明るい未来
最近、朝方は冬を彷彿とさせるほど冷え込む日が多くなっている。そのため俺と真はぴったりと身体をくっつけて抱き合って眠っているわけで。しかし、いつも通り、彼女を抱きしめて眠ったある日のこと。朝、目が覚めたら物凄い美人が隣で眠っていた。昨日の晩、俺は紛れもなく愛する彼女と一緒に寝ていたはずなのに。一体彼女はどこへ行ってしまったのだろう、そしてこの美しい女性はどこから来たのだろう。よく観察してみようと思って顔を覗き込もうとしたら、女性はゆっくりと目を開けてこれまたゆっくりむくりと起き上がった。


「おはよう、猿夫くん……」

「……えっ?」

「今日もお仕事頑張ってね、だいすき……」

「んっ!……えっ、えぇ!?」

「すぅ……すぅ……」


俺の首にするりと腕を回し、ちゅっと音を立てて俺の頬にキスをした彼女は再び身体をベッドに沈めて、もぞもぞと身体を丸めてすやすやと眠り始めてしまった。けど、今の話し方とこの容姿でほぼ確信した。この子は、いや、この人は……


「真……?」


幸い今日は学校のない日曜日だ。ひとまず急いで朝食や洗濯等の生活行動を済ませて、自分の部屋へ駆け戻った。彼女は先程と変わらず小さく身体を丸めてすやすやと規則正しい寝息を立てていた。そっと寝顔を眺めると、やはり俺の彼女である統司真の面影がそこにある。髪の長さや着ている服が違いこそすれ、この人が真じゃないはずがない。暫く見つめていると、彼女はゆっくりと目を開けた。身体を起こして、口元に手を当てながら、ふわあ、と大きな欠伸をして、身体をぐっと伸ばした。そして隣にいる俺を視界に捉えると、丸くて大きい綺麗な目をぱちぱちと瞬かせて、あれ?と言いながら首を大きく左に傾げた。


「……あれ?猿夫くん、まだお仕事行ってないの?それとも、わたしが早起きしすぎちゃったの?」

「あ、あの、真……さん、今、何歳ですか……?」

「えっ?27歳だよ?猿夫くんと同い年……あ、あれ?猿夫くん、なんか縮んでない?」

「え、えっと……」


質問に答える前に、コンコンッとノックの音が聞こえて。開いてるよ!と声を出すと、ドアを開けた上鳴が顔を覗かせた。


「尾白!今、相澤先生に呼ばれちゃってさ、風呂当番代わってくんね?その代わり次の当番2回やるからさ!」

「え?あ、あぁ、構わないけど……」

「サンキュー!……えっ!?お、尾白の部屋に女の子!?し、しかもすっげー美人!」

「えっ?い、いや……」

「真ちゃんは!?知ってんの!?う、浮気じゃ……」


それは違う、そう答えようとした時だった。


「えっ、えぇ!?か、上鳴くん、制服!?あれっ、ここ、わたしのお部屋じゃない……?えっ……あ、あぅ……」

「なっ、泣かないで!」


27歳の彼女はうるうると瞳を揺らしながら俺を見上げている。大丈夫だよ、とそっと頭に手を置いて、長くて綺麗な栗色の髪に沿って指を滑らせたら、少しだけ微笑んでくれた。


「わたし、さっきの爆発で過去に来ちゃったのかなあ……」

「過去?爆発?……ば、爆発!?大丈夫なん!?どっか怪我とか……」

「あ、うん、あのね、サポート科に発目さんっているでしょ?彼女と関わるお仕事しててね、ちょっと、うん……でも大丈夫!どこも痛くないよ!」


彼女はベッドから降り、手足を伸ばして、元気だよ!とニコニコしながら言っている。しかし、10年後もこんなに可愛らしいとは……本当にとてつもない可愛さと美しさを兼ね備えている、まさに絶世の美女とは彼女のことを言うのだろう。


