小学校の卒業式を控えた春先、母が死んだ。
 
 母はこわい人だった。別に虐待とか育児放棄とか滅茶苦茶に叱られまくるとか、そういった扱いを受けていたというわけでは決して無く、むしろ母なりの溢れんばかりの愛情を一身に受けてわたしは育った。父はわたしが産まれる前にはもう亡くなっていたから、わたしには母しかいなかったし、母にもわたししかいなかった。わたしを抱き上げて勝ち気に笑ってみせる母の強い姿は、今でも脳裏に焼きついている。

『立ち止まるな、まだ足があるのなら。諦めるな、まだ生きている限りは』

 それが母の口癖だった。わたしがやることなすことには寛容を通り越してもはや放任主義気味だった母の、絶対の言いつけ。唯一の躾。運動会のかけっこでも、苦手だった算数の宿題でも、果ては母と一緒に遊んだテレビゲームでさえも、とにかく母はわたしが諦めることを許さなかった。

『諦めたらそこで終わりってよく言うだろ。それは結果の話じゃなくて、それまでに積み重ねてきた努力や頑張りが無駄になっちまうってことなんだ。だからお前だけは、今までのお前を無かったことにだけはしてやるな』

 負けてもいい。間違えてもいい。追いつけなくてもいい。けれど途中で投げ出すことだけは絶対にするな。

『往生際悪く生きろよ、燈子』

 多分それが、母がわたしに遺した最期の言葉。
 殺しても死なないだろうと思っていた母親があっさりと死んでしまったことの衝撃は、卒業を控えていたとはいえ当時小学生だったわたしには相当のものだったけれど、母の絶対の言いつけを遵守してきたわたしはそこで立ち止まっているわけにはいかなかった。わたしにあるものは母が遺した家とお金と、この身ひとつだけ。それまで絶縁状態だった母の親類が渋々といった様子で中学卒業までの支援を申し出てはくれたものの、あまり頼りにすることはできない。これからは、一人で生きていかなければ。
 
 なんて一大決心をした、中学校への入学式を翌日に控えた夜。
 家が燃えた。正しくは、わたしごと家が燃やされた。
 突然のことだった。本当に突然、呑気に翌日に初めて袖を通す筈だった真新しい制服を眺めていたとき、リビングが突然火の海と化した。何の予兆も無く何の段階を踏むこともなく我が家は全焼、倒壊した。本当に本当に意味が分からなかったけれど、幼い無力なわたしは突然降りかかってきた理不尽になす術もなく、そのまま焼けて崩れ落ちた瓦礫の下敷となった。腕一本も動かせなければ、火で炙られている両足は最早感覚が消えている。文字通り、手も足も出ない状況というやつ。あーあ、前途多難って、多分こういうことを言うのだ。前途どころか、このまま死ぬのかな、わたし。一人で生きていこうって、意気込んだばかりなのに。春は始まりの季節って良く言うけれど、なんかもう色々終わってしまいそうなんだけど。というか、炎って、こんなに青いんだ。
 薄れていく意識の中、燃え盛る火の海の中、そんな馬鹿なことを考えていたときだった。


「ああ、生きてますね。もう大丈夫ですよん」

 頭上から、巫山戯た声が降ってきた。
 消化と救助活動に来てくれた消防隊の人かとも思ったけれど、どうやらそうではないらしい。今も尚炎が燃え盛る火災現場の真っ只中に下駄で踏み入るなんて一体どういう神経をしているのか、倒れ伏すわたしを笑顔で見下ろして手を差し伸べる男は、地獄のような光景も相まってさながら神様のようだった。それとも死の淵に現れたから、死神なのかも。

『往生際悪く生きろよ、燈子』

 ここに至って脳裏を過ぎるのは走馬灯ではなく母の遺言じみた言葉なのだから笑ってしまう。前に進むための足もこんがり燃えてしまったし、息も絶え絶えで死んでしまいそうだ。そんなわたしを前にしても、男はそれ以上動く気配もなく待っている。わたしの選択を待っている。全部投げ出してここで終わってしまうか、差し出された手にみっともなく助けを求めるか。
 
『立ち止まるな、足がある限りは』
 燃えてしまったけれど、まだ足がある。

『諦めるな、生きている限りは』
 死にそうではあるけれど、まだ生きている。

 ああ、だったらまだ、立ち止まる諦めることはできないじゃないか。

「たす、けて」


まだ春の鼓動を知らない




 小学校の卒業式を控えた春先、母が死んだ。中学校への入学式を翌日に控えた夜、家が燃えた。全てを失ってしまったわたしに差し伸べられた手に、往生際悪く縋りついた。掠れた視界の中で、柔く微笑む男の姿と、崩れていく白い仮面をつけた何かが見えた気がした。
 


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