
放課後、わたしは美術部の見学に行った。中学では親友と一緒に演劇部に所属していた。といってもわたしは役者ではなく裏方の仕事しかしていなかったのだけれども。演劇に使う小物や大道具を作っているうちに絵を描くことや物を作ることが楽しいと思ったから、今回は演劇部ではなく美術部に行ったのだけれど、雰囲気がとても良くて迷わず入部を決意した。活動頻度もあまり高くないみたいで、趣味のような気軽な感じで楽しめると先生や先輩が話してくれたのがとてもありがたかった。
見学と入部の手続きを終えて昇降口に行くと意中の恋人にばったり遭遇した。目を合わせるだけでお互い赤くなってしまう。わたしの、人生で初めての彼氏で、幼稚園の時の初恋を除いて物心ついてから初めて好きになったひと。
「真、今帰り?」
「う、うん、部活、見てきたの。猿夫くんも、帰るの?」
「う、うん……あの、よかったら……」
「うん……一緒に、帰ろ?」
ふたりでしどろもどろになりながら、一緒に帰ることになった。帰り道、手を繋ぎたいなんて思ったりしたけれど、まだ早いかなと思って我慢した。その代わり、たくさんたくさんお話をした。数学の授業は最初は簡単だったからほっとしたこと、英語の先生がとっても元気でワクワクしたこと、新しい友達ができたこと、他にもいろんなお話をした。猿夫くんは全部ニコニコしながら楽しそうに聞いてくれた。彼のお話も聞こうと思ってあれこれ質問してみたら、これまた全部優しく楽しそうに答えてくれた。中でも気になったのは後ろの席のお友達のお話で。
「尻尾を……たくさん触られるの?」
「そう、気づいたら毛先をもふもふ触られるんだ。擽ったいんだけど、相手も気持ちいいらしくてね。」
「……女の子?」
「え?いや、男だよ。上鳴っていうやつ。」
「そっかあ……」
猿夫くんは首を傾げていたけれど、ちょっぴりやきもちを妬いてしまったのはわたしだけの秘密。上鳴くんかあ、男の子で良かった。
そうこう話しているうちにあっという間にわたしのお家に着いてしまった。もうバイバイしないといけないのが名残惜しい。じーっと猿夫くんを見上げたら、彼はお顔を赤くして、なんだかわたしも顔が熱くなってしまって思わず両手を頬に当てる。本当にこんな素敵なひととわたしなんかがお付き合いしているなんてなんだか夢現のようだ。
「彼氏、かあ……」
「えっ?」
「あっ、え、えっと……猿夫くんって、わたしの、彼氏、なんだよね……?」
「えっ……う、うん……俺が彼氏じゃ、嫌……?」
「う、ううん!違うの!えっと、こんなに、素敵なひとに、お付き合いしてもらえてるんだなあって、夢みたいで……」
彼が一瞬不安そうな顔をしたから、勘違いさせたくなくてわたしは思っていることを素直に一生懸命口にした。すると彼はまたしてもぼふんと音がしたように顔を真っ赤にして、俺も同じだよ……なんて。ふたりして顔を見合わせてクスクス笑って、また明日ねってバイバイした。
わたしの彼氏
はぁ……あんなにかっこよくて優しくて素敵な男の子がわたしの彼氏だなんて……
わたしなんかでいいのかなあ……
***
はぁ……あんなに可愛いくて優しくて綺麗な女の子が俺の彼女だなんて……
俺なんかでいいのかなあ……