普段在宅勤務の真だが、都合で月に2,3回は出かけることがある。今日はその日で俺は仕事が休み。いつも美味しいご飯を作ってくれる彼女のために今日は俺が台所に立っている。今か今かと帰りを待ち望んでいるわけだが、普段の彼女もこんな気持ちでここに立ってくれているのかと思うと喜ばずにはいられない。さて、彼女の好きなチョコレートアイスも買ってきたし、迎える準備は万端だ。早く彼女の可愛い笑顔が見たいと思った時、丁度鍵の開く音がして、俺は玄関へと走った。
「おかえり!遅かっ……な、泣いてるの!?どうしたの!?」
「うぅっ……ふ……ぐすっ……」
帰ってきたばかりの真はぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。手足はカタカタと震えていて、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「そんなに怯えて……ほら、おいで……」
「うん……」
腕を広げて少し屈むと、家に上がった真がそろそろと近づいてきて、ぎゅうっと力一杯抱きついてきた。相変わらず可愛すぎて今すぐ押し倒してしまいたくなる。でも今は我慢だ、早く彼女を安心させてあげたい。あの可愛い笑顔が見たい。
「今日の夕飯はシチューとホットサンドだけど食べれそう?」
「……うん、猿夫くんが作ってくれたご飯、食べたい。」
「じゃあ一緒にリビング行こっか。」
「うん……きゃっ……」
「だめ?」
真をひょいっと姫抱きにすると、驚いてはいたもののすぐに腕を回してくれて、すりすりと擦り寄ってきた。けれど可愛い笑顔を見せてはくれないのが心配だ。
「安心する……」
「良かった……夕飯、一緒に食べようね。」
「うん、一緒に食べる……」
リビングの椅子にかけさせて、ふたりで向き合って夕飯を食べたのだが、真の手はあまり進んでいない。美味しくない?と聞いたら、顔を上げて、どれも美味しい!と言ってくれたが、やっぱりすぐにしゅんとしてしまった。一体何があったのだろうか。
一緒に風呂に入る?と聞いた瞬間、彼女の身体はびくっと跳ねてカタカタと震え出してしまった。この反応を見た俺は、まさか男に乱暴されたのではと思い、少しでも安心してほしくて、いつも彼女が好んで使っている柔らかい黄色の毛布をそっと肩にかけた。
「何があったか、聞いてもいい?俺、心配だよ……」
「……ち……」
「ち?」
目線をキョロキョロと泳がせながらチラチラと俺の顔色を窺っている。なんでも言ってごらん、と続きを促すと、ぎゅっと身を縮めて涙ぐみながら言葉を続けた。
「ち、ちかん、された、の。」
「……はぁ!?いつ!?どこで!?」
「ひっ!あ、あ……」
大声を出しながら彼女の肩を掴んでしまったもんだから、丸くて大きい綺麗な目を見開いてぽろぽろと涙をこぼし始めてしまった。
「ご、ごめん!大声出してごめんね、怖かったね……真は何も悪くないからね……ほら、おいで。」
腕を広げるとしがみつくように抱きついてきた。小さな身体が震えているのがなんとも可哀想だ。彼女は俺の胸に顔を押し付けながらぼそぼそと話し始めた。
「……あのね、お仕事から帰る時、今日はバスじゃなくて電車を使ったの。そしたら…………」
彼女の話は至ってシンプル。満員電車の中、彼女は立っていて痴漢被害に遭ってしまったという話。ロングスカートを履いていたから直には触れられていないものの、服の上から可愛いお尻や細い腰を撫でられたらしい。怖くても誰も救けてはくれず、電車を降りるまでその地獄は続いたのだとか。ふらふらと電車を降りて、すぐに俺に連絡しようと思ったが迷惑になると思って走って帰ってきたらしい。全く迷惑なんかじゃないし、困ったことがあればすぐに呼ぶようにとあれほど言っているのに……
「怖かったね……よく頑張ったね……」
「うっ……ひっ、ぐすっ……」
「どんな奴だった?」
「えっと……わたし、電車の中でスマホを鏡がわりに使うフリをしてね、お写真、撮ったの……」
俺の妻はただ可愛いだけの女の子ではない。機転の利く賢い子なのだ。スマホの画面を見せてもらうと、ニヤニヤ笑いながら俺の可愛い妻を怖がらせている中年の男の姿が。なるほど、覚えたぞ。
「こいつか……真、次から電車を使うときは俺を呼んで。」
「えっ?で、でもお仕事……」
「真が出かけるときは休み取るから大丈夫。」
