優しいキスを
雄英高校体育祭、午後の部。最初の全員参加レクリエーションではやはり借り物競走があるとのことで。昨年の借り物は【異性の好きな人】だったから、わたしは猿夫くんと手を繋いで一緒にゴールしてもらった。さて、今年はどんな借り物を引くのだろう。


列に並んで友達と楽しく話しながら自分の番を待っていると、あっという間にその時はやってきた。ぱんっとピストルの音がしたと同時にわたしはスタートを切って、一目散に借り物カードを取りに行った。昨年は林檎のような赤色のカードだったけれど、今年は猿夫くんの綺麗な金髪と同じ金色に光るカードを手に取った。ぱっと裏返しにしてみると、そこには衝撃的な文字が。





【ファーストキスの相手】





「……ふぁ、ふぁーすときすの相手!?」


大声で叫んでしまったもんだから、みんなの注目を集めてしまったようで、そこら中から「統司のファーストキスの相手!?」と騒がれてしまっている。彼とのファーストキス……とても優しいキスだったな……ちょっぴりしょっぱい涙の味……や、やだ、恥ずかしい……と過去に想いを馳せながら両手で顔を覆っていると、スタンドから大きな声でわたしの名前を呼ぶ声が。この声は、わたしのお兄ちゃんだ。


「真ーっ!ファーストキスの相手だって?俺が一緒に走ってやろうか!」

「ば、ばかなこと言わないでよ!わたしのファーストキスの相手はお兄ちゃんじゃないもん!」

「何ィ!?小っちゃい頃はお兄ちゃんだいちゅき〜なんて言いながら俺のほっぺに……!」

「そ、そんなのカウントに入らないよ!本当のファーストキスは……お口のキスは猿夫くんだけだもん!猿夫くん!どこ!?どこにいるの!?」


お兄ちゃんとの言い争いで気が大きくなっていたわたしはファーストキスの相手の名を口にしてしまった。猿夫くん、そう叫んだ途端、周りがざわざわと騒めきだした。わたしと猿夫くんは学内一のラブラブカップルだなんて揶揄われるほど有名なのだから、知らない人なんていないはずなのに。しかし、彼を大声で呼んだけれどなかなか現れてくれない。彼の方が恥ずかしがっているのだろうか……仕方ない……こうなったら……


「たすけて!テイルマン!負けちゃうよお!」


ぎゅっと目を瞑って、たすけて、と叫んだその時。少し遠くの方から慌ただしく走ってくるような足音が。きっと、きっと彼に違いない。


「真!大丈夫!?転んでない!?どこか痛くない!?」

「きゃあっ!」


あっという間に跳んで来た猿夫くんに思いっきり抱きしめられてしまった。彼はわたしの身体を隅から隅までチェックして、どこにも怪我が無いことを確認するとホッと胸を撫で下ろしていた。彼は少し屈んでわたしの顔をじいっと覗き込んできて、どうしたの?ととても心配そうな顔で尋ねてきた。胸がきゅんきゅんと締め付けられる。わたしのファーストキスの相手はなんでこんなにかっこいいのだろうか。


「真?」

「……あっ!あのね、あの、借り物競争、今年も一緒に走ってほしいの……だめ……?」

「そうなの?俺で役に立てるなら一緒に行くよ。ほら、行こう。」

「う、うん!ありがとう!えへへ、嬉しいっ!」


猿夫くんはにっこり笑いながら大きな手を差し伸べてくれた。わたしは彼の手をぎゅっと握って、ふたりで一緒に走り出した。幸い足が速いから、彼の大きな歩幅に遅れることなく着いて行き、今年も無事に一等賞を取ることができた。ゴールした後、足を止めて彼にお礼を述べようと振り向いたら、彼は再び身を屈めてわたしの顔を覗き込んできた。


