もうきらい?
「ばか!もう知らない!」

「な、何だよそれ!?俺は、ただ……はぁ……もういいよ……」

「……!!うっ……ひぅっ……ぐすっ……」

「あっ……!ち、違……」

「うっ……うわああああん!!もうきらい!!ばか!!うわあああああああん!!」

「真!!待って!!」


やってしまった。こんなはずじゃなかったのに。わたしはただ、彼に喜んでもらいたかっただけなのに。なのに、喜ばせるどころか怒らせてしまった。猿夫くんが心配事以外でわたしに怒るなんて初めてで、思わず泣き叫んでお部屋を飛び出して、勢いで外出許可ももらわず学外に飛び出してしまった。


「うっ……ぐすっ……わたしが、悪いのに……ばかって……うぅ……」


無我夢中で走って走って走り抜いて、気が付けば母校の近くを歩いていた。街中へ出て泣きながら歩いていると、横を通り過ぎた学生服の男の子がわたしの顔をじいっと覗き込んできた。


「あれっ?統司?統司真か?そうだよな?」

「えっ……?あっ、えっと、中学の時の、野球部の……?」

「そうそう……ってまた泣いてんの?相変わらず泣き虫だなー、どうしたー?」

「あ……う、うん……だいすきな人とけんかしちゃったの……ぐすっ……う、うぇ……」

「えー?泣くなよー!あ、そーだ、そこの店のチョコパイ、めっちゃ美味いらしいぜ!俺、奢るから行こう!な?行こう!そうしよう!」

「えっ?きゃっ……!」


彼は中学生の時のクラスメイトで、野球部のキャプテンだった人。男の子が苦手なわたしも彼のことはそんなに嫌いではなかった。なぜなら彼はどんな小さな嘘もつかないし、とっても元気で素直な人で、全く疑う必要のない人だから。しかしながら実は中学最後の文化祭で、彼から告白というものをされたのだけれど申し訳なくもその想いを突っぱねてしまったという過去がある。そんな彼は以前と変わらずやや強引にわたしの手をひいて近くのケーキ屋さんへと入店してしまった。


「で、何があったの?教えて?」

「あ……えっと、うん、その、とってもだいすきで、大切な人と、け、けんか、しちゃったの……ぐすっ……」

「ほんっと泣き虫なのは変わってねーなぁ……でもそーゆーとこもかわいーよなー……で、なんでケンカしたの?」

「うん……あのね…………」



***



事の発端はわたしが作ったクッキーだ。お砂糖とお塩を間違えるならまだわかる。しかし、あろうことかわたしは重曹を入れてしまっていたのだ。クッキーはとんでもない大きさに膨らんだ上にとても苦くて食感もひどく、こんなの食べられないと思って捨てようと思っていたのに、少し目を離した隙にいつの間にかやってきた猿夫くんが全部食べてしまったのだ。


「な、な、何してるの!?」

「んぐっ……む……ごほっ!げほっ!い、いや……」

「お、美味しくないよ!やめて!お腹壊しちゃう!」

「い、いや、そんなこと!!お、美味しいよ!!げほっ!!とっても……ごほっ!!」


当然わたしの視界から色は消え去った。そんな嘘、全然嬉しくない。


「……うそばっかり!!ひどいよ!!」

「えっ!?い、いや、俺、そんなつもりは……」

「わたし、失敗したんだもん!そんなうそ、嬉しくない!ばか!」

「……真、ちょっとは俺の話も……」

「ばか!もう知らない!」

「な、何だよそれ!?俺は、ただ……はぁ……もういいよ……」



***



「…………でね、わたし、逃げて来ちゃったの……」

「はー……統司ってすっげー足はえーもんなぁ……いーよなー……女の子じゃスピード系の個性でもないと追いつけねーよなあ……」

「あっ、あの、違うの、その、女の子じゃ、ないの。」

「……えっ?男?マジ?男なの?」

「お、お付き合い、してる人……」

「…………はあああああ!?!?」

「ひっ!!」


彼は立ち上がった勢いで大きな音を立てて椅子を倒してしまった。そんなに驚かなくてもいいのに、と思ったけれど、確か彼の個性はオーバーリアクション、だったか。色んなことに興味津々でとっても素直な彼は、相手の感情にすごく共感してくれる。だから悲しいときは一緒に悲しんでくれるし、嬉しいときは一緒に喜んでくれるとても良い人なのだけれど、ちょっぴり驚いてしまうのが本音。だから今も、小さく悲鳴を上げてしまった。彼は両手を合わせてわりーわりー!とニコニコしながら謝ってくれた。