「そ、そんなの悪……」
「悪くないよ。真を守りたいんだ。だからお願い、次に事務所に行くときは俺にも教えて?」
「うぅ、め、迷惑かけたく、ない……」
「迷惑なんかじゃないよ……まぁ、無理強いはしないからさ、本当に怖かったり困ったりしたら遠慮なく言うんだよ?いいね?」
「うん、ありがとう……」
抱きついて来てはくれるものの、俺の方から触れようとしたらびくっと身体を跳ねさせてカタカタと震え出してしまっていた。ごめんなさい、と謝られる度に胸が締め付けられる。キミは何も悪くないのに。
風呂は別々に入って、寝るときは手を繋いで一緒に寝た。俺の尻尾の毛をもふもふと触りながら楽しそうにしている顔はとても可愛らしくて、襲ってしまいたいと思ったが今日は流石に我慢した。しかし、真から可愛い笑顔を奪った男……俺の手で必ず捕まえてやるぞ……
翌週、真は再び仕事のために外出することに。俺は彼女を守るために仕事を休んで後をつけた。というのも彼女は今日外出することを言ってくれたものの、付き添いは望んでいなかったからだ。迷惑をかけたくない気持ちと、俺の気持ちを汲んでくれてのことだろう。駅に向かって歩いていると、すれ違う男が何人も振り返って彼女を見ていた。中には声をかけようとする男もいたが、彼女は嬉しそうに左手を頬に当てて、大好きな旦那様がいるの、なんて。俺だってキミのことが大好きなんだけど。
さて、電車に乗って数分、真に近づく男はいない。それもそうだ、彼女は女性専用車両に乗っているのだ。俺は隣の車両から彼女の様子を横目で伺っている。彼女は壁にぴったりと背中をくっつけている。電車を降りるとぱたぱたと走って事務所へ駆けて行った。俺は近くの喫茶店でコーヒーを飲みながらスマホをいじって時間を過ごした。
今度は帰りの電車だ。この電車には生憎女性専用車両はない。真が乗り込んだ満員の電車に俺も乗って彼女にバレない程度になるべく近くまで人混みを分けて進んだ。電車が動いて数分、真の様子が少しおかしくなった。丸くて大きい綺麗な目を潤ませながらぎゅっと鞄を抱きしめている。真の周りを見ると、写真で見た例の男がニヤニヤしながら立っていた。間違いない!こいつ、俺の妻に……!
「お嬢ちゃん、こんなにエッチなカラダして……いけないコだねェ……」
「ひっ……た、たすけて……」
そんな下品な言葉が聞こえたと同時に真の目からぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちたのを見た瞬間、俺は痴漢の手を折る勢いで思い切り掴んでいた。こいつの手はしっかり真の腰に添えられていて、その手をベリッと引き剥がして捻ってやった。
「痛てててて!!な、何をする!!」
「彼女に触るな!!」
「まっ……猿夫くん!?」
「よくも俺の妻に……」
「つ、妻!?バカな、こんな幼女が!?」
「よ、幼女!?お前こそバカ言うな!彼女は歴とした大人で、俺の妻だ!」
どうやらこの男はロリコンだったようで、背丈の小さな真を発育の良い小中学生だと思ったらしい。電車から引き摺り下ろして駅員に突き出してやると、真は震えながら俺の腕にぎゅうっとしがみついてきた。
「ごめんね、泣かせちゃって……怖い思いさせてごめん……」
「う、ううん、いいの、猿夫くんが救けてくれるって思ってたから……」
「えっ?」
「だって……たすけて!って思ったらいつも来てくれるから……えへへ、いつもありがとう……」
真は林檎のように真っ赤な顔をしながら、白い歯を見せてニッと笑った。ああ、なんて可愛い笑顔……そうだ、俺はこの笑顔が見たかったんだ。
「キミの可愛い笑顔を守るためならいつだってどこだって駆けつけるよ……」
「えっ!?も、もう、何言ってるの……でも、わたしも、猿夫くんの可愛い笑顔、見たいな……」
「ん?」
「今日は、お風呂一緒に入ろう……それから、ベッドで……えへへ……だめ……?」
「……!?よ、喜んで!は、早く帰ろう!」
「きゃあ!もう……!」
林檎っ面で両手を両頬に当てて恥ずかしそうに微笑む笑顔がとても可愛くて、俺は彼女を抱き上げて家までの道を全力で駆け抜けたのだった。
可愛い笑顔が見たいから
「猿夫くん、気持ち良かった……?」
「最っ高……」
「えへへ、良かった……」
「真、大好きだよ……」
「わたしも、だいすき……」