食堂で夕飯を食べた後のこと。猿夫くんが中学の同級生からDVDを借りてきたとのことで、寝る前にわたしのお部屋で一緒に見ようと約束していたから、どんな楽しいお話なのかとどきどきしていたのだけれど。
『欲しいのぉ!もっと、もっとぉ!』
『あんっ!あんあんっ!』
「えっ、えぇっ!?なんだよこれ!!」
「な、なに、これ……」
わたしの隣に座る愛しの彼のお顔をじーっと睨むと、尻尾をぴんっと張ってあわあわと弁解してきた。
「ち、違うんだ!真!話を聞いてくれ!」
「……聞くだけ、聞く。聞いてから怒る。」
「う……も、もう怒ってるよね……それは今日遊んだ時に、帰る前に友達から持たされて……」
「……中身は知らなかったの?」
彼の尻尾の先がしゅんと垂れ下がっていたのはほんの一瞬で、わたしがそう問うた途端、尻尾は再びぴんっと真っ直ぐ綺麗に張った。
「も、もちろん!そんなのだって知ってたら持って帰って来なかったよ!彼女と一緒に見たらいいって言われたから……!」
じいっとお顔を覗き込んだけれど、本心からの発言のようだし嘘ではないのだろう。だって、色が抜けていないもの。それに尻尾が変な動きをしていないから。彼は嘘をついた瞬間、少しだけ尻尾がうねうねと変な動きをする。きっとみんなは知らないけれど、わたしだけは知っている。
「……今の女のひとの方が可愛いとか、すきとか思わなかった?」
「お、思うわけないだろ!?真の方がずっと美人だし可愛いし、それに、あ、愛してる、から……」
世界の色は鮮やかだ。
「……嬉しいっ!」
「わっ!……本当に可愛いなぁ。」
彼の膝上に跨って、背に腕を回して抱きついて、肩に顔を埋めてぎゅうーっとしがみつくように抱きついたら、彼もぎゅうーっと強く抱きしめてくれた。
「ごめんね、いつもたくさんヤキモチ妬いて……」
「いいんだよ……くくっ、俺って愛されてるなぁ……」
また困らせてしまったと思って謝ったのだけれど、猿夫くんはとっても嬉しそうに微笑んで、おまけに尻尾もぶんぶんと揺らしている。わたしはこの個性がなくても、尻尾の様子で彼の気持ちが手にとるようにわかってしまうのだ。しかし、彼の身体は本当に感情の赴くままなのだろうか。わたしのお尻の辺りにぐいぐいと硬いモノが当たってしまっている。
「……えっちなこと、したい?」
「……えっ!?い、い、いや、そ、そんな……」
猿夫くんはわたしの個性に見抜かれると思ったのか、ぎゅっと目を瞑ってしまったけれど、尻尾がうねうねと踊ったのをわたしは見逃さなかった。
「目、閉じてもダメだよ。嘘ついてるの、わかっちゃうんだから。」
「う……ご、ごめん、したいです……」
「もう……うーん、どうしよっかなあ……」
「真が嫌なら控えるよ。無理させたくないし……」
彼は困ったように笑ったけれど、尻尾の先はとっても項垂れている。しゅんとしているのが、悲しいとか寂しいとか、全力で訴えてきているようで、胸がきゅんとしてしまう。わたしは彼の首に腕を回して、彼の頬にちゅっと口付けた。すると尻尾の先がゆらゆらと左右に揺れた。嬉しくなっているんだと思うとわたしも嬉しくなってしまう。
「えへへ、仕方ないなあ……あんまり遅くまではだめだよ?」
「い、いいの!?ありがとう!」
「きゃっ!もう、本当にえっちなんだから……」
「だ、だって久々だから……」
「……ひ、久々?5日前にしたよね……?」
彼はきょとんとした顔で、尻尾の先をぐぐっと丸めさせている。
「久々って言わない?」
「5日は言わない!」
「そ、そっか……まぁ、何にせよ早くベッドに……」
「ん……連れてって……」
「もちろん、言われなくても。ほら、しっかり捕まっててね。」
彼はお姫様抱っこでふわりとわたしを抱き上げて、ニコニコしながらわたしをベッドへ運んでくれた。尻尾が左右に大きくゆらゆらと揺れていて、とっても嬉しそうにしてくれているのがよくわかる。