すっかり話し込んでしまってお店を出た頃には既に辺りは真っ暗だ。スマホを出そうとしたけれどどうやら置き忘れてきたようで。仕方がないから彼のスマホを借りて学校へ電話して担任の先生に外にいることを告げたのだけれど、やはり無断で外に出たからかとても心配していて、エクトプラズム先生が探しに出てしまったそうで。すぐに帰りますと告げて電話を切ったその時だった。


「真!やっと見つけた……!」

「あっ……」


息を切らしながら猿夫くんが走ってきて、目を合わせるなりわたしをぎゅうっと抱きしめた。そして隣にいる男の子とわたしを交互に見つめると尻尾の先がしゅんっと垂れてしまった。


「そ、その男は……?ま、まさか、本当に俺のこと嫌いに……」

「ち、違うよ!」


猿夫くんはわたしから手を離してぎゅっと自分の尻尾を握り締めた。違う、違う。嫌いになんて、なるわけない。どうしよう、と困っていると、隣にいる彼が咳払いをして話し始めた。


「……統司、ちゃんと彼氏の話最後まで聞いた?ほら、統司、男苦手だし、素直だからさ、思い込んだらトゲトゲしちゃうとこあんじゃん?」

「あ……う、うん……」

「彼氏、こんな寒い中汗だくになって探しに来てくれてんじゃん。すっげー大切にされてるよ。」


猿夫くんの額には汗が滲んでいて、首筋にもつーっと伝う汗が見える。春といってもまだ上着が必要なくらい寒いのに……


「うん……」

「彼氏も人間だからそりゃ怒ることもあるって。統司、嘘つかれんの嫌いじゃん。怒ってても嘘つかせて我慢させるの嫌じゃねーの?」

「やだ……」

「じゃーどーすんの?」


申し訳なくてぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。俯いたまま彼のお顔を直視できない。でも、そんなのは失礼だから頑張って彼のかっこいいお顔をちゃんと見た。


「……猿夫くん、ごめんなさい……」

「俺の方こそごめんね……傷つけて泣かせて……ごめん……」


猿夫くんはわたしの左頬をとても優しく撫でてくれた。


「わたし、すぐ怒っちゃうから……もう、きらい……?」

「そっ、そんな……好きだよ!大好きだよ!俺の方こそ、嫌われたんじゃないかって……」

「そ、そんなことあるわけないよ!わたし、猿夫くんのこと、だいすきだもん……」

「真……」

「猿夫くん……」


じいっと見つめ合って、そっと唇を重ねて離して、また重ねて離して、また重ねて……何度も何度も優しいキスをした。本当に、心の底から大好きで大好きで堪らない……ぎゅうっと強く抱きしめあって、もう一度彼が唇を重ねようと顔を近づけて、吐息が交わった時だった。


「……なぁ、ここ、外だし、俺見てるし……いいの?」

「あっ……」

「……い、い、いやあああああ!!」

「あっ!真!待って!」

「は、は、恥ずかしい!」


彼にろくにお礼も言えぬまま走って逃げてしまい、寮まで戻ってきたと同時に猿夫くんに追いつかれてしまった。


お昼のこと、謝りたいな。どうして、きらい、なんてひどいこと、言っちゃったんだろう……


「あ、あの、猿夫、くん、お、お昼は……きゃっ!」

「真、おかえり……」

「た、ただいま、あの、お、お昼は……」

「その話は後でしよう。今はこうしていたい。」

「う、うん……」


寮の入り口でぎゅうっと抱きしめあって、それから手を繋いで一緒に彼のお部屋へ向かった。途中で、嫌ってない……?と尋ねたら、突然頬にちゅうっと強く唇を押し付けられて、嫌いになんてなるわけないから!と叱られてしまったのだった。





もうきらい?




「あ、あの、きらい、って言ってごめんなさい。」

「ううん、俺も誤解させてごめんね。」

「えっ?」

「もういいよ、って言ったでしょ?あれね、真が真っ赤な顔で涙目で怒ってたのが可愛くてね、もう怒られてもいいやって思っちゃったんだ……」

「……ばかにしてない?」

「してないしてない!……俺のこと、もう嫌い?」

「んーん、だーいすき!」

「良かった……俺も大好きだよ。」



back
top