今日のわたしは男の子
真夏のある暑い日のこと。全身水浸しになったことをきっかけにわたしは雄英高校の男の子用の制服を入手した。なぜ今こんなことを思い出したのかというと、黒板に書かれた『男装女装カフェ』というテーマについてみんなで話し合っていたからで。


「去年もコスプレ喫茶やったよね?また喫茶店やるの?ウチは別にいいけどぉー。」

「つーか俺ら女装?なんかウケる!」

「てかなんで男装女装限定なわけ?」

「あー、去年のコスプレ喫茶の売上でかなり元取れてて……特に統司の男装が大好評だったみたいだわ。」


みんながワーワーと騒いでいる中、クラス委員長の言葉で全員がわたしの方を向いた。


「……えっ?わ、わたし?なんで?」

「女の先輩からあんだけ人気だっただろ?」

「あぅ……恥ずかしい……」

「統司さんって超可愛いから男装したら美形になるよねー、身長が小さいのも可愛いって先輩から可愛がられてたじゃん!」

「そ、そんなことないよ!」


隣の席の、派手目な外見の女の子が大きな声でわたしの容姿を褒めてくれたのだけれど、恥ずかしくて顔がじんわりと熱くなってきてしまった。助けを求めるように反対側の席の男の子の顔を見たけれど、なぜか彼もわたしと同じように赤い顔になってしまっていた。


「……客集めんなら統司は男装より普段の格好の方がいいんじゃね?」

「それはあの彼氏が黙ってねーだろ……」

「あぁ、何だっけ、ヒーロー科の……?」

「猿夫くんだよ!!尾白猿夫くん!!とっても強くてかっこよくて優しくて、太くてムキムキのかっこいい尻尾があってね、それからすらっとしてるのにガッチリしてて、武闘ヒーロー・テイルマンっていう名前がぴったりの、わたしの、だいすきなひと……です……」

「統司ってこんな喋る方だっけ……?」

「あー、真は彼氏君のことになると人が変わるから。ん、男装女装カフェいいんじゃない?」

「私も賛成!衣装は制服で良さそうだよね、みんなの貸し借りして……あ、でも真ちゃんのサイズ、あるかな……?」


そう、ここで冒頭に遡るわけだ。私は男の子用の制服を持っている。そのことをみんなに告げると、あぁ〜!と思い出してくれたようで。とりあえず今年のD組は男装女装カフェをテーマに準備を進めていくことになった。





「D組は今年も喫茶店をやるの?」

「うん!去年はギリギリまで衣装が決まらなくて大変だったけど、今年はテーマが予め用意されてるから準備が楽なの!」

「真はどんな可愛い格好をするの?」

「え、えっと……男の子の制服を着るの……あのね、今年も男装するの。よかったら、会いに来て、くれる……?」

「もちろん、会いに行くよ。去年はバタバタして一緒に回れなかったけど、今年は一緒に回れるといいな……」


わたしも同じことを考えていたから、同じだね、とふたりで顔を見合わせてクスクスと笑った。ちなみにA組はテーマ決めで難航しているようで、委員長さんを中心にまだ話し合いをしている段階なんだとか。





さて、あれから約1ヶ月、無事に文化祭を迎えることができた。部活の出し物は絵画の展覧会なのだけれど、今年はわたしは当番を免除されている、というのもクラスの出し物が大忙しだからだ。みんなの言う通り、本当にわたし目当てでやってくる人が大半で、自分自身でもとても驚いている。慣れないグレーのウィッグを触りながらぼーっとしていると、左右に座っている綺麗な先輩からずいっとケーキを差し出された。


「統司くん、あーん!」

「あ、あーん……えへへ、美味しい……」

「か、可愛いっ!これも食べて!」

「ん……甘い……えへへ、嬉しいな……」


キャー!と黄色い歓声が上がった。一体何がキャーなのだろう、わたしは普通に美味しいお菓子を食べさせてもらっているだけなのだけれど。こんな感じの接客をずーっと続けて、お腹も膨れて少しくたびれたところで、午前最後のご指名が。テーブルのカーテンをめくると、わたしの大好きな彼とぱちりと目があった。


「……!?えっ、真だよね……!?」

「あ、うん、わたし、真だよ。カラコンとウィッグをしてね、お化粧も少しだけしてるんだ。」

「やっぱり男の姿でもすごく綺麗だね……」

「や、やだもう!あっ、えっと、ちょっと待っててね。」


猿夫くんの注文表をひょいっと取って、わたしは近くにいたメイド服を着て女装をしている可愛い男の子にコーヒーとショートケーキを注文してすぐに持ってきてもらったのだけれど。


