今日はクリスマスイブで、世の中の恋人達は浮かれていることだろう。かく言うわたしもその一人。愛する彼と一緒にいられればいつだってどこだって幸せいっぱいなのだけれど、やっぱりちょっぴりクリスマスというムードに憧れはあるわけで。
「早く帰ってこないかなあ……」
せっかくのクリスマスだものといつもよりちょっぴり気合いを入れてたくさんの料理を用意した。彼はたくさん身体を使うからいつも夕飯をたくさん食べてくれる。これだけあってもきっと足りないんじゃなかろうか。早く彼の驚く顔が見たい。早く、帰って、こない、かな……
ぱちっと目を開けたら時計は23時半を指していた。シーンとしたお家。彼はまだ帰ってきていないのだ。突然、お腹からくぅーっと寂しい音がした。お腹は空いているけれど、もっと空いているものがある。心だ。やっぱりわたしもまだまだ女の子だということなのだろうか、クリスマスイブにひとりぼっちというのは心にくるものがある。スマホを見ても連絡はない。彼に限って浮気なんてあるわけないと信じてはいるけれど、やっぱり少々不安に思ってしまう。わたしなんかよりも、綺麗な女の人と……そう思うとぽろりと涙がこぼれ落ちてしまった、その時、家の鍵が開く音と廊下を走る音がした。
「真!まだ起きてたの!?遅くなってごめん!」
「あ……おかえりな……」
真冬だというのに汗だくになった彼が勢いよくリビングに入ってきてぎゅうっとわたしを抱きしめてくれた。そしてわたしの顔を見るなり細い目をぎょっと大きく見開いて尻尾と眉をしゅんと下げながら口早に話し出した。
「な、泣いてる……!寂しい思いさせてごめん!ずっと待っててくれたんだね!?先に寝てて良かったのに……って何このご馳走!?まさか夕飯も!?ごめん!どうしても仕事抜けられなくて……!」
「ま、猿夫くん、落ち着いて、わたし、大丈夫だから!」
「あ、う、うん……ごめん……」
「えへへ、おかえりなさい!」
「あ、ありがとう、ただいま……」
彼の頬にちゅうっとキスをしてぎゅっと抱きついたら、とても嬉しそうなデレッとした笑顔になって、ブンブンと尻尾を振っていた。
「今日も猿夫くんが無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。いつもたくさんの人のためにお仕事頑張ってくれてありがとう、ごはん、一緒に食べよ?」
「真はいつも優しすぎるよ……うん、一緒に食べよう、どれも美味しそうだな……」
「えへへ、ちょっぴり頑張っちゃった……」
ふたりで一緒にごはんを温めて、向き合って座ってたくさんお話をしながら一緒に食べるごはんはどれも美味しくてとても楽しい時間になった。やっぱり猿夫くんは美味しい美味しいと尻尾を振りながら全部残さず食べてくれた。お腹苦しくない?と聞いたら、お腹より胸がいっぱい、だって。わたしと同じだ。わたしも、幸せで胸がいっぱいだもの。
「ごめんね、クリスマスイブなのに長時間ひとりぼっちにしちゃって……」
かなり遅めの食事とお風呂を済ませた後、ふたりで一緒にベッドに入ったら彼にぎゅうっと抱きしめられて、とても寂しそうな声でぽつりと呟かれた。なんて優しい人なんだろう。
「ううん、いいの。わたし、嬉しいよ。猿夫くんがかっこいいヒーローでいてくれて。みんなのために頑張ってる素敵なヒーロー……わたし、テイルマンがいちばんすき……」
「真……ありがとう、俺、もっと頑張るよ……埋め合わせ、なんて言ったら悪いけどさ、明日からは連休とってるから外でご飯食べない?実は前からレストラン予約しててさ、真と行こうと思ってて……」
「本当?えへへ、嬉しいな。わたしも土日はおやすみだし、ふたりでお出かけしようか。夕飯は猿夫くんが連れて行ってくれるから、その後はお家に帰ってケーキ食べて……んっ……」
と、あれこれ予定を考えていると、突然彼はわたしの唇にちゅっとキスをした。驚いて彼の顔をじいっと見ると、彼は少ししどろもどろになりながらぼそぼそと話始めた。
「あ、えっと……その、明日、外泊ってダメ、かな?」
「えっ?お泊まりするの?わたしは良いけど……どこに?」
「そ、それ聞いちゃうの?えっと……ラブホ、とか……」
ちょっと考えればわかることだったのに。わたしは恥ずかしさのあまりに無言で彼にぎゅうっと強く抱きついて逞しい広い胸に顔を押しつけた。彼は優しくわたしの髪を梳きながら頭を撫でてくれた。
