ひめはじめ
大晦日の夜、大体の生徒が実家に帰省しているせいか、いつもは賑やかな寮内がシーンとしてしまっている。昨年の猿夫くんは、わたしがひとりぼっちになるのは心配だからとご実家にお誘いしてくれたのだけれど、今年は特にお呼びはかからず。でも、今年は帰らないお友達が何人かいるから寂しいというわけではない。そのお友達たちと、轟くんからお勧めされた通販のお蕎麦を一緒にいただいて、お腹いっぱいでゆったりとした時間を過ごしていたところ、寮の入り口のドアが開いた。パッと顔を向けると大きな箱を持った師匠と、丹前を着て震えている猿夫くんが立っていた。


「統司、これ、作りすぎちまったからお裾分けだ。みんなで食ってくれ。」

「あ、ありがとう……あの、どうして猿夫くんが……?師匠はご実家が鳥取だから仕方ないけど……」

「あ、うん、あのさ、この近くの神社に、初詣、行かない?」


寒いからか、猿夫くんの言葉は途切れ途切れで。わたしは彼と師匠の手を引いて、急いでロビーまで連れて行った。ホットココアを用意して、D組のお友達も一緒に、師匠が持ってきてくれたクッキーを摘みながらお話の続きを聞くことに。


「初詣……ダメ、かな?寒いし、夜も遅いし……」

「ダメじゃないけど、えっと、ふたりで行くの?師匠は?」

「ん?おう、俺は新年を祝うケーキのデコレーションでも考えてっからよ。つーか寒ィのあんま得意じゃねーんだよなァ。轟か爆豪でもいりゃなァ……」

「そっかぁ……あ、みんなはどうするの?」


D組のお友達にも話を振ってみたけれど、寒いから今は行かないという人もいれば、この後友達同士で参拝するという人も。むしろ、折角だからふたりきりで行ってきなよとみんなからぐいぐいと後押しされる始末。ふたりで顔を見合わせてへらりと笑い合うと、背後からお友達のみんなが1時間後にここで、と勝手に約束して一旦解散することになってしまった。


さて、彼等を見送ってからゆっくり外出の準備をしようかと思いきや、突然誰かにガシッと腕を掴まれた。振り返ると、手芸部、茶道部のお友達がニコニコしながら立っていた。


「統司さん!初詣でしょ!?振袖着るよね!?髪とかアップするよね!?」

「えっ?あ、あの、わたし……」

「大丈夫大丈夫!着物のことなら私に任せて!一度でいいから真ちゃんに着物着せてみたかったんだよねぇ……」

「えっ、えぇ?あ、ちょっと……!」


こうして彼女達に攫われてしまい、あっという間に1時間が経過してしまった。猿夫くんがお迎えに来てくれた時、わたしが振袖姿で待っていたもんだから、彼は驚きのあまりに石になってしまったかのようにぴしっと固まってしまっていた。


「猿夫くん……?」

「な、なんて綺麗なんだ……」

「も、もう!またお世辞ばっかり……」


お互い照れ照れし合っていたら、クラスのお友達から真冬でもアツアツだねぇと茶化されてしまった。恥ずかしくて、わたしはすぐに彼の手を引いて寮を出た。猿夫くんから外出のことを先生達に伝えてあったようで、神社の近くまでプレゼントマイク先生がお送りしてくれた。