「これ、わたしの奢り!」

「えぇ!?悪いよ、俺、払うよ!」

「いつも優しくしてくれてるお礼がしたいの……だめ……?」

「う……わ、わかったよ、お言葉に甘えるね。ありがとう、すごく嬉しいよ。」


猿夫くんはとてもニコニコしながらわたしの頭をよしよしと撫でてくれた。さて、きちんと接客サービスもしなければ。わたしはフォークを手に取り、ショートケーキを一口サイズに切って刺し、彼の口元へ運んだ。


「あーんして。」

「え?あ、あーん……」

「えへへ……美味しい?」

「う、うん、すごく。」

「はい、もう一回どうぞ。あーん。」

「あーん……」

「美味しい?」

「最高……」


猿夫くんは口元を手で覆いながらゆっくりと咀嚼して、目ではわたしを何度もちらちらと見ていて。もしかして、と思ったわたしは彼に密着して、誰も覗かないようポケットに入っていたクリップでカーテンを留めて彼に顔を近づけた。


「これはオプションじゃないよ、猿夫くんにだけ。」

「ッ……!あ……えっ、と……」

「みんなには内緒だよ?」


わたしはショートケーキの苺を摘んで自分の口で咥え、猿夫くんにずいっと差し出した。彼はとても動揺して、あーとかうーとか言いながら、わたしの頬に手を添えて、唇を重ねた。離れるときに苺は彼に持って行かれ、彼はもぐもぐと口を動かしていた。


「美味しい?」

「……今まで食べたどの苺よりも甘くて美味しい……最高。」

「そっかあ……えへへ、嬉しいな……」

「……女の子の姿の時にもやってよ。」

「えぇっ!?む、無理だよお!恥ずかしい……」


喉を動かしてごくんと苺を飲み込んだ猿夫くんは、わたしの頬に手を添えてもう一度口付けてきた。舌先をちょんちょんと当てられて、軽く口を開けたら彼の熱い舌がわたしの口の中に入ってきた。ほんのり甘酸っぱい苺味のキス。生温かくぬるりとした感覚がとても気持ち良くて頭がクラクラしてしまう。学校でこんなキスをするなんて、と彼の胸を押そうとしたのだけれど、両手首をぎゅっと掴まれて抵抗なんてできなくて。舌と舌が絡み合う度にちゅっちゅと聞こえる水音に酷く興奮してわたしも自分の舌を動かして彼の舌に絡み付けた。少し酸欠になってしまって、もう何も考えられなくなっていて。


「ん……真……真っ!?大丈夫!?」

「はぅ……ん……だい、じょ、ぶ……」


唇を離した時にはどきどきしすぎて意識が朦朧としていて、身体はくったりとして彼に支えてもらわなきゃ姿勢が保てなくなってしまっていた。蕩ける程のこんなにえっちなキスはベッドの上でしかされたことがないのに。いつもと違うのは……きっと、わたしの格好だけ。しばらく経って落ち着いてから、わたしはじいっと彼を見つめてある疑問を口にした。


「猿夫くんは、男の子のわたしの方がすき?」

「えっ?いや、どっちも好きだよ!男の姿でも可愛いし、女の子の姿は本当に守ってあげたくなるし座ってるだけでも最高に可愛いし……!」


彼は手で口元を覆って、真っ赤なお顔でぼそぼそと呟いた。あまりにも可愛くて胸がきゅんとしてしまい、わたしは彼の両頬に手を添えて、ちゅっと触れるだけのキスをした。


「今日のわたしは男の子だけれど……わたし、女の子で良かった……」

「えっ?」

「だって、男の子だったらお友達以上になれないでしょ?」

「そ、そんなこと!真だったらたとえ男でも俺は……!」

「えへへ……わたしも、猿夫くんが女の子でもきっと同じだろうなあ……」


なんて、ふたりの世界に浸ってしまい、また何度も何度もキスをしていたら時間を忘れていて、とっくにお昼休みが終わってしまっていたのだった。





今日のわたしは男の子




「ご、ごめん!貴重な昼休みを……!」

「大丈夫だよ!それより、午後はお暇?よかったらデートしない……?」

「えっ!?よ、喜んで……!」


この後、男の子の制服を着て彼と文化祭デートを楽しんだ。でも、途中で出会ったA組の委員長さんからは猿夫くんが迷子の手を引いていると思われてしまっていて、かなり恥ずかしい思いをしてしまったのだった。



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