キミは女の子
猿夫くんとお外でお買い物をしていた時のこと。近くで窃盗事件があったらしくて警察の人やプロヒーローの人がウロウロしていてなんだかとても怖くって。わたしが彼の手をぎゅっと強く握ったらいつも通り優しく声をかけてくれて少しだけほっとした。近くの大型商業施設に入って、ふたりでお洋服や文房具を買って、今は銀行へやってきてお金を下ろしにきたところだ。


「俺、ちょっとトイレ行ってくるね。」

「うん、わかった!」


機械の列に並んだと同時に猿夫くんの手を離して彼を見送った。銀行内にお手洗いは見当たらない。実は隣のデパートまで行かないといけないのだ。彼が来るまでちょうどいい時間があるから並んでいる間に荷物を整理しようかと鞄に手を伸ばした時だった。背後からとても大きな悲鳴が聞こえた。パッと振り向いたら、刃物を持った男の人が小さな男の子を人質にとっているのが見えた。


「近付いたらこのガキを殺す!」

「や、やめてください!」

「ママぁ!救けてぇ!」


男の子はわんわんと声を上げてぼろぼろと涙をこぼしている。どうしようかと考えていると、近くの女性がスマホを触っていて、多分警察を呼ぼうとしたのだけれど、それに気付いた男の人が大声でそれを制止した。


「動くな!余計なことしてっとテメェをぶっ殺す!スマホをこっちに投げろ!全員だ!壁を背にしてしゃがめ!」


銀行にいた人達は一斉にスマホを男の人の方に向かって滑らせて壁に背をつけてしゃがみ込んだ。わたしはスマホを出すのが遅れてもたもたしてしまったからか、彼に目をつけられてしまったようで。


「……イイ女だなァ……おい!テメェ!こっちに来い!」

「あ、あった……」

「おい!テメェだよ!そこの黒スカートの女!」

「……わ、わたし……?」


やっとスマホを見つけて床を滑らせた瞬間、大声で彼に呼ばれてしまった。早く来い!と言われて恐る恐る近寄ると、ニターッと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「あ、あの……」

「女ァ、このガキ、どうしてほしい?」

「えっ?」

「救けたいか?救けたいだろ?」

「……!!」


つまるところ、身代わりになると言え、というところだろうか。背後を見渡すと母親らしき女の人が両手を握って祈るような体勢で泣きながらぶるぶると震えていた。


「わかりました……あの、わたしの手を掴んだら、男の子をお母様のところへ帰してくれますか……?」

「ほう……素直な女は嫌いじゃねェ……よかったなこのクソガキ!」

「あっ!」

「ぎゃっ!!うっ、ぐすっ……ママァー!!」

「あ、あ、ありがとうございます!すみません!お嬢さん!ありがとうございます!」


男の人は男の子を蹴飛ばしてしまった。男の子は顔面を床にぶつけていたけれど大した怪我もなかったようで母親の元へ駆け抜けていった。よかった……と思ったのも束の間。男の人は突然わたしの服に持っていた刃物を差し込みピリピリと裂いていった。


「きゃっ!や、やだ!」

「ほぉ……ガキのくせにイイカラダしてんなァ……」

「や、やだ!いや!やめて!」

「騒いだら殺すぞ……」

「ひっ……!っ……!痛っ……!」


服の中に手を入れられて、下着の上から胸をぎゅうっと掴まれた。力強く揉まれてとても痛い。わたしが唯一身体を許している猿夫くんからもこんな風に扱われたことはない。怖い。痛い。気持ち悪い。猿夫くんじゃない男の人に触られるなんて嫌だ。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。誰か、誰か……たすけて……たすけて、テイルマン……そう思った時だった。


「その子に触るな!!」

「ぐわっ!!」

「……!!まっ……猿夫くん!!」


銀行の入り口が開いたと同時に大声で叫ぶ猿夫くんの声がした、とほぼ同時に彼の飛び蹴りが男の人の顔面にクリーンヒットした。猿夫くんは地に足をつけたと同時にわたしを抱えてひゅっと跳んで、彼から離れたところに優しく降ろしてくれて、ここでじっとしてて、と囁いて再び彼と対峙した。