「うわあ……ぎゅうぎゅうだねえ……」

「さすが大晦日……手、離しちゃダメだからね。」

「うん、猿夫くんも、離さないでね……」


ふたりで指を絡めてぎゅっと手と手を繋いだら、指先から全身へぶわっと熱が広がった。真冬なんて関係ない、わたしと彼の愛の熱は決して冷めることはないのだ。


「……みんな真のこと見てない?」

「えっ?そ、そう?そんなこと……」

「振袖姿……めちゃくちゃ綺麗だもんな……あ、いや、普段もすごく可愛らしいんだけど……」

「も、もう!年末までそんなばかなこと言わないでよ……」

「本当のことなんだけどな……」


少し雪もチラついていて、こんなにお外は寒いのに、わたしの顔はまるで火がついたように熱くなってしまった。首元に巻かれているファーが暑いと感じるほどだ。


猿夫くんと手を繋いで歩いていると、いつの間にか拝殿のすぐ目の前に到着していた。順番待ちをしている間は、お互いの実家のお雑煮の具のことや、冬休み前のテストのこと、他にもたくさんのお話をして、あっという間にわたし達の番になっていた。手を離して、ふたりで姿勢を正して2回お辞儀をして、お賽銭を投げて、2回手を叩いて、目を閉じてお願い事をした。来年も猿夫くんと楽しい時間を過ごせますように……できればその次の年も、その次も…………と強くお願いして、ぱちりと目を開けてぺこりと頭を下げた途端、がしっと右手を掴まれた。猿夫くんの、大きな手。ぎゅっと握り返すと、彼の尻尾がゆらゆらと嬉しそうに揺れていた。


「何お願いしたの?」

「えっ?うーん……えへへ、秘密!猿夫くんは?」

「えぇ?俺も秘密だよ!」

「えへへ、これからもずーっと猿夫くんと楽しく過ごせますように、ってお願いしたよ!」

「……ちょっと来て。」

「えっ?あっ、ま、待ってよお……」


お願い事を教えてあげた途端、猿夫くんはわたしの手をぐいっと引いて、少し早足で拝殿の裏側に向かって歩いて行った。この辺りは明かりもないし、人も全然いないのに。もしかして、わたしのお願い事、嫌だったのかな……なんて心配は杞憂に過ぎなくて。突然むぎゅっと強く抱きしめられた。


「ほえっ……ま、猿夫くん?」

「可愛すぎる……ごめん、我慢できなかった……」


彼がそう呟いた時、少し遠くから除夜の鐘が鳴り始めた。そういえば、108回って、煩悩の数、なんだっけ……なんだか、今の彼にぴったりで、思わずふふっと声を出して笑ってしまった。


「ふふ……だめだよ、神様が見てるよ?」

「う……そ、そう言われると……」

「えっと、ひ、ひめ、はじめ?って言うんだっけ……そういうのは、帰ってから、ね……?」

「……姫初めの意味わかってる?」

「えっ?秘め初め、じゃないの……?新年最初の秘密ごと……じゃないの?」

「……まぁ、ある意味秘め事か。」

「えっ?どういう……んむ……」


小さく呟いた猿夫くんはわたしの言葉を優しいキスで遮ってしまった。除夜の鐘が響いている間、何度も何度も角度を変えながら彼と唇を擦り合わせるようにキスをしていた。ちらりと横目でスマホを覗き込んだら時刻は既に1月1日を迎えていた。わたしの年末と年始はキスで終わりキスで始まってしまったのか。なんだかちょっぴり恥ずかしいけれど、すごく幸せなことだと感じて、彼の背に腕を回して、ぎゅうっと強く抱きついた。


「もう……神様が見てるって言ったのに……」

「……神様が見てる前で愛情表現しただけだよ。」

「ばか……えへへ、今年もよろしくね。」

「こちらこそ、今年もよろしく。」


それからもう一度、ちゅっと触れ合うだけのキスをして、ふたりで手を繋いで学校まで歩いて帰ることにした。帰り道、彼が神社でどんなお願い事をしたのかしつこく聞いてみたのだけれど、秘密だよ、の一言でかわされてしまい、結局彼のお願い事を知ることはできなかったのだった。





ひめはじめ




「ねぇ、何お願いしたの?」

「え?うーん……立派なヒーローになれますように、ってね。」

「……わたしの目を見て言ってくれる?」

「う……正直に言うの、恥ずかしいんだよな……」

「教えてほしいな……」

「……!だめ、秘密。秘め初めだよ、ほら、新年最初の秘密事!」

「えぇ!?ずるいよお!」





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