灼熱地獄
季節は秋。そろそろ涼しくなってもいいはずなのに残暑はまだまだ厳しくて、灼熱の暑さと言っても過言ではないだろう。今日もアイスを食べる手が止まらない。


そしていつも通り、猿夫くんとふたりでアイスを食べていた時のこと。ひと口頂戴と言われて彼にアイスを差し出した。スプーンですくって、あーんして、とお願いして彼の口にアイスを運ぶと灼熱の太陽のような赤い顔で美味しいと呟かれて胸がきゅんっとしてしまった。アイスを食べ終わった後は周りに誰もいないことを確認してからちゅっとキスをして、ぎゅうっと抱きしめあっていたのだけれど丁度降りてきた峰田くんに見られてしまって、峰田くんは突然捲し立てるようにワーッと喋り出した。


「オマエらさぁ!!いつもいつもイチャイチャイチャイチャして何なんだよ!!ちょっとはオイラ達の非リア充の気持ちも考えろよ!!」

「ひりあじゅう……?」

「独り身の気持ちを考えろっつってんだよ!!もーオマエら今日一日抱き合うな!!」

「えっ……そ、そんなぁ、無理だよお……」

「オイラずーっと見てるからな!!」


まさか彼との愛の抱擁を禁止される日が来るなんて夢にも思わなかった。峰田くんの視線は突き刺さるようだ。わたしはさっと猿夫くんの後ろに隠れて尻尾にぎゅっと抱きついたのだけれど、峰田くんからやめろやめろと制止されてしまった。少しわたしもムキになってしまって、正面から猿夫くんにぴったりとくっついて、腕は回さないけれどまるで抱きついているように顔と胸とお腹とおまけに掌をぴったりと押し付けた。


「真?どうしたの?」

「抱きしめちゃだめって言うから……腕を回さなかったらいいかなって……」

「……可愛すぎ。」


猿夫くんはわたしの頭をなでなでしながら身体をぴったりとくっつけてくれた。これは抱きしめている判定にならないだろうか、なんて思っていると、またしても峰田くんがワーッと騒ぎ立てた。


「チクショーーー!!何なんだよマジで!!もう触るのも禁止だ!!喋るのも禁止!!」

「む……!!じーっ……」

「うっ……」


じーっと猿夫くんを見つめたら、何故か一歩後ろに下がられてしまった。嫌われちゃったかな、と下を向いたら、上から、あっ!と驚く声が聞こえた。ぱっと顔を上げるとお顔も尻尾も真っ赤にした猿夫くんが尻尾と両手をぱたぱたと動かしている。


「き、綺麗な目が……その、見つめられると、めちゃくちゃ可愛くて、その……」

「……!!じーっ……」

「うっ……!ああもう!無理だ!」

「きゃうっ!?い、痛いよお……」

「あっ!ご、ごめん!」


猿夫くんはわたしをむぎゅっと強く抱きしめてきた。あまりの力強さに少しだけ痛みを感じてしまうほど。だけどこの力強さは愛の証だ、なんて思えば全然へっちゃらだ。


「えへへ、だいすき、猿夫くん……」

「真……俺も大好きだよ……」

「……この灼熱地獄カップルがぁーーーっ!!」

「きゃっ!!」

「峰田、大声出すなよ。真が怖がってる。」


突然峰田くんが大きな声を出したから、びっくりして猿夫くんにぎゅうっと抱きついてしまった。身体が震えてしまったけれど、猿夫くんが背中をさすさすとさすってくれたから安心してすぐに震えは止まった。灼熱地獄だなんて、まるで今夏の暑さのような例えだ。それほどまでに嫌な気持ちにさせてしまったのだろうか。峰田くんには意地を張って申し訳ないことをしてしまった。もうここにはあまり来ない方がいいのかもしれない。わたしは猿夫くんのそばから離れて、峰田くんの元へ。


「峰田くん、ごめんなさい。わたしがいると、いやな気持ちになるよね……」

「えっ?い、いや、オイラ別にそこまでは……」

「ううん、いいの。ごめんなさい、もう、あんまり来ないようにするから……わたしのことはきらいでもいいけれど猿夫くんのことはきらいにならないで……仲良くしてあげてね。」

「あ、あの、統司ちゃ……」

「……おやすみなさい。」


じんわりと目に涙が溜まってしまって、わたしは猿夫くんにおやすみも言わずにそのままA組の寮を出た。自分のお部屋に戻ると、猿夫くんから心配のラインがたくさん届いていた。峰田くんから何か言われたのかと書いてあって、全然そんなことはない旨を伝えて、スマホを置いた。そして早めに明日の準備を終えて眠りについた。





あれから数日、わたしはA組の教室にも寮にも行かないようにしていた。猿夫くんのお顔を随分長いこと見ていない。それもそうだ、普通科のわたしとヒーロー科の彼では生活リズムが違うのだから。会う約束をしないとなかなか会えることはない。思えばいつも会いに行くのはわたしばかりだった。彼はわたしがいなくてもきっと、平気、なんだろうな。そんな寂しいことを考えていた今日のお昼休み、突然教室の入り口からわたしの名前を呼ぶ声が。声の主は、峰田くん……?


