いつもと違う感じ
信じがたい光景が今、目の前にある。
隣の自由人、万事屋のオーナーが書き物をしている。形ばかりの偉そうなオーナーデスクに書類や帳簿類が並べられ電卓片手に銀髪天然パーマが事務仕事をしているのだ。
あまりに珍しい光景におやつで買ってきたロールケーキを袋ごと床に落としてしまった。
「ごめん、ジャマ?」
「かまってあげらんないけど、遠慮せずにどうぞ」
にやりと笑った天パはいつも通りの死んだ魚のような目だったが、すぐに手元の電卓をたたきはじめた顔は真剣だ。
「おやつ、冷蔵庫に入れとく」
「おう、ありがとさん」
勝手知ったる他人の台所、持ってきたケーキを冷蔵庫へ入れ、冷えた麦茶を用意して万事屋のソファに座る。
自宅より万事屋にいることが多い。
本を読んだりテレビを見たり定春と遊んだり、自宅よりここでゴロゴロ過ごしている。自由業のような万事屋は賑やかで騒がしいけれど、居心地がいい。今日は新八も神楽も定春も留守で何かとうるさい銀髪天然パーマは黙々とデスクワークをしていて、妙に静かだ。
持ってきた本を読もうとページを開くが静かすぎる万事屋オーナーの真剣な顔と何気に慣れた手つきのデスクワークに目が離せなくなる。
普段のぐうたらぶりが嘘のようだ。開いた本を閉じてその所作を目で追っていたら
「怜ちゃん、本、読まないの?」
その言葉で我に返り天パと目が合う。
珍しく困ったように笑って片手にペンを持ったまま頭を掻いている。
「なんで?」
「いや、別に……」
言い淀んでバツが悪そうに手元に戻る。こまめに何か領収証らしきものを束ねてリズミカルに電卓を叩く。面倒くさがりで適当でちゃらんぽらんな男だけど、実は意外に細かくて丁寧でちゃんとしているとこも、ある。
ウチに泊まるとあれこれ世話を焼いてくれるし、新八や神楽や定春の面倒もそれなりにしている。
ちょっと不思議な坂田銀時。
「だあぁぁあ、怜ちゃん何なの?! いつもは銀さんのこと無視して本ばっか読んでるくせに、今日はなに? 何でそんなに見つめてくんの、仕事が進まねぇだろうが」
いきなり立ち上がり文句を言いはじめた坂田さんは何やら頬を赤くしている。どうやら照れているらしい。
「お気遣いなく」
「気になるわっ、じっと見るのやめてもらえませんか、耳の中がムズムズすんの」
「俺、ジャマしてないよ。見てるだけ」
「だーかーらーそーれーがぁ…………くっそ、本読め、本」
これが俗にいう逆ギレというやつで天パはひとりわめいて頬を染めている。
「ちょっと見てただけなのに」
からかうように言って、膝を抱えてソファに座り直す。天パに視線を向ければ、チラリと目線を上げバツが悪そうにすぐその目線を手元に戻す。
見るなと言われると余計に見たくなる、まして、ぐうたら天パの事務仕事姿なんて今後見られるかどうか……抱えて膝の上に頭をのせ、ふわふわ揺れる銀色の髪と少しやる気な顔をそっと見つめる。
「怜、コノヤロウ」
気が付けば仁王立ちの天パが目の前にいる。
「300円あげるから団子屋へ行け」
手のひらに300円をのせムッとしている。
「なんで? 俺、団子、食べたくない。おやつ持ってきたし」
「だから銀さんの仕事が進まねぇんだよっ、団子がいやならその辺のコーヒーショップにでも行きなさい。アレ終わったら迎えに行くから」
「いやだ、ここにいる」
「だぁぁぁわざと言ってんだろぉぉぉ、怜」
勢いよく怒っている坂田さんはやっぱり目元が少し赤い。
「ただいまヨ」
「ただいまかえりました」
タイミングよく神楽と新八が帰ってきた。帰ってきた早々の二人に天パが詰め寄る。
「よおし、お前ら、でにぃ〜ず行って来い。300円やるからドリンクバーで思う存分飲んで来い。怜も連れて行きなさい。はい、いってらしゃい」
帰ってきたばかりの新八に小銭を握らせ、捲し立てる。
