夢でも一緒に

***



夕飯の材料を買うためにお外に出た時のこと。さっさと買い物を終えてスーパーから出たところ、なんだか街の方が騒がしいような気がした。近くにいたおば様に話しかけてみたのだけれど、どうやら通り魔が現れたとかで。ヒーロー達が近辺をくまなく捜索しているけれど、犯人は服装を変えられる個性のようで捜査が難航しているとか。なるべく人通りのあるところを歩こうと思って、大きな通りを早足で歩いていたのだけれど、黒尽くめの不審な格好の人が小学3年生くらいの女の子の後ろを歩いているのに気がついた。まるで尾行しているかのように足取りは一定の距離を保ち続けている。わたしは女の子に近づいて、道を尋ねるように話しかけてみた。


「こんにちは。あの、道を聞きたいのだけれど……良いかな?」

「私?うん、いいよ……?」

「この本屋さんはどこにあるのかな……」

「あ、ここならよく知ってるよ!でも、少しわかりにくいから、一緒に行こう!」

「どうもありがとう。」


女の子と一緒に歩いて行くと、やっぱり後ろの男性は後をつけてきた。本屋さんに着いた時、女の子がお手洗いに入ると言ったのだけれど、お手洗いはレジのすぐ近くにあったから店員さんの目もあるし中までは入ってこないと踏んでわたしも一緒にお手洗いへ入った。すると女の子は一番奥まで走って行って、ちょいちょいと手招きをしてきた。


「お姉さん、ありがとう……変なおじさんが後ろにいたから家に帰るのが怖かったの……」

「やっぱり……わたしもね、そうかなって思ってたの。あなたに何もされなくて良かった……」

「お姉さんはヒーローの人……?」

「ううん、わたしはヒーローじゃないよ。」

「そうなんだ……親切なお姉さん、わたし、お家に帰るの怖い……」

「うーん……あ、お家の電話番号わかる?わたしのスマホ使っていいから、お家の人にお迎えに来てもらおうよ。」

「いいの?ありがとう!」


その後、女の子のお父様が車でお迎えにいらして、無事に帰すことができた。お父様から何度もお礼を言われて、ひとまず安心したのも束の間。例の男の人はターゲットをわたしに変えたようだ。大好きな彼に連絡をしようと思ったのだけれど生憎電話は繋がらない。事務所にもかけてみたけれど不在のようで。仕方がないから歩いて帰ることにした。


なるべく人通りのあるところを通っていたのだけれど、中々男の人はわたしから離れてくれない。一定の距離を保ったまま徐々にお家が近づいてきてしまう。家を知られるわけにはいかなくて、わたしは付近をぐるぐると周るように歩いていたのだけれど、相手が痺れを切らしたのか、突然背後の足音が早くなった。


「女ァ!!死ねェ!!」

「……!?きゃあっ!!」


慌ててわたしも駆け出したけれど、脚が震えていたからかすてんと転んでしまった。男の人の持っているナイフがぎらりと光ったその時、突然視界が真っ暗になった。


「ぐっ……!!お前……!さっきの通り魔だな……!?」

「テ、テメーはさっきの……!?」

「……ま、猿夫くんっ!?」


わたしの視界を暗くしたのは、覆い被さるように全身で守ってくれた大好きな彼だ。彼は立ち上がると男の人に見事な回し蹴りを決めた。わたしは立ち上がって思いっきり彼に抱きついた。


「真……ケガ、は……?」

「大丈夫だよ!猿夫くん、ありがとう!わたし、すごく怖く……て……」


ぬるっとした感触。彼の顔を見上げると、少し青ざめていて汗がびっしょりだ。これは、汗。そう、汗に、違いない。わたしはそっと自分の右手を目の前に…………


「……きゃあああああああ!!!血!!血、血が、い、い、いっぱ……」

「キミを……守れ、て……良かっ……た……」


猿夫くんは真っ青な顔で微笑んで、その場にどさりと倒れてしまった。


「い、い、いや!!いや!!猿夫くん!!やだ!!」

「真……逃げ……て……」

「いやあああああっ!!誰か、誰か救けて!!う、うわあああああん!!!」





***



「いやあああああああっ!!!」

「うわっ!!ど、どうしたの!?」


隣ですやすやと寝息を立てて眠っていたはずの真が突然悲鳴を上げて泣き出した。飛び起きた俺は涙をぼろぼろと流す彼女をぎゅっと抱きしめたのだが、真っ暗な中でも気がついてしまった。彼女の綺麗な目が真っ白なことに。


「ふっ、ぐすっ、うぇっ……ま、猿夫くん……」

「ここにいるよ!!大丈夫!!大丈夫だから……!!」

「う、うぅ、ぐすっ……ど、こも、痛く、ない?」


きっと俺が傷つくような怖い夢を見たのだろう。大粒の涙をこぼしながら俺を気遣ってくれている。泣くほど怖い思いをしたのは自分だろうに。


「どこも痛くないよ、大丈夫。ほら、こんなに元気だよ。」

「ん……ふ……ひゃっ……」


柔らかな唇にゆっくりと口付けを落として、ちゅっちゅと音を立てて啄むように目尻へキスをすると嬉しそうに目を細めてくれた。そっと優しく、だけど強く抱きしめて、とんとんと背中を叩いてやるとぎゅっと自分の服を握り締めていた。


