大きさなんて関係ない
朝、目が覚めた俺は隣で眠る彼女を抱きしめようといつも通りそっと腕を伸ばしたのだが、腕はぼふっと音を立ててベッドに沈んでしまった。驚いて慌てて目を見開くも、彼女の温もりと姿はそこにはなかった。ガバッと勢いよく身体を起こすと、どこからかくすんくすんと小さな泣き声が聞こえた。咄嗟に声がする方へ顔を向けると、机の上に座り込んでめそめそと泣いているとても小さな女の子がいた。


「真……?」

「う、うぅ……うわあああん!!猿夫くん!たすけてえ!わたし、ちっちゃくなっちゃったの!」

「か、可愛い……」


もちもちの頬がとても可愛らしい2頭身くらいの、掌サイズの真がうるうると瞳を潤ませながら俺を見上げて来た。ぽろぽろとこぼれる涙が机に水溜りを作っている。余程困っているのだろうが、可愛すぎて俺も困ってしまう。


「うっ、うぅ、どうしよう、ふ、ふえぇ……」

「な、泣かないで!そうだ、チョコ食べる?」

「チョコ……わあ!すごく大きい!これ、全部食べていいの?」

「もちろん、どうぞ。」

「嬉しい!いただきますっ!」


真のために買っておいたチョコレートの包紙を開けて皿の上に一粒置いてあげたのだが、俺にとっては小さな一粒でも彼女にとっては自分の身体ほどもある大きなもので。真は嬉しそうにニコニコしながらちびちびとチョコに齧り付いている。なんて可愛いんだ……


「こんなにお腹いっぱいチョコ食べたの初めて……猿夫くん、ありがとう!」

「ううん、俺の方こそありがとう、今日もすっごく可愛いね。」

「そんな……わたしなんて……でも、嬉しい……ありがとう……」


真はもちもちの頬をぽっと真っ赤に染めて、両手を当てながら身体をふりふりと揺らして照れている。とても可愛い妖精のような姿に心臓が撃ち抜かれそうだ。


「うーん……どうしようか。」

「うぅん……わかんない……」

「飯田にでも相談してみる?」

「うん……そうする!」


真は俺の掌にちょこんと正座して、キラキラ輝く丸くて大きい綺麗な目を忙しなくキョロキョロと動かしている。俺が立ち上がったら、きゃっ!と悲鳴を上げて、俺の親指にがっちりと捕まっているのがとても可愛らしくて堪らない。


「高い所、怖い……」

「落とさないから大丈夫だよ。あ、紐でも付けとく?」

「あ……あの、わたしのリュック、開けてくれる?ピンクのリボン、あるの……」

「ピンクのリボン?」

「うん!あのね、師匠がね、お菓子作る時にね、これで髪の毛結びなさいって!」

「へえ……あ、これかな?これで俺の親指と……」

「いや!小指!小指がいい!だって、運命の赤い糸……ううん、ピンクのリボンになるの……えへへ、嬉しいなあ……」


俺も嬉しい、なんて思いながら、掌の上の彼女と協力して小さな身体と小指にしっかりと命綱、もとい、運命のピンクのリボンを結びつけた。掌の彼女と共に自室を出て、すぐ隣の部屋をノックすると、爽やかな笑顔を浮かべた飯田が部屋に迎え入れてくれた。掌を前に出して事情を説明すると、飯田は眼鏡を押さえながら食い入るように真を見つめた。


「統司くん、キミは……Mt.レディとは反対の……小人化する個性だったのか……?」

「ううん、それならとっくに元に戻ってるよ。」

「それもそうか……B組の小大くんの個性は……いや、あれは生物には適用できなかったな……うーむ……」

「うーん、委員長さんでもわからないのかあ……」


三人寄れば文殊の知恵、という言葉があるけれど、解決策は全く浮かばない。時間が経つにつれて真の可愛いつぶらな瞳はうるうると潤んできて、ついに俺の掌にぽたぽたと涙をこぼしてしまった。


「真!」

「うっ……う、う、うわあああああん!!」

「統司くん!どうしたんだ!」

「ひっ……ぐす……う、うぅ……だ、だって……だって……」

「擦っちゃダメだよ……どうしたの?何でも言ってごらん?」

「うっ、あうぅ……ぐすっ……だって……」


真はめそめそと泣きながら中々口を開こうとしない。自分のことより他人のことを大切に思う彼女のことだ、あまり長居して飯田の時間を奪うのが申し訳ないと思っているのだろうか。部屋に戻る?と聞くと、涙をこぼしながらこくこくと頷いた。飯田にお礼を言って再び自分の部屋に入ると、リボンを解いて俺の指にひしっと抱きついてきた。


「どうしたの?話してごらん。」

「……元に戻れないと、猿夫くんとぎゅってしたり、チューしたり、できないから……だから、悲しくなっちゃったの……」

「真……」

「わたし……ずっと小さいままなのかな……猿夫くんと、ずっと一緒にいられないのかな……やだ……う、うぅ……ぐすっ……う、う、うわあああああん!!!」


なんて健気で可愛らしいんだろう。こんなことを思うのは酷な事かもしれないけれど、こんなに泣くほど俺との触れ合いを大切にしてくれていることにかなり嬉しいと感じてしまう自分がいる。たとえ身体が小さくなったとしても、愛の大きさは変わらないのに。俺は指の腹で真の頭をそっと優しく撫でた。


「大丈夫、小さい真もとっても可愛いよ。それに、俺が真から離れるなんてあり得ないよ……」

「ほんと……?そばにいてくれる……?」

「もちろん、ずっと一緒にいるよ。ほら、おいで。」

「……うんっ!」


真は勢いよくぴょんっと跳んで俺の服の胸のあたりを掴んで抱きついてきた。指の腹で小さな頭を優しく撫でて、掌にそっと乗せて、俺の顔の前に掌を上げた。


「真、どんな姿になっても愛してるよ。だから安心して。」

「猿夫くん……わたし、このまま戻らなくても、猿夫くんのそばにいていいの……?」

「もちろんだよ。逆に、そばにいてくれる?」

「うん……いる……ずっとそばにいたい……ずっと、猿夫くんと一緒に……」

「真……」


熱っぽい視線が絡み合うと自然に口付けを送りたくなるのはいつものことだ。掌を唇へ寄せて、柔らかな頬に少しだけ唇を触れさせた。すると、突然彼女がぱあっと眩く光りだした。


「なっ、何だ!?」

「きゃあっ!か、身体、熱い!」

「真っ!!」


慌てずゆっくり彼女を床におろして、冷静に様子を見守っていると、彼女の周りに白い靄のようなものが湧いてきた。そして一瞬カッと白く光り、思わず目を閉じてしまった。


「……ま、猿夫くんっ!」

「うわっ!……戻った?」


目を開けると、水色のワンピースパジャマを着た真がちょこんと床に座っていた。真はぱちぱちと瞬きをすると飛びつくように俺に抱きついてきた。


「よかった!これで猿夫くんにぎゅうってしてもらえるよ!」

「はぁ……大きさなんて関係ないなあ……本当に可愛いんだから……」

「身体は小さくても愛情は大きいもん……えへへ、猿夫くんだいすき……」

「ん、俺も大好き……」





大きさなんて関係ない




「ね、委員長さんにご挨拶に行かない?」

「ああ、お礼言わなきゃね。」

「そういえば委員長さんも師匠も障子くんも、あんなに大きいのにすごく親切で優しいよね。」

「……大きさは関係なくない?」

「そう?なんだか大きな人って怖いイメージがあるから……」





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