「ンのヤロォ……ヒーロー気取りのガキが……!!」

「これでも一応仮免持ちですけどね……」

「ぶっ殺す!!」

「遅い!!」

「ぐわっ!!テメェ……!!」


刃物を振り上げて走ってきた男の人の攻撃をひょいと躱した猿夫くんはその反動で回した尻尾を相手の顔面にべしっと叩きつけた。すごい……かっこいい……思わずぽけーっと見惚れてしまった。そんな場合じゃないのに。彼は命のやりとりをしているのだ。彼は相手の持つ刃物を弾き飛ばして、正拳突きを一発決めて相手の顔が落ちたところで、更に相手の上半身全体を回し蹴りで蹴り飛ばして壁に叩きつけてしまった。すごい……強い……


「真!怪我は!?」

「きゃっ!」

「ごめんね、ひとりにして……怖かったね……」

「ううん、来てくれてありがとう……」


まるで久しぶりに会ったかのようにひしっと抱き合った。わたしの服がぼろぼろなのに気がついた猿夫くんは、買ったばかりの彼のシャツを取り出してわたしに羽織らせてくれた。ぶかぶかだからとボタンをとめてくれていた時、背後であの男の人が動くのが見えた。声を出そうとしたけれど、彼はどこからかナイフを取り出してこちらに走って来た。


「危ない!!」


周りの人の悲鳴が聞こえたよりも早く、わたしは猿夫くんを引っ張って位置を入れ替えた。わたしの方が体格が小さいことが幸いだったか、猿夫くんの広い背中を狙ったナイフはわたしの顔の横を通り抜けた。髪の毛の間から銀の刃が出ているのが見えてしまった。怖い。しかしながら、普段はとても温厚な尻尾のヒーローの怒りを買ってしまったようで、相手の男の人はあっという間に本気の彼に気絶させられてしまった。すると、みんな途端にスマホを取るなり泣くなり喚くなりして辺りはとても騒がしくなった。わたしは猿夫くんに力一杯抱きしめられた。


「真!!怪我は!?どこか痛くない!?」

「う、うん、だい、じょ、ぶ。ちょっと、怖かった、だけ。」


もしも少しでもあの刃がズレていたらわたしは今頃……そう思うと身体がぷるぷると震え出した。そっと彼の背に手を回して、ぎゅうっと力一杯抱きついた。


「怖かったね……ごめんね、俺なんかのこと庇って……こんな怖い思いさせて……」

「……なんか、なんて言っちゃダメ……」


わたしにとってあなたはかけがえのない唯一無二の大切な人。だから、そんな風に言って欲しくない……


「もう二度とこんなことはしちゃダメ。」

「なんで?」

「だってキミは……女の子なんだから……」

「……女の子が、すきな男の子を守っちゃ変なの?」

「そんなことないけど……でも、俺がキミを守りたいんだ……」


猿夫くんはもっともっと力を込めてきた。少し苦しいとさえ思うほど。彼の熱い気持ちがはっきりと伝わる。


「キミは女の子なんだ……もし、傷が残る様なことがあったら……」

「……あったら?」

「……あっ、い、いや、その……」


少しだけ雰囲気が和らいで、彼と顔を見合わせてクスクスと笑った。嫁の貰い手が、なんて言おうとしたのだろうけれど、その相手は一人しかいないのに。


「傷なんて関係ないでしょう。」

「う……キミには敵わないよ……」

「えへへ、いじわる言ってごめんね。猿夫くんがお嫁さんに貰ってくれるでしょ?だから大丈夫だよ。」

「うん……でも、本当に無茶はしないで……何度も言うけど、キミは女の子なんだから……」

「うん、わかった……えへへ、いつも守ってくれてありがとう……」

「守れてる、かな?これからも頑張るよ……」


ふたりで強く抱きしめあってちゅうっとキスをした。唇を離してふにゃりと笑い合っていたら、後ろからごほんと咳払いが聞こえて。ちらりと振り返ると警察の人が真っ赤なお顔で立っていて、わたしは慌てて立ち上がって猿夫くんの後ろにさっと隠れた。現場検証や事情聴取がしたいから、ふたりで一緒に話を聞かせてくださいとのことで、わたし達は警察の人にあれこれとお話をしたのだけれど、わたしの話は猿夫くんの勇姿ばかりでもっと犯人の動きや状況をきちんとお話するように、と彼からも警察の人からも叱られてしまったのだった。





キミは女の子




「ご、ごめんなさい、えっと……犯人の人が…………それから……ま、猿夫くんが、その、かっこよくジャンプして、尻尾で攻撃をきめて……かっこよかったなあ……えへへ……」

「はぁ、なるほど……女の子〜って感じですなぁ……いつもこうですか?」

「す、すみません……」

「仲が良くていいじゃないですか、あんちゃん、これからも頑張らないとね!」

「ど、どうも……」




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