「あれ?真ちゃん、そんなとこで何してんの?」
「上鳴くん!轟くん!あ、あの、た、たすけて!」
「えっ?うわっ!ど、どーしたん?そんな涙目で……」
「……なんか探してんのか?」
「そうなの、猿夫くんからもらった宝物がなくなっちゃったの……」
私が失くしたのは、初めて彼とデートをした日に頂戴した可愛い林檎のバレッタだ。今朝お部屋で髪をまとめて、登校してから靴を履き替えた時には確実に頭に付いていたから、絶対校舎のどこかにあるはずなのに。だけどどこを探しても見つからなくて、とうとうこんな敷地の外れまで来てしまっていたのだ。ちなみに彼等は新しい技の特訓の休憩がてらお散歩をしているらしい。
「髪飾りか……尾白からもらったもんなら八百万に創ってもらうわけにはいかねぇな……」
「俺達も探すの手伝おうぜ、いーだろ?」
「あぁ。友達が困ってるならなおさらだ。」
「わあ……二人とも、ありがとう……!あのね、今日行った教室と体育館は全部見てきたの。でも、どこにもなくって……」
三人寄れば文殊の知恵、なんて言葉があるけれど、こればっかりは三人寄っても全然皆目見当がつかない。校舎内はほぼ全て探し回ったから、風で飛んだか烏か何かが奪い去ってしまったのかもという上鳴くんの説を採用して、みんなで外を探し回った。けれど何処にも見当たらない。訓練場の前でうーんと首を捻っていると、今一番顔を合わせるわけにはいかない愛しい彼がやって来てしまった。
「真、どうしたの?こんなところで。」
「……あっ!あ、あの、な、なんでも、ないの……」
「そう?普通科の真がここに来るなんて珍しいと思ったんだけど……」
「あぅ……え、えっと……」
「尾白の戦闘服姿見に来たんだと。丁度良い、統司、俺と上鳴は用事済ませてくるからお前は尾白とゆっくりしてろ。」
「えっ!?あ……う、うん!ありがとう!」
わたしが言葉に詰まっていると、轟くんが助け舟を出してくれた。わたしがここで猿夫くんとふたりでいれば、バレッタを失くしたことに気付かれず彼等に探索を任せることができるからだ。猿夫くんはとても不思議がっているけれど、ここを任されたわたしは猿夫くんの目をわたしに注目させられるよう必死で彼に甘えることにした。まぁ、そんな任務がなくてもいつも甘えきっているのだけれど。はぁ……今日も本当にかっこいい……
「猿夫くんの生戦闘服姿……かっこよすぎるよお……」
「えっ?急にどうしたの?」
「ううん……いつもだよ……ね、ぎゅってしてもいい……?」
「あっ、今、俺、汗臭いかも……」
「いいの……猿夫くんの汗の匂い、すきだから……」
「そ、そっか……う、うん、それならいいんだけど……俺も、抱きしめたいな……」
彼が軽く腕を広げてくれたから思いっきり抱きついて、すーっと深く息を吸い込んだ。努力してる人の爽やかな匂い……全然汗臭いなんてことはなくて、とても落ち着く素敵な匂い……彼もわたしの首元に顔を埋めて、すーっと深く息を吸い込んでいる。
「甘い香り……真はいつも優しくて甘い香りがするね。」
「そうなの?自分じゃわかんないよ……猿夫くんこそとっても良い匂い……えへへ、だいすき……」
「真……」
「猿夫くん……」
ここが学校の敷地内でしかも屋外だなんてことはすっかり忘れて、わたし達はふたりの世界に浸ってじっと見つめあっていて、唇が重なるまでほんの数ミリといったところで後ろから大きな咳払いが聞こえてぱっとお互い後ろを向き合ってしまった。するとA組の委員長さん……飯田くんとぱちりと目が合ってしまった。
「尾白君!!それから眼力女子……ええと……統司君、だったか?」
「あ、は、はい……」
「全くキミ達はいつもいつも……いいか、高校生らしい健全な付き合いをだな……」
またしても彼はくどくどとお説教を始めてしまった。彼がとても親切で良い人なのは重々承知しているし、明らかにわたし達に非があるからしゅんっとふたりで小さくなってしまった。そしてお説教の最後に飯田くんの口からはとんでもない言葉が。
「……む?統司君、キミのトレードマークの林檎の髪飾りはどうした?」
「……えっ!?あ、あれ?あ、お、お部屋に忘……」
