徹夜の公安組 01 / 翠川唯の場合


外交会場の警備計画を練るため必要な資料や情報を集めて早三日。わたしの仕事が終わらないと何も始められないため、寝ずに駆けずりまわった。その甲斐あって期限よりも大分早く終わることが出来た。
あとはこのファイルを降谷さんに渡し、説明をすれば今回のわたしの仕事は終わりである。

「翠川です、失礼します」

降谷さんのデスクは私たちと同じフロアだがパーテーションで隔離されている。
ノックしてからその中に入ると風見さんもいた。話中だったか、タイミングがよくなかったかも。
わたしの方が急ぎの仕事らしく、風見さんとの話は打ち切られた。

「唯か、ひどい顔だな」

「一生懸命仕事をしてきた部下に対してなんてこと言うんですか」

「本当のことだから仕様がないだろう」

「だからって労いより先に言うことじゃないでしょう、しかも女性に向かって。風見さんもそう思いますよね」

急に話を振られて、風見さんがはあとため息をついた。

「目が座ってますよ、唯さん。何日寝てないんですか」

風見さんにまで辛辣なことを言われて、ようやく自分がどんな顔をしているのか理解した。

「……三日です」

「たった三日か、お前もまだまだだな」

呆れるように降谷さんはふっと笑った。よくわからない戦いになっているが悔しくなってくるのは何故なんだ。
この上司は四日寝なくても顔には出さないので何も言い返せない。反抗するように纏めたファイルを降谷さんのデスクにどんっと置いた。

「降谷さん、子供みたいな言い合いはやめてください。早く警備計画を立てられるように頑張ってくれた結果でしょう」

上司よりも風見さんが先に優しい言葉をかけてくれた。嬉しくて思わず隣に立っていたその人の腰に抱き着く。

「そんなこと言ってくれるのは風見さんだけですぅ」

「っ……ちょっ、唯さん!急になんですか!?」

風見さんも公安だけあってガッシリしているなあ。
寝てないのもあるが、ここが安心できる場所で妙にテンションが上がる。抱きしめるわたしの腕を急いで外そうとする風見さんが少し可愛い。それにしても、正面からの視線が痛いような気がする。

「あの!唯さん、冗談でもこういうことは……」

「唯」

低くて鋭い声がわたしの名を呼ぶと、びくっと風見さんの体の動きが止まった。
なんでそんなに怖い声を出すのだ。風見さんが怯えているじゃないか。
じろっと降谷さんをわたしは見やると、彼はにっこり笑っていた。

「いい加減離れるんだ、風見が困っているだろう?」

「……はい」

何をそんなに怒ることがあるのかとも思ったが、これ以上怒らせてはまずいことになるので素直に従う。自分の腰からわたしが離れると、風見さんはふうと安堵した。
そんなに嫌だったんですね・・・申し訳ないことをしてしまった。
明らかにしょんぼりしてしまったわたしをみて、風見さんはまた慌てた。

「いや、唯さんのしたことが嫌だったというわけでは……」

「風見」

風見さんの台詞を打ち切るように割り込まれた。笑顔のままの降谷さんは、視線の先を風見さんに定める。

「後で話があるからな」

「……はい」

上司に対して部下二人は同じ返事をするしかなかった。
満足したのかいつもの真面目な顔に戻り、わたしが纏めたファイルを一冊手に取る。もう一冊は風見さんへ手渡した。

「休憩はお終いだ、資料を確認するぞ」

「わかりました」

無事に上司の手元に渡ったことで安堵が生まれる。そのせいか急に眠気が襲ってきた。
備えつけられているソファに腰を下ろし横になった。ついでにクッションを抱えてしまうと、直ぐにでも寝入ってしまそうだ。

「それ……読み終わったら起こしてください……」

欠伸が出る。
早く目を閉じてしまいたい。

「唯、ここで寝るな」

どうして降谷さんはそういう言い方しかしないのか。本当は部下のこと大事にしている人なのに。
その証拠に、言い方は厳しくても寝てはだめだとは言わない。

「寝るのなら仮眠室の方がゆっくり休めますよ」

風見さんはただ真っすぐにわたしのことを心配してくれている。
二人ともとても優しくて、顔が緩んでしまう。

「仮眠室で一人で寝るより、ここの方が……降谷さんと、風見さんが居る方が安心できるので……」

もう瞼を開ける力はなかった。思考がどんどん落ちていく。
誰かが近づいてくる気配がして、わたしの足に何かがふわっと掛けられた。石鹸と柑橘系の落ち着く香りがして、もっと深い安らかな眠りへとわたしを誘うのだった。
(2018/6/3)

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