熱くて甘い
昨年のバレンタインはわたしがぷりぷりと怒っちゃうわ、わんわんと泣き喚くわでとても大変だった。猿夫くんがモテモテなのは仕方のないことなのに、心の狭いわたしはやきもちを妬いて彼を困らせて怒らせてしまって……でも、これからもずっとそのままでいてほしいと言ってくれた優しい彼にますます惚れ直してしまって……なんて甘い想い出に浸っていると、オーブンの停止音が鳴ったのが聞こえてきた。ミトンをつけてオーブンを開けると、師匠直伝のガトーショコラが綺麗に焼き上がっていた。


「で、できたあ……!はわぁ……良い匂いっ……!」

「おう!よく頑張ったな!」

「師匠のおかげだよお!ありがとう!猿夫くん、喜んでくれるかな……?」

「当たり前だろ!あいつ、ここ数日毎日楽しみにしてたしなァ……」

「ほっ、本当!?えへへ、嬉しい……」


いつもいつも本当にラブラブだよなぁ、と半ば師匠に呆れられながらもせっせとラッピングを済ませていく。師匠は手先が本当に器用で、ここはこう折った方が綺麗だよ、とか、リボンはこうやって結んだほうが可愛いよ、とか、いろんなことを教えてくれる。さて、可愛くラッピングができたところで、あとは明日のバレンタイン本番に彼にこれを渡すだけ……





というわけでバレンタイン当日。幸い今日は日曜日。起きてさっさと支度を済ませて、可愛い服を着て、とびきりの愛を込めたガトーショコラを持って愛しい愛しい彼のお部屋へと向かった。こつんこつん、と2回ノックをすると、すぐにお部屋のドアは開いた。


「猿夫くん、おはよう!あのね、バレンタインのチョコ、持ってきたの……入っても、いい?」

「お、おはよう!もちろんだよ、どうぞ!」

「ありがとう!お邪魔します……きゃっ!」


彼のお部屋に入ってドアが閉まると同時に、ぎゅうっと抱きしめられた。チョコが潰れちゃうから、と少し身を捩ったら、彼は慌ててわたしの身体を離してくれた。


「Will you be my Valentine?」

「えっ?え、えっと……」

「わたしの特別になってくれますか、っていう意味だよ。えへへ、もう特別なんだけどね、一応、ね……」

「そ、そっか……お、俺でよければぜひ……」


わたしがすっと差し出したチョコを受け取った猿夫くんはぼんっと真っ赤なお顔になってしまった。どうしたの?と聞くと、今日の真がとびきり可愛いから、なんてことを恥ずかしそうに呟いた。好きな人からそんなことを言われて喜ばないはずもなく、わたしは急激に熱くなった顔を両手で抑えることしかできなくて。


「や、やだ、恥ずかしい……」

「可愛すぎ……あ、これ、開けてみてもいい?」

「う、うん!あ、紙皿も持ってきたから一緒に食べてもいい……?あんまり美味しそうで、自分の分も作っちゃったの……」

「もちろん、一緒に食べようよ。俺、飲み物とってくるね。真はココア飲むでしょ?」

「うん!ありがとう!」


猿夫くんは尻尾をゆらゆらと揺らしながらお部屋を出て行った。ふと、彼の机の上を見ると、5,6個のチョコレートが置いてあるのが見えた。また、女の子にチョコを貰ったのだろう。でも、仕方のないこと。彼はとてもかっこいいのだから。わたし以外にも、彼のことを好きになってしまう女の子はごまんといるに決まっている。悲しくなんて、ない。わがままは、言わない。嫌われ、たくない……


「ごめんね、待たせ……真!?な、なんでそんな悲しそうな顔してるの!?」

「えっ……あ、う、ううん、な、何でも、ない、の。」

「あっ……可愛いなぁ、本当に……」

「きゃうっ……」


猿夫くんは持ってきたトレーを机に置くと、わたしをぎゅうっと抱きしめてくれた。頭を撫でてくれて、背中をとんとんと優しく叩いてくれるのがとても気持ちよくて、思わずすりすりと彼の胸に頬擦りをしてしまう。


「やきもち、妬いたんでしょ?」

「うん……ごめんなさい……」

「くくっ……俺、愛されてるなぁ……真、あれはね、俺のじゃないんだよ。」

「えっ?じゃ、じゃあ、誰の?」

「真のだよ。」

「……わっ、わたし!?」


猿夫くんは机の上のチョコを持ってきて、はいっとわたしに差し出した。メッセージカードには本当に統司さんへ、真ちゃんへと書かれている。一体、誰から……


「これをくれた人達はね、俺の彼女の好きなものがチョコレートって知ってたみたいで、ふたりで食べてください、って言ってたんだ。」

「そ、そうなの……?」

「そう、だから、これはふたりのもの。一緒に食べるでしょ?」

「……うん!食べる!えへへ、ホワイトデーもふたりでお返ししなきゃね……」


危うくまたしても誤解で彼を困らせてしまうところだった。わたしはいただいたチョコの箱を開けて、彼はわたしが捧げたチョコを開けて、ふたりしてわあっと目を輝かせながら目の前に広がる幸せな光景をまじまじと見つめた。