「統司ちゃん!は、早く来てくれ!」

「峰田くん?どうしたの?」

「お、お、尾白と別れたって本当か!?オイラのせいなのか!?」

「……えっ!?え、えぇ!?わ、わたし、そんなの知らないよ!?」

「えっ?で、でも尾白が、統司ちゃんに嫌われたって……最近の尾白、おかしいんだよ、訓練中もぼーっとしてるし、飯もまともに食えないみたいで……」

「そ、そうなの!?大変、すぐ行かなくちゃ……わ、わたし、A組に行ってもいい?」

「ああ、オイラはそのために来たんだ!早く行ってやってくれ!」

「う、うん、ありがとう!」


わたしは持ち前の足の速さを活かして足早にA組へと駆けつけた。猿夫くんは自分の席に突っ伏していて、だらんと尻尾を垂らしていた。あれは相当落ち込んでいる時だ。


「ま、猿夫くん……?」

「……ついに幻聴まで聴こえるのか……」

「猿夫くん、大丈夫?」

「真……会いたいよ……」

「猿夫くん、会いに来たよ?」

「……………………真っ!?」

「きゃあ!」


猿夫くんはわたしを思いっきり抱きしめてきた。幸いお昼休みで教室に人はちょっぴりしかいなかった。それも常闇くんや爆豪くんなどのあまり恋愛沙汰に興味のなさそうな人ばかり。わたしもそっと彼を抱きしめ返した。久しぶりの彼の声、体温、匂い、全てに安心する。やっぱりわたしにはこの人だけ……


「真、俺のこと嫌いになった?だから会いにきてくれなかったの?」

「そ、そんなことないよ!すっごく会いたかったよ!でも、峰田くんや他のみんながいやな気持ちになるかなって……」

「ど、どうして!?嫌な気持ちになんて……」

「わたしはヒーロー科でもないし、みんな気を遣ってくれるし、迷惑じゃないかなあって……」

「そ、そんな!女子は真が来るたびに嬉しそうにしてるし、上鳴や砂藤も喜んでるよ!誰も真のこと迷惑なんて思ってないよ!」

「で、でも……」


わたしが彼から一歩離れて、下を向いたその時だった。突然、奥の方からガタンと誰かが音を立てて立ち上がった。少しだけ顔を傾けるとそれが爆豪くんだとわかった。彼はいつものぶすっとした不機嫌そうな顔でのしのしと歩いてわたし達に近づいてきた。


「おい林檎。」

「わ、わたし?何かな……?」

「俺ァてめェが来ようが来まいがどーでもえーわ。うるせェわけでもねーし……好きにしろ。つーかこの尻尾どーにかしろ。コイツがダレてっと演習に支障が出んだよ。」


つまり彼の言いたいことは、迷惑じゃないし、逆にわたしが来ないと猿夫くんに元気がなくなってみんなが困るから好きに遊びにおいで、ということだろうか。


「えっと、わ、わかった……」

「ハッ、理解が早ェな。チッ、アホ面もちったァ見習えっつーんだ……」


爆豪くんは一瞬にやりと笑ったかと思いきや、今度はイラッとした表情になって、のしのしと歩いて教室を出て行った。猿夫くんは意味がわからず首を傾げていた。彼なりに優しい言葉をかけてくれたのだと伝えるととても驚いていた。爆豪くんって普段どんな人なんだろう……


「ま、まァ、爆豪の言う通り、いつだって好きな時に来ていいんだよ。みんな喜ぶし。」


来ていいんだよ、と言われて少しだけ胸がちくんと痛んだ。猿夫くんは、どうして、来てくれないの?気がつけばそれは口を衝いて出てしまっていた。


「猿夫くんは?来てくれないの?」

「えっ?」

「いつもわたしから会いに行ってるから……あのね、たまには、猿夫くんからも、来てくれない、かなあ……」


勇気を出して自分の想いを絞り出した。じいっと彼のお顔を見つめていると、みるみるうちに赤くなっていった。まるで、灼熱の太陽みたいに。


「……行っていいなら毎日でも行っちゃうよ?俺こそ、迷惑にならないか心配で自分から行くの我慢してたんだけど……」

「そ、そんな!全然迷惑じゃないよ!その、みんなから茶化されるかもしれないけど、わたしは、猿夫くんと毎日でも会いたいから……その、す、す、すき、だから……」

「真……俺も、す、す、好き、だよ……」

「猿夫くん……」

「真……」


気がつけば教室には誰もいなくなっていた。これもきっとお気遣い、というやつなのだろうか。少し申し訳なく感じたけれど、お昼休みはいつも誰もいなくなるんだ、という彼の言葉にほっとした。そして、誰もいないのをいいことに、彼はわたしを思いっきり抱きしめて何度も何度も柔らかくて熱い唇をわたしのそれに押し付けてきたのだった。





灼熱地獄




「ん……ま……まし……」

「ん……真……好き……」

「っ……はぁ……猿夫くんっ!学校ではだめ!」

「ご、ごめん、久々だからつい……」



***



「峰田、これお前のせいだからお前が入ってなんとかしろよなー。」

「バ、バカ言え!こんな灼熱地獄に足を踏み入れるなんて自殺行為だ!瀬呂!お前が行け!」

「ハァ!?なんで俺が……って轟!?」


ガラッ


「ほえっ!?あ、と、轟く……寒っ!えっ!?ど、どうしたの!?そんなに冷気出して……」

「ん?いや、外で峰田とか瀬呂とかが灼熱地獄っつってたから冷やそうかと……でも別にそんな暑くねェな。」

「……えっ?じゃ、じゃあ、い、今の、み、見られて……い、い、い、いやあああああっ!!」

「あっ!!真っ!?」

「いやあああ!!しばらく来れないよお〜!!」






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