バレンタインデー

「晋助様、これ、どうぞっ」

 来島が恥ずかしそうに差し出したのは、赤い包み。

「ああ、バレンタインだったな……気ぃ使わせたな、ありがとよ」
「そ、そ、そんな、晋助様のお口汚しにならなければいいんすけど」

 恐縮している来島を見て、ふと思いつき目の前の来島に尋ねる。

「まだ、チョコレートは持っているか?」
「はい?!」



「あのう、晋助様、自分もやんないとダメっすか」
「来島がいねぇと意味がねえだろ」
「はあ……そうなんすか……」

 気乗りしない顔で紙袋を下げて前を歩く来島はため息交じりだ。

「あ、武市センパイいましたよ、武市センパイ、ちょっといいっすか」

 武市を呼び止めた来島が俺を見る。

「おや、珍しい。高杉さんまで、どうされました」
「ああ、ちょっと野暮用だ」
「晋助様」

 紙袋から音を立てて、来島がチョコレートを取り出す。

「武市センパイ……どうぞっす」
「どういう風の吹き回しでしょう。アナタがワタシに? 愛の告白?」
「んなわけねえだろッ義理っすよ、義理」
「冗談ですよ。ちょっと言ってみただけですよ、そんな世にもおそろしいコト」
「当り前っすよ。自分だって」
「武市、俺からだ。受け取ってくれるか」

 来島と武市のやりとりを聞きながら、俺もチョコレートを差し出した。

「高杉さん?! これは一体…………愛の告」
「んなわけねえだろッツ 武市ヘンタイ」
「いや、でも、唐突で」
「来島からの方が嬉しいもんか?」

 二つの包みを見つめる武市に問う。

「まあ、どっちもどっちですか。意外性で驚きましたが」

 淡々と答える武市に来島が文句を言っている。



「万斉」

 艦内の広間でくつろいでいた万斉を見つけ、来島と共に近寄れば不思議そうに見つめられる。

「どうしたでござるか、二人一緒に」
「コレ、やるっす」
「俺からだ」

 同時に包みを差し出すと、神妙な顔つきで俺と来島を凝視している。

「ヴァレンタインディーでござるな。しかし、来島のはわかり申すが、晋助のは」
「実験だ。ちょっと試してみたくてな、万斉、やっぱり来島からの方が嬉しいか?」
「たとえ義理だとわかっていても、その心使いは嬉しいものでござるよ。来島然り晋助然り、男女の性別は関係ないでござろう」

 達観した物言いでチョコレートを受け取った万斉は微かに笑った。

「それで、実験の結果は出たでござるか」
「そうっすよ。晋助様。何の実験だったんすか」

 来島に詰め寄られ、万斉には意味深に問われた。

「まあ、想定内の結果だな。来島、付き合わせて悪かったな」
「いえ、滅相もないっす」

 来島に礼を言い、広間を後にする。

「結局、何だったんすか、晋助様は」
「さあ……でも、楽しそうだったでござるな、晋助」
「そうっすね」



 江戸以上に騒がしくバレンタインデーで盛り上がっている千晴の世界に少し驚く。いつもの商店街が赤やピンクに染まっていた。

「学舎で女に貰ったか? チョコレート」
「……」

 鍵はかかっていない玄関から真っ直ぐ居間へ向かえば、珍しく火燵で寝転がっていた千晴に声を掛ける。
 じろりとにらまれ、目線だけで火燵の上を指し示す。

「なかなか、やるじゃねえか」
「……俺んじゃねえよ」

 ふてくされた声で返事をした千晴は、恨めしそうに俺を見た。
 火燵の上には可愛らしい華やかな紙袋が四つ五つ置かれている。

「お前に渡してくれって言われたんだよ。何? お前さぁ、何でウチのガッコで人気あんの? おかしいだろ。それに商店街やスーパーのオバちゃんまで……なんなんだよ、意味がわからねぇ」

 心の叫びを吐き出した千晴は徐にひとつ紙袋をつかむと中から小さな包みを取り出し、勢い良く包装紙を破ると宝石のような琥珀色のチョコレートを口に放り込んだ。

「おい、それは俺のじゃねえのか」
「うるせえ。ひとつくらいいいじゃねぇか、俺に日頃の感謝を」
「じゃあ、こっちを食え。江戸で人気のヤツだ」

 来島に誂えてもらった江戸で行列ができるというチョコレートを袋ごと千晴に差し出す。

「……俺に?」
「ああ」
「お前が?」
「ああ」
「江戸の?」
「嫌ならやめとけ」

 袋に手を伸ばせば、その手を払われる。
 紙袋を鷲掴みにして抱え込み袋の中を見つめる千晴は、嬉しそうに笑っている。

「……」

 千晴のそんな顔は想定外で拍子抜けしていると

「俺からはねえぞ。お前、絶対たくさんもらってるからな」

 無邪気な笑顔で言われると妙に首の後ろ辺りがくすぐったい。

「安心しろ、てめぇからは期待してねえよ」
「じゃあ、来年は期待しとけ。手作りしてやるからな」

 くすぐったさが増して居たたまれなくなり、千晴が開けたチョコレートを口に放り込んだ。


It is over.

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