「ん?いや、俺は午前中にキミを見かけているが、その時はしっかりと髪に付いていたぞ。」
「…………!!」
猿夫くんに、バレちゃった……目が熱くなってきて、視界がどんどん歪んでいく。涙が、止まらない。
「う、うぅ……ひっ……ぐすっ……ふっ、ふぇ……」
「真!?」
「な、何故泣くんだ!?す、すまない、何か気に障ることを言ってしまったのなら謝る!僕が悪かった!」
「うっ、うぅ……い、飯田くん、何も、悪くないよ……ぐすっ……」
「い、いや、しかし……女性を、その、な、泣かせてしまって……しかもクラスメイトの大切な人を……」
「わ、悪いのは、みんな、わたし、なの。」
「真?どうしたの……?」
猿夫くんが尻尾で肩を抱いてくれて、大きな手で頭をなでなでと優しく撫でてくれた。優しさが身に染みて、大きな声で泣き叫びたくなったのをぐっと我慢した。わたしは飯田くんの後ろにさっと隠れて、猿夫くんのお顔をじっと見上げた。
「……怒らない?」
「うん、怒らないから言ってごらん?」
「……バレッタ、失く、して……ふっ、ふぇ……ぐすっ……」
「……バレッタ?あぁ、これのこと?」
「……えっ!?な、な、なんで!?」
わたしの宝物は猿夫くんの手の上に乗っていた。一体どこから出したのだろう、いや、それ以前にどこで見つけたのだろう。
「こ、これ、どこに!?」
「えっと……耳貸して。」
「えっ?」
「昼休み、校舎裏でキスしたでしょ?その時、押し倒したくなって俺が外したまま返すの忘れてたんだ……」
「……そ、そうなの!?気付かなかった……と、轟くん達に早くしらせなきゃ!」
スマホを出そうとした時、丁度轟くんと上鳴くんが戻って来た。二人の顔はしゅんと下を向いていたけれど、私がニコニコしていたからか、二人ともぱっと顔を上げて駆け寄ってきてくれた。
「あっ、あのね、バレッタ、あったの!猿夫くんが持ってたの!」
「そうか、見つかってよかった。」
「尾白が?なんで?」
「あ、お昼休みにね、わたしのこと、押し倒そうとしてね、それで……」
「お、押し倒す!?」
「ちょ、ちょっと真……!?」
「尾白君!?一体どういうことだ!?」
「……?受け身の特訓か?」
「あ……は、恥ずかしいっ!!」
押し倒そうとした、という言葉の意味をようやく理解したわたしは得も言われぬ恥ずかしさに支配されてしまい、そっとバレッタを手に取ってこの場を走り去ってしまった。
夜、数学の問題を教わるために彼のお部屋を訪問したら丁度飯田くんが来ていて、何かされそうになったら大声を出すように、と忠告されてしまった。猿夫くんに何かされてもどきどきするだけで全然怖くなんてないからそんな必要はないのだけれど、きっとまたお説教をされてしまうだろうと思って、わかった!と元気にお返事をした。猿夫くんの尻尾はしゅんと垂れていて、申し訳ないことをしてしまったと思って、問題を解き終わってから彼に夕方の件を謝ることに。
「あ、あの、さっきはごめんね……」
「いや、いいよ、俺も迂闊だったし……」
「……飯田くんに怒られなかった?」
「う……ふしだらな!とか、破廉恥な!とか、まぁ、いろいろと……」
「ご、ごめんなさい……あ、あの、でも、わたし……」
言葉に詰まっていると彼の手がそっとバレッタに触れた。
「それ、泣くほど大切にしてくれてるんだね……俺、嬉しいな……」
「あ、当たり前だよ!猿夫くんからもらったものは全部わたしの宝物だよ!もちろん、猿夫くんのことだって……えへへ……」
「真……愛してるよ……」
「あっ……わたしも、あいしてるよ……」
バレッタを外されて、そっと優しく彼に抱きかかえられてしまった。ベッドに降ろされてからも、まるで宝物を手に取るようなとても優しい手つきでたくさんたくさん愛されたのだった。
宝物
「猿夫くん、いつもわたしに触る時、すごく優しいよね……」
「えっ?そんなの当たり前じゃない?」
「男の子ってこういうときがっつくもんじゃないの?」
「そうなのかな?でも、キミは俺の宝物だし、そっと扱いたいな、壊したくないし。」
「……!!た、宝物……嬉しい!!えへへ、そっかあ、わたし、猿夫くんの宝物かあ……えへへ……」