さて、今日も授業が終わってこれからみんなと演習場で訓練だ。荷物を鞄に詰めて、席を立とうとしたら尻尾をぐいっと引っ張られた。こんなことをするのは一人しかいない。
「上鳴、用があるなら口で言えよ……」
「言おうとしたら先に立たれたんだって!あのさ、今日真ちゃんと会う?」
「えっ?今日は真が来る用事ないけど……」
「じゃあ今からすぐ行かねーと!英語の教科書借りてんだよね!」
「あっ、じゃあ俺が行くよ、今日会えてないから会いたいし……」
「マジ?いやー助かる!ほら、俺日直もあっからさー……」
悪い悪いと謝る上鳴から教科書を預かって早足でD組の教室へ向かった。共同スペースだと場所が限られてしまうからと最近は放課後にクラスメイトと教室に残って勉強会をしていると言っていたからまだ残っているに違いない。訓練の前に愛しい彼女の可愛い笑顔が見たくて教室のドアに手をかけた途端、中から俺の名前が聞こえて咄嗟に教室から見えない位置にパッと退いてしまった。
「しかし統司、尾白のどこがいいんだ?」
確かに。真は俺なんかのどこを気に入ってくれているのだろうか。いつも俺が聞いても恥ずかしそうに笑うだけで全然答えてくれないから気になって気になって仕方ない。そっと耳を壁に当てて必死に彼女の声を聞き取った。
「えっ?全部だよ。努力家でどんなことにも一生懸命で、とっても誠実だし、いつも優しいし、頭も良いし、背が高くてすらっとしてるし、強くてかっこいいし、お顔も整ってるし……わたしなんかには勿体ない本当に素敵なひと……えへへ……」
「お、おぉ……まぁ、均整は取れてるけどどー考えてもイケメンではなくね?個性も尻尾生えてるだけだろ?」
「まぁフツーって感じよね。いわゆるフツメン。うちらも意外だってビックリしたよね。」
「うん、あの真ちゃんに彼氏ができたって聞いた時はどんな美形だろーってすごく想像したよね……でも案外フツーというかなんというか……」
普通。そう、聞き慣れた言葉だ。俺の印象といえばまさに普通。良くも悪くもとれるこの言葉がよく似合うのが俺という人間なのだ。はぁ、と溜息を吐いた瞬間、ガタッと大きな音が聞こえた。次の瞬間、その音は真が勢いよく立ち上がったものだとわかった。
「みんなにとっては普通でも、わたしにとっては普通じゃないもん!世界一かっこいいもん!みんなは知らないんだよ!猿夫くんがどれだけ優しくて強くてかっこいいのか……でもね、将来絶対素敵なヒーローになるんだから、みんな嫌でも知ることになるんだよ!!」
真は俺のことをそんな風に見てくれているのか……よく普通だ普通だと揶揄されるたびにグサッと刺さるものがあったけれど、彼女はいつだって俺のことを良い意味で普通じゃないと言ってくれる。そしてとびきりの笑顔で俺なんかには勿体無い素敵な言葉を沢山贈ってくれるのだ。一体どうしてあんなに可愛い子が俺なんかのことを……
「普段あんな大人しい統司が……」
「中学で真にフラれた男子は数知れず……告白すらさせてもらえない男子の方が多くてさぁ……それが今じゃこうだよ……」
「も、もう!その話はやめてよ!だってわたし男の子あんまり好きじゃなかったんだもの……でもね、猿夫くんがいてくれるから、男の子とも安心してお友達になれるようになったんだよ……えへへ……」
きっと両手を頬に当てて微笑んでいるに違いない。声色だけで彼女の様子など丸わかりだ。
「……やっぱ統司って可愛いよな。」
「だよなぁ……経営科の友達が、入学してすぐ統司に一目惚れしちまってたし……」
「真は可愛いだけじゃなくて頭も良いし優しいし、男なんて選り取り見取り選び放題だよね。」
「でも、尾白くんが一番なんでしょ?」
「や、やだもう……みんないつもそうやってお世辞ばっかり……でもね、猿夫くんより素敵な人は中々……ううん、絶対いないよ……あ、で、でもみんなの好きな人がかっこよくないって言ってるんじゃないよ!?わたしにとっては、ってことだよ!」
ここまで想われているなんて……俺はなんて幸せな男なんだろう。今まで普通と揶揄されることが多く、あまり持て囃された経験もないからか、こんな時にどんな反応をすればいいのかわからない。身体中の力が抜けてその場に蹲み込んでしまった。口元は緩みそうなのに、目頭は熱い。鼻がつんとする。あ、やばい。泣きそ……
「まっ、猿夫くん!?どうしたの!?なんで泣いてるの!?えっ、やだ、猿夫くんっ!!」
「あ……い、いや、これは……んぶっ!!」
「大丈夫……そばにいるよ……ずーっと、あなたのこと、応援してる……だいすき……猿夫くん……」
俺の顔は真のふくよかな胸に埋まっていた。甘い香りと優しい柔らかさと温かさに堪らない安心感を覚えて、彼女の背にそっと腕を回してみると、いつも俺がしているようにとんとんと背中を優しく叩いてくれた。
「……真、ありがとう。」
「えっ?」
「俺のこと、あんな風に想ってくれて……すごく嬉しかった、ありがとう。」
「……き、き、聞いてたの!?や、やだ、は、恥ずかしい……」
かあっと真っ赤になった頬に小さな両手を当てて恥ずかしがる彼女の可愛さは極上の可愛さだ。普通に可愛いなんて言葉じゃ表せない、普通じゃない可愛さ。俺が普通の代名詞なら、彼女は可愛いの代名詞だろう。
「俺も大好きだよ。俺、何もかも普通でつまんない奴だけど……キミへの気持ちは全然普通なんかじゃないよ……」
「猿夫くん……わたしも、だいすき……わたしも、わたしも普通なんかじゃないよ……すごくすごくだいすきで……毎日、どきどきして止まらないの……」
「嬉しいよ……俺、真のことずーっと守るから……」
「嬉しい……ずーっとそばにいてほしい……」
「喜んで……」
彼女の小さな手をゆっくりと退けて、柔らかな頬に手を添えて、瑞々しい果実のような唇にそっと触れるだけのキスをした。お互い顔を林檎のように真っ赤にさせながらじいっと見つめ合って、もう一度唇を重ねようとした時だった。
「うわっ!生チュー!?すっげ……」
「……!?ご、ごめん!!」
「きゃあああっ!!」
真は俺からぱっと離れて親友の背の高い女子の後ろに隠れてしまった。
「あっ!!あーあ、もうちょっとだったのに……」
「真もあんな顔するんだね……」
「み、みんなのばか!!面白がっちゃダメなんだから!!」
「いーじゃん!する前だったんだし!」
どうやら先のキスは見られていなかったようだ。林檎っ面の真とぱちりと目が合った時、彼女は恥ずかしそうに両手を頬に当てて口角を上げていた。ぶっちゃけこの可愛さは殺人級だ。彼女にとって俺は普通じゃないらしいけれど、どうやら俺にとっても彼女は普通じゃないらしい……
普通じゃない
「きゃあっ!猿夫くん!?どうしたの!?」
「は、鼻血が……」
「な、何で!?あ、横になった方が……そ、そうだ、ひ、膝枕……な、何でもっとひどくなってるの!?」
「そ、想像したら……ぐっ……」
「だ、大丈夫!?ご、ごめんね、わたし……」
「ふ、普通じゃない可愛さって危険なんだな……」