小さな天使
目が覚めたら身体が縮んでしまっていた、なんてお伽話や漫画の世界だけの話かと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。先に起きて学校へ行く支度を済ませ、天使のような可愛い恋人の寝顔を拝もうかと膨らんだ掛け布団をめくった時、驚きのあまりに大声を出すところだった。眠っていたはずの俺の可愛い恋人、統司真が見覚えのある小さな女の子の姿になっていたからだ。ぶかぶかのシャツから出た親指を咥えてすやすやと眠る小さな天使の様子を凝視していると、突然ぱちっと目を開けて勢いよくガバッと起き上がった。キョロキョロと辺りを見回して、俺と目が合うと可愛い顔がくしゃりと歪んでしまった。


「こ、ここ、どこ……?お、おかーしゃん……おとーしゃん……おにーちゃん……う、あぅ……」


丸くて大きい綺麗な目にはあっという間に涙が溜まってしまった。泣いてしまう前に俺はそっと優しく彼女の頭を撫でてやった。


「大丈夫、怖くないよ。」

「……おにーちゃん、だえ……?うっ、ぐすっ……」

「ん、俺は雄英高校のヒーロー科1年、尾白猿夫、っていうんだ。」

「ヒーロー……おじろ……まちらおくん?」

「うん、尾白猿夫。」

「……ヒーローのおなまえは?」

「テイルマンだよ。」

「ていゆまん……」


こんな可愛い呼び方をされて。彼女は小さな両手を精一杯伸ばしてきて、抱っこ!と言うもんで、すぐに彼女を抱き上げた。着ていたショートパンツはずるりと落ちてしまい、シャツがワンピースの様な丈になっている。真は丸くて大きい綺麗な目でじいっと俺の顔を見上げながら、辿々しく口を開いた。


「まちらおくん……わたち、真っていうの。」

「そっか、可愛い名前だね。」

「あ、あいがとう……えへへ、まちらおくんも、かっこいいおなまえ!」

「……そ、そう?ありがとう、嬉しいな。」


林檎の様に真っ赤になった頬に両手を当てる姿は今も昔も変わらなくて、あまりの可愛さに一瞬言葉を失ってしまった。なんとか言葉を絞り出したものの、彼女は再び困ったような顔で言葉を紡いだ。


「あの……わたち、どうちてここにいゆの?」

「ごめんね、俺にもわからないんだ。」

「しょんな……あぅ……」

「大丈夫、きっとお家に帰れるからね。」


背をとんとんと優しく叩いてやると、俺にぎゅうっとしがみつくように抱きついてきた。おとーしゃんみたい、と嬉しそうに呟いているのが聞こえた。安心した?と聞くと、あい!と元気に返事をしてくれた。やや舌っ足らずで辿々しい言葉が本当に可愛らしくて仕方ない。


しかし、どうしたもんか。今日は日曜日だが俺達ヒーロー科は振替の授業があるわけで。今、この子をここに一人にするわけにはいかない。彼女を抱いて共同スペースに降りて丁度顔を合わせた轟に事情を説明すると、普通科D組のみんなの所へ連れて行けばいいだろうと助言をもらったけれど、彼女は俺にしがみついて離れようとしない。


「いやっ!まちらおくんといっちょがいい!」

「……尾白、こんな時でも愛されてて良かったな。」

「……そうだといいけどなぁ。」


俺は真をそっとソファに座らせて、地面に膝をついて彼女と目を合わせた。うるうると潤んでいる宝石の様に輝くその目はとても美しく、まるで石になってしまいそうだ。けど、そんなわけにはいかなくて。俺は彼女の目を見ながら、優しい口調で諭そうとしたのだが。


「あのね、俺、今から学校に行かなきゃいけないんだ。」

「まちらおくん……わたち、ひとり、いや……」

「うーん……なるべく早く帰ってくるから、待てないかな?」

「……うっ、う、う……ひっ……ぐすっ……」


真はぽろぽろと涙をこぼし始めてしまった。それもそうだ、まだ言葉も覚束ない幼い女の子がひとりぼっちにされることに耐えられるはずもない。けれど、彼女は幼い頃から周りに気を配れる優しい子のようで。


「ま、まってゆ……はやく、かえって、きて……」

「うん、学校終わったらすぐ帰ってくるよ。そうだ、少し待ってて。」

「あぅ……?」


俺は3年生の寮へ走って、通形ミリオ先輩に会いに行った。先輩なら、壊理ちゃんに読ませているであろう絵本を持っていると踏んだからだ。案の定、先輩の部屋には沢山の絵本があって、事情を話したら好きなだけ持っていっていいと快諾してくれた。俺は抱えられるだけ抱えて1年A組の寮まで全力で戻ったのだが、入った瞬間物凄く甲高い大声が聞こえた。


「ぎゃあああああん!!いやあああ!!」

「ご、ごめんって真ちゃん!」

「いやああぁぁ!!うわあああああん!!」

「どうしたの!?な、なんで泣いてるの!?」

「まっ、まちらおくん!!うわああああん!!たちゅけて!!」


俺が姿を現したら、とてとてと走ってきてひしっと脚にしがみつかれた。彼女の身体に尻尾をしゅるりと巻きつけて持ち上げてあげたら、今度は尻尾にぎゅうっとしがみついてきた。