「クリスマスって、なんだか不思議……」
「何が?」
「どうしてキリストの誕生日に世界中のカップルが浮き出し立つのかなあ、って……少し特別な雰囲気になるよね。」
「あー、確かに……日本がキリスト教徒で溢れてるわけでもないのにね。でもいいんじゃない?雰囲気に乗っかろうよ。」
「雰囲気に乗っからなくても猿夫くんにめろめろなんだけどなあ……」
「俺もだよ。真、大好きだよ……」
「えへへ、わたしもだいすき……あっ、そうだ、猿夫くん、あのね、プレゼントがあるの。」
そう、わたしは彼にとびきりの愛を込めたプレゼントを用意していたのだ。もぞもぞと彼の腕を抜け出して、待っててね、と彼の頬にキスをしてからぴょんっとベッドを降りて、急いで自分のお部屋へと走った。そして黄色のラッピング袋を手に取って再び彼の元へ。ところがベッドはもぬけの殻。どこへ行ってしまったんだろう、と振り返ったらちょうど彼も戻ってきたみたいだった。ふたりでもう一度寝室に入って、ベッドの上に向き合って座った。
「えへへ、忘れちゃうところだった……猿夫くん、いつもありがとう!メリークリスマス!」
「俺は真が先に寝てたら枕元に置こうと思ってたんだけど、折角だからね……俺の方こそ、いつもありがとう、メリークリスマス!」
ふたりでプレゼントを交換してお互いに開けていい?と同時に聞いてしまった。身体をぴったりとくっつけて寄り添い、笑いながらお互いのプレゼントを開けてみた。先に箱を開けたのはわたし。中身はずっと前から可愛いと思っていつか買おうと決めていたバッグが入っていた。
「わあ!これすっごく可愛いなって思ってたの!嬉しい!ありがとう、猿夫くんっ!」
「うん、スマホで何回か見てたの知ってたからね。喜んでもらえて良かったよ。あ、俺も開けてみるね。」
ぱかっと勢いよく箱を開けた猿夫くん。わたしの精一杯の愛情を込めたプレゼント、どうか気に入ってくれますように……
「……!?こ、これは……すごい!俺がいつも買ってるブランドの最新のトレーニングウェアだ!……ん?でも見たことないデザインだな……」
「そのデザイン、どう?」
心臓が、どきどき、うるさい。やはり彼にプレゼントを渡すのは何度目であっても緊張する。特に今回はなおさら。
「……すごい!俺の理想だよ!この緊箍児のモチーフが入ったデザインってオーダー以外で見つけたことほとんど無いんだよね……真、これどこで見つけたの?」
「わ、わたし……」
「ん?」
「わたしが、デザインして、作ってもらったの……」
「…………!?えっ、え、えええ!?そ、そうなの!?」
「きゃっ!」
「あ、ご、ごめん!あまりにも驚いて……」
「えっと……」
猿夫くんは本当に驚いたようで、あれこれと事の経緯を尋ねてきた。実はわたしはこのスポーツブランドが発売しているスポーツウェアのデザインのお仕事に何度か関わったことがある。今回は冬のマラソンや駅伝などのイベントに向けたシューズやウェアのデザインに携わっていて、担当の方に、武術が大好きな旦那様のために世界に一つだけのトレーニングウェアをプレゼントしたい、と相談してみたところ、オーダーメイドを承ってくれたのだ。
「……だからね、これは世界にひとつだけ。あなたのためだけの、たったひとつだけの特別なプレゼント……これからもずっと応援してるよ。だってあなたは、わたしの最高のヒーローだもの……」
「真……ありがとう……こんな素敵な女の子が俺の妻だなんて……俺、世界一幸せな男だな……」
「わたしこそ、あなたといられるなんて世界一幸せな女の子だと思うよ……えへへ、猿夫くん、だいすき……」
「俺も大好き……キミがいてくれることが俺の人生のプレゼントだよ……」
「もう……いつも大袈裟だよ……」
このまま猿夫くんはそっとわたしを押し倒してきた。きっとエッチがしたかったのだろうけれど、睡魔の限界が来てしまったわたしは、お楽しみはまた明日ね、と告げて彼の唇におやすみのキスを送って目を閉じたのだった。
たったひとつのプレゼント
「おはよう、猿夫くん!朝ご飯できてるよ!」
「おはよう、ありがとう、今日の朝御飯も美味しそうだなあ……」
「えへへ、これ食べたらお出かけの準備しようね!」
「ん、クリスマスデート楽しもうね。」
「うん!」