「借り物は何だったの?」

「えっ?え、え、えーと……」


まさか、ファーストキスの相手、だなんて言いづらくて。だけど彼に嘘なんてつきたくない。少ししどろもどろになりながら彼に本当のことを伝えようとしたのだけれど。


「あ、あのね、ふ、ふ……」

「統司、意外とやるねー。みんなの前でファーストキスの相手を連れて走るなんて。」

「……はぁ!?ふ……ファーストキス!?」


横から突然、同じクラスの男の子がニヤニヤしながら彼の肩をぽんっと叩いてそう言った。猿夫くんは珍しく狼狽えているようで、お顔も尻尾も真っ赤にさせてしゃがみ込んでぎゅっと身を縮こませていた。恥ずかしい思いをさせてしまったことになんだか申し訳なさを感じてしまう。


「ご、ごめんね……恥ずかしかったよね……」

「い、いや、えっと……」

「うん……?」

「俺もファーストキスの相手は真なんだ……」

「……えっ!?えっ、えぇ!?そ、そ、そうなの!?」


真っ赤な顔でどこか他所を向きながらこくんと頷いた猿夫くんを見ればこれが嘘じゃないことは明白だ。彼はわたしが初めての彼女だと言っていたけれど、ひょっとしてわたしに気を遣っているんじゃないかとばかり思ったこともある。けれど、やっと確信を持てた。わたしも彼も、お互いが初めてなのだ。何もかもが初めての相手。なんだかわたしも顔が熱くなってしまって、思わず両手を頬にぎゅうっと押し付けてしまった。恥ずかしくて彼の方を見ることができない。


「……安心した。」

「えっ?」

「真はすごく可愛いから……いや、彼氏がいなかったのは知ってるんだけどね、その、男から無理矢理手を出されたりしてなかったことに……」

「そっ、そんな……わたしなんかにそんなことするひといないよ!」

「うーん……なるほどね、可愛すぎてみんな手を出せなかったんだろうな……」

「な、な、な、何言ってるの!?」


いつものように猿夫くんが訳のわからないことを言い出すもんだからどんどん顔が熱くなってしまって、少しばかりくらくらしてきてしまった。大丈夫?、と彼がわたしの額に手を添えてきて、じいっと顔を覗き込んできた。かっこいい彼のお顔がこんなに近くに……は、恥ずかしい……


「あ、う……あ、あ、の……」

「どこか調子悪い?日陰に行こうか。」

「きゃうっ……!あ、ありがとう……」


猿夫くんはひょいっとわたしをお姫様抱っこしてすたすたと日陰へ歩いて行く。まるで王子様だ。こんな風にわたしの身体に触れていいのは後にも先にもこの人だけ。もちろん、キスをしていいのもこの人だけ。ファーストキスだけじゃなくて、ラストキスも、ううん、キスだけじゃなくて、わたしの全てがずっと彼だけのものなのだ。わたしが初めて愛した人。わたしのいちばん大切な、いちばん大好きな人。


「猿夫くん、すき……だいすき……」

「わっ!真……?」

「えへへ……だぁいすき……」

「可愛すぎるよ……俺も大好き……」


彼に抱かれて人目につかないところへ着いてから、わたしは彼の首に腕を回して優しく唇を触れさせるだけのキスをした。彼のお顔が林檎のようにぽっと赤くなったのがとても可愛らしくて、たまらずもう一度キスをしたら、我慢できなくなるからあと一回、と優しいキスをし返された。それからもう一回、あと一回、やっぱりもう一回、を繰り返して、結局いつも通り、何度も何度も終わらない優しいキスを繰り返したのだった。






優しいキスを




「猿夫くんのキス、すごく優しい……だいすき……」

「真のこと、大事にしたいし……その、何度しても緊張しちゃうっていうか……」

「嬉しい……えへへ、わたし、幸せ……」

「俺も幸せだよ……あ、そういえば、俺達お互いがファーストキスの相手ってみんなの前で言っちゃったね。」

「……きゃああああっ!恥ずかしい!」

「……いいんじゃないかな、真に手を出そうとする男が減るのはいいことだし。」

「だからそんな人いないってば……」

「……もう一回、キスしていい?」

「えっ……う、うん……何回でも……」





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