さて、彼と愛の営みを開始した時のこと。お互い下着姿で抱き合ってちゅっちゅとキスをしていたら、ふと、彼の尻尾に目がいった。いつも、行為の最中は心も身体もとっても気持ち良くて、頭がふわふわするわ身体中がびくびくと跳ねるわで余所見をする余裕なんて全くないのだけれど、今日はいつもよりとってもゆっくりな触り方だからか、少しだけ心の余裕があって、思わずぽつりと呟いてしまった。
「可愛い尻尾……」
「えっ?」
彼の尻尾を見て、純粋にそう思ったのだけれど……
「……気付いてないの?」
「何のこと?」
なんとこれは無自覚なのか。彼の尻尾はまるでハートを描いているかのような形になってしまっているのだ。いつもえっちなことをしているときはこんな余裕がないから気がつかなかったけれど、彼も同じで余裕なんてないのだということを知った。彼の隠しきれない溢れんばかりの愛情を感じたわたしは、堪らずその尻尾に抱きつきたくなってしまった。
「猿夫くん、あのね、尻尾にぎゅってしてもいい?」
「えっ?あ、あぁ、構わないよ。はい。」
「ありがとう、えへへ……」
彼はわたしを抱き起こして、軽く背を向けて尻尾を差し出してくれた。ぎゅっと抱きつくと少しだけびくっと跳ねた尻尾は先っぽが左右にゆらゆらと揺れている。嬉しいと思ってくれているのが伝わって、堪らずぎゅうーっと力を強めてしまう。彼はいつも手足のように自在に尻尾を動かしているからとても柔らかいと思われがちなのだけれど、実際柔らかいのはふわふわの毛先だけで、尻尾自体はムキムキの筋肉質でとっても硬くて逞しいのだ。
「うっ……や、柔らかい……」
「うん?何か言った?」
「い、いや、何も!……俺も真を抱きしめたいな。」
「う、うん……きゃっ!」
てっきり腕で抱きしめられると思っていたのに、尻尾がしゅるりとわたしの身体に巻きついた。苦しくない程度に優しく力を入れられて、全身を尻尾で抱きしめられて幸せな気持ちでいっぱいだ。
「痛くない?」
「うん、えへへ……猿夫くんの尻尾、だいすき……」
「そう?そんな風に言ってもらえて嬉しいよ。クラスじゃ俺の個性って地味と言うか……ほら、上鳴とか轟とか凄いじゃない?」
少しだけ彼の尻尾の毛先がしゅんと下を向いてしまった。普段、『普通』だと揶揄されることをあまり喜ばしく思っていない彼のことだ、発動型や変形型の個性の人に見劣りする、なんてことを思っているのかもしれない。全然そんなことないのに。わたしは自分に巻きついている尻尾に腕を絡めて、ぎゅうっと力を込めた。
「とっても素敵な個性だよ……上鳴くんや轟くんみたいな個性もかっこいいと思うけど、猿夫くんがいちばんかっこいいよ。わたしは猿夫くんの個性がいちばんすき。強くてかっこよくて、こんなに優しくて可愛いんだもん。」
「……俺、この個性に生まれてきて良かった。」
「猿夫くんならどんな個性でもすきになっちゃうよ……もしかしてこの尻尾はわたしの心を奪っちゃう個性との複合個性なのかなあ……」
ぼそっと呟いたけれど、彼に聞こえてしまったようで。ぷっと吹き出して、いつも通りくくっとくつくつ笑う姿がとっても可愛らしい。それから指で頬を擦りながら同じようなことを言ってきた。
「真の綺麗な目も、俺の心、いや、沢山の男の心を奪っちゃう個性との複合個性かもしれないね……」
「……何ばかなこと言ってるの?」
「そっちが先に言ったんでしょ!?」
「そ、そうだけど、なんか猿夫くんが言うと……えへへ……」
「くくっ……でも本当にそう思うことあるよ。本当に綺麗な目……素敵な個性だね。」
「もう……猿夫くんも、素敵な個性だよ。」
「ありがとう……真、好きだよ……」
「わたしもだいすき……」
お互い林檎みたいな真っ赤な顔で、触れるだけのキスをちゅっちゅと何度も繰り返した。薄明かりの中、ぼんやりと見える時計をじいっと見つめたら時刻はもう11時を指している。わたしは彼の細い目を見つめて、そろそろ寝なきゃと訴えようとしたのだけれど。
「真、愛してるよ……」
彼の尻尾は小さなハートマークを作りつつ左右にゆらゆらと揺れている。わたしは仕方ないなあと呟いて、黙って彼の愛を思いっきり全身で受け取るのだった。
可愛い尻尾
「えへへ、可愛い尻尾……だぁいすき……」
「綺麗な目……大好きだよ……」