よく見ていればわかるもの
冬の朝の暖かい毛布の温もりほど厄介なものはないだろう。おかげで今朝は珍しく寝坊してしまった。猿夫くんに先に行っててと連絡して、慌てて朝ご飯を詰め込んで、バタバタ慌てて準備をして、寮を出て全速力で昇降口に向かっていたら隣から同じように走って来る金髪の男の子が目に入った。


「おはよう!真ちゃんも寝坊?」

「おはよう上鳴くん!そうなの!」


二人並んで昇降口まで駆けて行くと、風でビニール袋が飛んできて、わたしはそれを踏んづけてしまって身体が大きく傾いた。


「きゃっ!」

「あ、危ねえ!」


ごちっと大きな音がして、それからの記憶はない。





「……り、……なり!上鳴!大丈夫かよ!」


目を開けると、いつか見た赤髪の男の子が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。ただ、呼ばれた名前が違っている。以前の峰田くんと猿夫くんを思い出してさーっと血の気が引いた。シャッと隣のカーテンを捲ると、くったりして眠るわたしと心配そうに手を握る猿夫くんの姿があった。


「上鳴!大丈夫か!?」

「あ、う、うん……わ……おれは大丈夫。」

「そっか、良かった……あとは真なんだけど……さっき一回目が覚めて、俺のことわかる?って聞いたら、頷いてたから……一先ず、どっちも無事で良かった……」


わたしが記憶をなくすことに本当に過敏になっているのだろう。彼はわたしの身体の手をぎゅうっと強く握っていた。赤髪の、切島くんが授業あるしリカバリーガールに任せようぜ、と声をかけてくれたけど、思わずわたしは目をぱちぱちして無言になってしまった。授業って……わたしヒーロー科の授業を受けるの!?


「ん?どうした上鳴。やっぱ体調悪ィか?」

「い、いや!えっと、今日って座学だけ、なんだっけ……?」

「お!よく覚えてんな!大丈夫そうでよかったぜ!」


本来ならヒーロー基礎学の演習がある日だったけど、都合で昨日行われて今日その時間は世界史と家庭基礎に替わったらしい。運が良かった。それからわたし達は三人でA組の教室へ向かった。もちろんわたしは上鳴くんの身体で。


教室では上鳴くんに迷惑をかけまいと、猿夫くんの後ろの席で極力静かにして普通に授業を受けていたのだけれど何故かみんなから驚かれてしまった。プレゼントマイク先生に指名された問題で正解を答えただけなのに。そして先生からもヴォイスの個性を使って絶叫されて驚かれてしまった。一体普段の上鳴くんはどんな答えを出すのだろうかと気になるばかりだ。


次の日課を見ると数Iの文字。心の底から憂鬱な気持ちになって軽く溜息を吐いたら、前の席に座る愛する彼がくるっとこっちを向いた。


「次は数学だから、憂鬱でしょ?」

「そうなの……はぁ、エクトプラズム先生は優しいけど、やっぱり数学は嫌だなあ……」

「今日、上鳴が……真が当たるところ、やり方教えてあげるよ。」

「本当!?やったあ!猿夫くん、だいす……き……」


言った後にさーっと血の気が引いた。なぜ、なぜ気付かれてしまったのだろうか。彼はあたふたと慌てるわたしの両手を握ってくれて、落ち着いて、と優しく声をかけてくれた。


「なんとなく気付いたのはさっき切島に話しかけられて目をぱちぱちしてたとき。確信したのはさっきの英語の時。話し方が真の可愛い話し方だったこと。あとは上鳴が誰にも聞かず一発で正解を出したっていうので結びついた。」

「そ、そんなこと……?」

「いつか言ってたよね。心が好きだから、動物になってもわかるって。動物じゃないけどさ、それと同じだよ。俺だって、真の見た目はもちろん、心が大好きだから。」

「ま、猿夫くん……」

「俺、真のこと、よく見てるでしょ?」


彼はくつくつ笑いながら、元に戻るまでサポートするから安心して、と言ってくれた。なんて優しいんだろう、ここが教室じゃなかったら抱きついてほっぺにチューしちゃうよ……


お昼休みになって保健室に行ったら、わたしの身体の上鳴くんがベッドに座ってわたしのノートを読んでいた。勝手にごめん!って言われたけど、彼ならイタズラとかしないだろうから、全然いいよと笑顔で返した。昨日の授業でどうしても気になるところがあったらしく、ふと気になってわたしのノートを広げたらすごくわかりやすくてついつい、なんて嬉しいことを言ってくれた。教室に戻らなかったのはボロが出てわたしに迷惑をかけたくなかったからとのこと。友達に気遣いのできる素敵な男の子だなあと感心する。


前回は頭をもう一度ぶつけたら直ったよ、と猿夫くんに言われて、わたしと上鳴くんは少し強く頭をごちん!とぶつけてみた。すると本当に元に戻った。ベッドから二人を見上げたら、二人は男同士で手を繋いでて。思わず吹き出してしまったら二人は慌てて手を離していた。


それからはお互いの教室へ戻っていつも通りの一日を過ごすことができた。D組のみんなから心配されたけど、いっぱい寝て元気になったよ!と言ったら、みんなから良かったと言ってもらえた。


放課後になってA組の教室へ行くと、上鳴くんと猿夫くんがいて。午前中の授業の内容を教えてあげていたようで、わたしも一緒に教えてあげた。みんなが驚いていた理由は上鳴くんは成績があまり良くないのに、プレゼントマイク先生からの問いに一度で正解したことだったらしい。ちょっと失礼すぎやしないだろうかと思ったけれどそれを聞いた彼自身も大笑いしていたので本人が気にしていないならいいかとわたしもクスクス笑った。


寮に帰る時、わたしが猿夫くんの手をきゅっと握ったら、上鳴くんも猿夫くんの手をきゅっと握った。そして悪戯っぽい笑みを浮かべていたから、彼の考えを察してわたしもにひっと笑ったら猿夫くんが慌てて言葉を発した。


「えっ!?ちょ、ほ、本当に戻ったんだよね!?」

「さあ?どうだろうね、猿夫くん?」

「本当に好きならわかるんじゃないの?猿夫くん?」

「……こっちが真。」


猿夫くんは上鳴くんの手を振り払って、わたしの手をぎゅうっと優しく強く握ってくれた。


「おお!流石!愛する彼女のことならなんでもわかるってか?」

「話し方とか、俺の名前の呼び方とか、全然違ったから……よく見てるから、わかるよ。」

「峰田の言う地獄っつーのがよくわかるぜ……真冬でもアツアツだなお前ら……」


上鳴くんの言葉でぼっと火がついたようにわたしと猿夫くんは赤くなってしまった。恥ずかしくてちらっと彼を見上げたら彼もわたしの方を見ていて。ふたりして顔を見合わせてニコッと微笑みあった。





よく見ていればわかるもの




「えへへ……気付いてくれてありがとう!猿夫くん、だいすきだよ!」

「当たり前だよ。俺も大好きだよ。」

「……峰田じゃねえけどやっぱここは地獄だな!!」








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