「何だヨ、ワタシ、怜のおやつ楽しみに帰ってきたのに、何ででにぃ〜ずだヨ」
「そうですよ、いきなりドリンクバーへ行けだなんて、言っときますけど300円で3人分のドリンクバーは注文できませんから」
「うっせぇ、足りない分は自分たちでなんとかしとけ。とにかく、怜と一緒に出掛けてこい」
天パが俺と玄関を指差す。
「怜、銀ちゃんの仕事のジャマしたアルカ?」
「してない。めずらしく真面目にデスクワークしてるから見てたら、この有り様」
「この有り様ってなんだァァ怜が」
天パは騒いでいるが頬を染めている。
「銀さん……何、照れてるんですか」
新八がさらりとつつく。
「なんだ、珍しく怜が見つめてくれたから、恥ずかしかったアルカ」
神楽が鼻で笑ってからかう。
「べっつに、照れてません。銀さん集中力ハンパないから、怜に見つめられたからって照れたりしてないしドキドキしたりとか全っ然してませんん」
むきになって新八や神楽に言い返す万事屋オーナーは本当に大人げない。
三人のヘリクツ合戦は賑やかで騒がしい、でもこれが万事屋だと思う。嬉しくなって思わず声を出して笑ってしまう。
「怜?」
「怜さん?」
「なに笑ってんの、怜このやろう」
三人に見つめられる。
「んー万事屋だなぁと思って、新八、神楽、駅前にデザートバイキングができたんだってさ、俺、奢るから行かない?」
二人の腕をそっと掴む。
「デザートのバイキングアルカ? ちょっとシャレてるネ」
「怜さん、僕は甘いモノはちょっと」
「デザートがメインだけど甘くないのもあるらしい、飲み物もドリンクバーだって、どう?」
新八と神楽に問いかける。
「きゃほぉぉぉい、早く行くネ、楽しみアル」
「神楽ちゃん、そんなに慌てなくても」
「ちょっとぉぉぉ、何盛り上がっちゃってんの、銀さんだって行くよ、デザートバイキング。もちろん、怜の奢りで甘味といえば銀さん、銀さんといえば甘っていう」
目を輝かせて糖分王が主張を始めている。
「銀ちゃんはソレ、片づけるんダロ」
「怜さんと一緒に出掛けてこいって言ったの誰ですか」
新八と神楽が冷ややかな目で糖分王を見つめている。
「お前ら、それはそれ、これはこれだよ」
糖分王は必死だ。
「もうジャマしないから、ゆっくりデスクワークに専念してください」
にっこり笑って300円を天パに返す。
「怜、早くするネ。銀ちゃん、行ってくるヨ」
「銀さん夕飯遅くなってもいいですよね? 怜さん、行きますよ」
神楽は勢いよく、新八は跳ねるように出ていく。
万事屋オーナーは涙目だ。糖分がすべてだと言い切ってるし、パフェに命かけてるもんな、それにみんなで食べた方が美味しい決まってる。
「時間制限が90分なんだって、アレさっさと終わらせて、一緒に食べよう。アンタの分も入れておくから」
それだけ言って玄関へ向かう。玄関先には新八と神楽がニヤニヤして待っていた。
「デザート祭りじゃあぁぁ」
中から叫び声。
ちょっと格好良かったデスクワーク姿が残念だと思いながら、またいつか見られたらいいなと期待している。
「結構、時間かかるかなぁ」
新八と神楽と駅前まで並んで歩く。
「半年分くらい溜まってるって言ってたから30、40分くらいかな」
「甘いアル、新八、ヤツの甘味への執着、こだわり、そして怜の奢りという解放感……おそろしいスピードを生むアル」
「神楽ちゃん、最後の方、違う気がするんだけど」
「違わないネ。銀ちゃんいつも言ってるヨ。自分の金で食べるパフェより他人に奢ってもらって食べるパフェの方が何倍もおいしいって」
「なにそれ…………どんだけダメなんだあの人」
「それが銀ちゃんアル」
万事屋オーナーが合流するまであと少し。
It is over.
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