「す、すごい、真、本当お菓子作り上手になったよね……」

「わあ……みんなのチョコ、とっても可愛い……」

「手作りは真のだけみたいだね。」

「だ、だって、わたしは、あなたに、とびきりの愛を込めて……は、恥ずかしい……」

「去年食べ損ねたし、今年はちゃんと味わって食べなきゃな……真、ありがとう……」

「んっ……」


猿夫くんはわたしの頬に手を添えながら、そっと唇を重ねてきた。唇を擦り合わせるキス、これは口を開けての合図。小さく口を開けると、彼の熱い舌が口の中に入ってきて、わたしの舌を絡めとった。ちゅっちゅと水音が聞こえるたびに、電気が走っているように身体がぴくんぴくんと跳ねて、あまりの心地良さに全身が蕩けそうになってしまう。口端から涎が垂れているけれど、舌と舌を絡め合うのがやめられない。すごく、すごく、きもち、いい……


「……はぁ……真?」

「…………はっ、はぁ……んっ……」

「真!?大丈夫!?」

「……ん、ぅ……きもち、い……」

「真、しっかりして!ご、ごめんね、あんまり可愛すぎて、俺……」





猿夫くんとの熱くて甘いキスのおかげで本当に蕩けきってしまったわたしは気を失う寸前で。はっ、と意識がはっきりした時、彼は何度も何度も頭を下げて謝ってきたから、彼の唇にもう一度、触れるだけのキスをしてその口を塞いでやった。


「ごめんね、大丈……んっ……」

「……えへへ、わたし、すっごく幸せ!ね、早くチョコ食べよう?」

「そ、そうだね。」


ふたりでチョコを摘みながら温かいココアを飲んで、時折何度かキスをして、熱くて甘い時間を過ごした。さて、あんなにたくさんあったチョコもあと一箱。これはわたしのお気に入りのあのお店の個数限定のチョコレートだ。毎年好んで買っていたからその美味しさは誰よりもよく知っている。この箱に入っている個数は5つ。ぱかっと蓋を開けると、つやつやと輝く丸いチョコレートが5つ入っていた。わたしと猿夫くんはひょいっと指で摘んでお口へぱくり。うん、やっぱり美味しい。もう一つずつ、ぱくり。あと、ひとつ。


「真、食べていいよ。」

「えっ?いいよお、バレンタインデーだもん、猿夫くんが食べなよ。」

「いやいや、チョコ好きなんだし食べなよ。」

「いやいや……」


お互いに譲り合って一歩も引かない。わたしとしてはこのとても美味しいチョコを大好きな猿夫くんに食べて欲しいのだけれど、どうやら彼も同じ気持ちらしい。どうにかして一緒に食べられないかな、と思った矢先にかなり恥ずかしいことを思いついた。その証拠にぼっと火がついたように顔が熱くなってしまった。思わず両手で顔を覆うと、猿夫くんはどうしたの?とわたしの顔を覗き込んできた。


「……い、一緒に、食べる?」

「えっ?どういうこと?」

「こ、こ、こう、する、の。」

「……!?えっ!?えっ、と……」


最後の一粒をわたしの唇に挟んで、猿夫くんのお顔をじいっと見つめた。少しだけ顔を前に出すと、彼の喉仏が上下に動いた。けれど、彼自身は動かない。もしかして、はしたない子だと思われてしまったのだろうか。


「……!あ、ご、ごめん!そ、その、い、いいの?俺、また我慢できずに、その、激しいキスしちゃうかも……」

「ひへ、ほひい……」

「い、いいの……?」

「うん……んっ、んぅ……」


猿夫くんはわたしの頬に手を添えて、そっと唇を重ねてきた。お互いの熱でわたしの唇に挟んであるチョコが溶けて、彼の舌がわたしの舌を絡めとった。口端から溶けたチョコの混ざった涎がつーっと垂れたら、彼にぺろりと舐められた。それからまた唇を重ねて、チョコの味がしなくなるまでちゅっちゅと水音を立てながら舌を絡め合った。唇を離した時、わたしと彼の舌先は透明な糸で繋がれていた。


「はっ……はぁ……真、大丈夫……?」

「ん、ぅ……きもち、い……はぁ……だい、じょ、ぶ……」

「可愛い……もう一回、キスしていい?」

「うん……いっぱい、して……」





チョコがなくなってからも愛情たっぷりの優しいキスを繰り返した。わたしと彼の熱くて甘い時間は今日いっぱい延々と続くと思ったのだけれど、数分後、透ちゃんをはじめとしたA組の女の子たちの義理チョコのお届けによって熱くて甘い蕩けるキスの時間は終わりを迎えてしまったのだった。





熱くて甘い




「真、どのチョコが一番美味しかった?」

「えっ?うーん、やっぱりあのお店のチョコかな!猿夫くんは?」

「真の手作りのガトーショコラも美味しかったんだけど……やっぱり最後の一粒かな……熱くて甘くて柔らかくて気持ちよくて……最高だったな……」

「あ……や、やだ、は、恥ずかしい……」

「ホワイトデー、楽しみにしててね……」




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