「……ね、猿夫くん、聞いてる?」

「……あっ、ご、ごめん!ぼーっとしてて……」

「えっと、元に戻るまでここにいてもいい?って聞いたんだよ。ダメ?」

「も、もちろんいいよ!」

「……真ちゃんって大人になってもすっげー可愛いな。」

「や、やだ、上鳴くん!もう!揶揄わないで!」


真は頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまった。この動作も17歳の今と全く変わっていなくて、くくっと笑いを漏らしてしまったら、どうやら恥ずかしかったようで、林檎の様に赤く染まった頬にぴったりと両手をくっつけていた。その間に俺は彼女は27歳で、10年後の未来からやってきた真であることを上鳴に伝えた。


「10年後か……気になる〜!未来の俺、どんなヒーローになってんだろ……えっ、可愛い彼女できてってかな!?」

「えへへ、秘密だよ〜。」

「俺と真は一緒にいますか……?」

「えっ?えへへ、それも秘密だよ……」



上鳴と俺は27歳の真に未来のことをあれこれ質問したけれど、歴史が変わってしまったら困るから、というもっともらしい理由で彼女は一切答えてはくれなかった。けれども俺達を見つめる眼差しはとても穏やかで、特に俺に対する視線は甘くて熱くて優しくて……なんて俺の自意識過剰にすぎないのかもしれないけれど。


しばらく三人で色んなことを話した。未来のことは話せないけれど過去のことなら、と27歳の真は幼い頃のことや中学生の頃のことを沢山話してくれた。中にはこれまで一度も聞いたことのない話もあって、また一つ彼女のことを知ることができたのを嬉しいと思った。


「もう1時間くらいお話してるねえ……」

「……あっ!俺、切島んとこ行かねーと……漫画借りっぱなんだよね!」

「うん、行ってらっしゃい!」

「あ、風呂当番のことは俺に任せといて。」

「サンキュー尾白!んじゃ、二人とも、またな!」


上鳴は慌ただしく部屋を出て行った。バタンとドアが閉まる音がして、残された俺と27歳の真はぱちりと目を合わせた。改めて見ると本当に可愛らしい……本当に石になってしまいそうだとすら思えるほどに美しい彼女の顔が目の前にある。だが、丸くて大きい綺麗な目をぱちぱちと瞬きさせて、どうしたの?と言わんばかりに首を傾げる姿は今と全然変わりがなくて、目の前の女性は本当に俺の可愛い恋人の未来の姿なのだと裏付けてくれる。じーっと見つめあっていると、彼女はぽっと赤く染まった頬に両手をぴったりとくっつけて、熱っぽい目で俺を見上げながらゆっくり言葉を紡いだ。


「……猿夫くんは何歳でもかっこいいねえ。」

「えっ?」

「昨日の夜もね、とってもかっこよかったんだよ……」

「……夜?」

「うん……毎日一緒に寝てるんだよ……」


つまり10年後の未来の俺と彼女は毎日夜を共にするほどの関係であるということで。これは、明るい未来を期待しても良いということなのだろうか。もう少し詳しく話を聞くため彼女の隣に座ろうと一歩踏み出したのだが、ドンドンッという強めのノックでハッと我に返った俺は、どうぞ!!ととても大きな声で返事をしたのだった。





明るい未来




「お、統司、やっぱここにいたのか!先週約束してたレシピのコピー持って来たぞ!」

「あっ、師匠だ!ふふっ、また統司って呼んでるー!」

「えっ?だってお前……統司だろ?」

「やだなぁ、師匠、いつもわたしのこと尾白って……きゃあっ!!」


突然ぼふんっ!と大きな音を立てて彼女の身体は白煙に包まれた。慌てて手を伸ばしたら、小さな両手にきゅっと手を包まれた。27歳の彼女の最後の台詞はよく聞き取れなかったけれど、きっと明るい未来でも俺達は一緒にいるという確信だけは持てたのでよしとすることにした。




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