「何があったの?」

「う……俺が抱き上げようとしたら泣いちゃって……」

「で、泣き止ませるために切島と瀬呂が話しかけたんだが……人見知りが激しいのか、逆効果だった。」

「おとこのこ、いや!まちらおくんがいい!」


轟が説明を終えると、上鳴はガックリと肩を落としていて、切島と瀬呂は俺に頭を下げてきた。真はというと怯えた様子でかたかたと震えている。


「この人たちは俺の友達、だから痛いことも怖いこともしないよ。」

「そう、なの?」

「ごめんな!急に悪かった!」

「あー、怖かったよな、ごめんな……」

「……あい、あの、わたちも、ごめんなちゃい……」


はなちて、と言った真を降ろすと、よちよちと覚束ない足取りで歩いて行き、上鳴、切島、瀬呂を見上げて謝ると、三人ともほんのり頬を赤くして、うっと言葉に詰まっていた。無理もない。普段も世界一と言っても過言でない程可愛いのに、それがこんな幼い姿で、しかも、ゆるちて……なんて可愛く言われて男女問わずときめかない人間がいるだろうか、いや、いまい。本当に小さな天使のようだ。三人と握手をして仲直りしたところで、真はよちよちと歩いて来て再び俺に両手を伸ばしてきた。


「まちらおくん、だっこ!」

「うん、おいで。」

「あい!」

「……可愛いなぁ。」


ソファに向かって歩く俺をよちよちと歩いて追ってくる姿はとても可愛らしく、一階にいる全員が彼女に目を奪われていた。持っていた本をソファに置いて、おいで、と両手を広げてやったら、あい!という可愛い返事と共に小さな両手を俺の首に回してきた。よいしょと抱き上げてじっと見つめ合うと、彼女は林檎の様な真っ赤な顔になってしまった。


持ってきた本のことやお腹が空いた時のこと説明をしていると、みんなは先に行くよと言いながら寮を出て行った。俺と真だけになってしまったけれど、まだホームルームまではだいぶ時間がある。もう少し一緒にいてあげたくて、一番上にあった本を手に取り、彼女を尻尾に座らせて本を朗読してあげた。一冊読み終わるとちょうど良い時間になっていて。肩掛け鞄を身体にかけて、行ってくるねと告げたら一瞬悲しそうな顔をされてしまったが、いいこでまってゆ!と笑顔で返事をしてくれた。頭を撫でてあげて、そろそろ行こうかなとソファを立つと、びんっと後ろに引っ張られた。制服の裾を引っ張られているようだ。


「真?どうしたの?」

「あぅ……あのね、もっと、おかお……」

「ん?こうかな?」


しゃがんで目を合わせてあげたのだが、なんとまぁ美しい目だこと、丸くて大きいくりくりの、ちゅるんとした綺麗な目を輝かせて俺をまっすぐ見つめてくる。あまりの可愛さに思わず口元が緩んでしまう、と同時に突然彼女が俺の顔に、柔らかくて小さな掌をそっと添えて、ぐっと顔を近づけてきた。


「がっこー、いってやっちゃい。」


ちゅ


「ていゆまん、がんばえ!」

「…………!?」

「えへへ、わたち、おーきくなったや、ていゆまんのおよめしゃんになゆの……」


頬に感じた温かく柔らかい感触。ああもう!なんでこんなに可愛いんだ!この子はいつもいつも俺をこんなに惑わせる……と狼狽えていると、時計が視界に入り、もう急がなければならない時間で。俺は彼女の頭を撫でて、行ってくるね!と挨拶をして寮を出て行った。





授業を終えて一目散に帰ってくると、ソファで親指を咥えてすやすやと眠る彼女がいた。寂しかったのだろう、頬には涙の跡が残っていた。俺はすぐに通形先輩に本を返しに行って駆け足で戻り、彼女を抱いて自分の部屋へと足を運んだ。


「まちらおくん……しゅき……」

「全く……いくつになっても可愛いんだから……」

「すぅ……すぅ……」

「……誰も見てないし、いいかな……」


抱いていた真をベッドに寝かせて、そっと頭を撫でた。天使の様な愛らしさに胸の高鳴りがおさまらない。自室のドアが閉まっていることを確認して、幼女になんてことを、と思いつつも、小さな天使の唇に触れるだけのキスをした。





小さな天使




唇を離し、あどけない寝顔をじっと見つめていると、彼女の身体がぐぐっと大きくなり、見目姿がどんどん成長していって、俺の知る真の姿に戻った。彼女はぱちりと目を開けて俺の方を見たのだが。


「……わ、わたし、なんで下履いてないの!?ま、まさか、ぬ、脱がせたの!?え、えっち!ばか!」

「えっ!?ち、違うよ!あ、あのさ……」


真に今日1日の記憶は無いようで。説明をすると、林檎のように真っ赤になった顔を覆い隠すように両手を当てて、恥ずかしい!と言いながら布団の中に隠れてしまったのだった。





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