「落ち着くまでこうしていようね。」

「……ここ、痛くない?」


真はそっと壊れ物を扱うように俺の背に手を添えた。


「うん、痛くないよ。真は?どこも痛くない?」

「……ここが、痛いの……」


小さくて綺麗な手を胸の真ん中に当てて、パジャマをぎゅっと握り締めてぷるぷると震えだした。


「怖い夢、見たの?」

「うん……」

「そっか……ど……んっ……」


どんな夢?と尋ねようとしたけれどそれは叶わなかった。真の柔らかい唇に口を塞がれてしまったからだ。


「尻尾……だっこ、してもいい?」

「ん?もちろん、いいよ。」

「ありがとう……」


しゅるんと尻尾を目の前に持って来ると、ぎゅうっとしがみ付いてきた。尻尾に抱きつく彼女をそっと優しく抱きしめたら、もっと強く抱きつかれた。余程怖い夢だったのだろう。


「……猿夫くんが、いっぱい、血が出る、ケガ、したの。」

「そっか……」

「わ、わたし、の、こと、ま、守って、くれた、の。」

「そうなの?それなら良かっ……」

「よくない!!」

「えっ?」

「よくないよ!!猿夫くん、あ、あんなに、血、血が……わたし、いや!!猿夫くんがいなきゃ……」


真の目はいつの間にか美しい漆黒の宝石に戻っていた。キラキラと涙色に輝いている目はとても綺麗だけれど、やっぱり好きな女の子には泣いてほしくないわけで。俺は彼女をもっと強く抱きしめた。


「俺のこと、そんなに心配してくれてありがとう……」

「わ、わたしの方こそ、い、いつも、守って、くれて、ありがとう……」

「当たり前だよ、好きな子ひとり守れないヒーローだなんて御免だからね。」

「で、でも、猿夫くんが、ケガ、しちゃうの、いや……」

「大丈夫、そう簡単にやられたりしないよ。」


真は尻尾をぎゅうっと強く抱きしめながらぷるぷると震えている。そうか、俺がやられてしまう夢を見たんだ。胸が痛いのか、片手をそっと自分の胸へ押し当てている。俺は真の小さな肩を掴んで、ぐっと顔を近づけた。


「真、大丈夫だよ。ずっとそばにいる。ひとりぼっちになんかさせない。真を置いていなくなるわけないから……だから、安心して……」

「本当……?」

「俺の目、見て。」

「…………」


真は漆黒の宝石の様な美しい目を涙色にキラキラと輝かせながら俺の顔を覗き込んできた。とても綺麗な目に心を奪われて本当に石になってしまいそうだ。こんなに綺麗な目の女の子を守るという大役、俺なんかには本当に勿体ないとさえ思うほど。けれど彼女を守るのは他でもないこの俺だ。彼女の笑顔が守れるのならどんな努力も惜しまない。


「キミがずっと安心して笑顔でいてくれるように頑張るから……だから、これからもそばにいてくれる?」

「あ、当たり前だよ!ずっとずっとそばにいたい!い、いなくなっちゃ、いや……」

「いなくならないよ。俺はずっと真と一緒にいる。だから、安心して……」

「うん……うん……一緒に、いる……」

「うん……だから今日はゆっくりおやすみ……」

「うん……おやすみ……なさい……」


泣き疲れてしまったのか、安心してくれたのか、はたまたそのいずれもか、真は俺にしがみつくような体勢ですやすやと寝息をたて始めた。額に軽くキスをして、彼女の小さな身体をベッドに寝かせてぎゅっと強く抱きしめて俺も夢の世界に落ちていった。





***



「真?どこにいるの?」

「こっちだよ!えへへ、猿夫くんだぁいすきっ!」

「わっ!全く……可愛いなぁ……」

「あったかいなあ……良い匂い……えへへ、だいすき……」

「俺も大好き……ずっと一緒にいよう……」

「うん!ずーっと一緒にいる……」





***



「おはよう、よく眠れた?」

「おはよう!うん!あのね、夢の中でね、猿夫くんがたくさん抱きしめてくれて、たくさん甘えさせてくれてね、それから、いっぱいチューして……えへへ……」

「そうなの?俺も夢の中で真に会ったよ。」

「本当!?夢の中でも一緒にいられて嬉しい!えへへ、猿夫くんだいすき!」

「可愛い……俺も大好きだよ。」





夢でも一緒に




「夢の中でも猿夫くんと24時間ずーっと一緒にいたいな……」

「本当?じゃあ今晩は一緒に……」

「お風呂はひとりで入る!」

「は、はい……」





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