チョコレートが欲しい
「はあ……」
テレビを見つめ、ため息をつく。
結野アナがにこやかにインタビューしている姿ときれいな小粒のチョコレート。有名なパティシエが熱心に話をしている。
「今年も欲しいって言ってみるか」
貼ってあるカレンダーに目をやり、独り言がもれる。
怜はチョコレートが苦手だ。チョコレートクッキーもチョコレートケーキもココアでさえ口にしない。そんな恋人のいる俺はチョコレートが大好きだ。常に懐にはアポ○チョコが入っている。そんな甘味キングの俺にとってバレンタインデーは大切な日だ。もちろん、男としても尊厳をかけた重要な日でもある。
『こちらのチョコはビターテイストで大人の彼にはぴったりではないでしょうか。本命の彼にいかがですか』
「結野アナ、本命の彼でも貰えないかもしれないのよ。そういう何か切実な彼氏もいるんだよ、ここにさ」
去年のバレンタインデーは某大手製菓会社の板チョコを三枚貰った。いつも非常食として隠してあるやつだ。一応赤いリボンでまとめられていた。
欲しいと催促してみた結果がそんな感じだ。
まあ、怜は女子じゃないしチョコが苦手なワケだから、そんな感じでも仕方ない……とは思うが。
「恋人としてもうちょっとアレでもよくないかぁあ」
大きな独り言を漏らしつつ、ソファにゴロリと横になる。
欲しいと催促しないでいたら、どうなるのだろうという疑問が頭をよぎる。
きっと、チョコレートのチの字も思いつかないだろう。いや、バレンタインデーという恋人達の記念日すら忘れ去り、徹夜で仕事をするのだろう。
「お、おそろしい、リアリティありすぎて、怖いわ」
ひとり身震いしてテレビに目をやれば、花野アナが少々不器用な手つきで手作りチョコに挑戦しているコーナーになっていた。
「逆に銀さんが手作りチョコを怜に渡してみる……ってダメだ。チョコが嫌いだった、無言で突っ返されるね」
虚しい現実に打ちひしがれる。
「とりあえず、今年も欲しいって催促しとくか」
悲しい決意を胸に秘めて、テレビのチャンネルを替えた。
それは、偶然だった。
出ると評判のパチンコ屋へ足を延ばした帰り道、物憂げな顔で佇む怜を見かけた。
何事かと様子を窺っていると、意を決したように店の中へと入っていった。何の店かと見上げれば“洋菓子アントワーヌ”と看板があり、そっと覗き込めば華やかな飾りつけと楽しそうな女たちがいる。
ほんの二、三分で怜は店から出てきた。慌てて物陰に隠れて様子を窺う。
怜はダウンコートのポケットから紙切れを取り出すと、何かを確認して歩き出した。
距離を取りつつ怜の後を追う。賑やかな通りに出ると、何かを見つけたようで真っ直ぐそこを目指して怜は進んでいく。
“和菓子 花花庵”と掲げられた看板と老舗らしい造りの店構え。しかし、そんな雰囲気とは裏腹に可愛らしい張り紙で“和風チョコレート”の文字が並んでいる。
自動扉が開かない絶妙な間隔を取って店内を覗き込めば、若い女達が四、五人はしゃいでいる。
怜はとても遠慮がちにショーケースを見つめ、近寄ってきた店員と少しだけ言葉を交わすと、出入口へ向かってきた。急いで店前にあるベンチに座り、背を向けて俯き気づかれないように細心の注意を払う。
店から出てくると怜はまたポケットの紙切れをじっと見つめて歩き出した。
淡々と怜は歩き続け、菓子店を訪ねて歩き六軒目の“パティスリーまんぼう”から出てきた時はぐったりしていた。
面倒くさがり王の怜が菓子店をリサーチしている。
これは、絶対にバレンタインデーの下調べですよね? ね? ね? 銀さん期待しちゃってもいいんじゃない?
にやける顔をなんとか引き締めつつ、踵を返して怜とは反対方向へ歩き出す。大回りの道を行く。
あれだけ疲れているから、もう帰るだろう。少し先回りして、怜と出くわす道を考える。
どんなチョコレートを渡されるのか、今から楽しみだな。余裕な感じが清々しいよ、にやけちまうけどよ。
わくわくすっぞ、チョコレートォォ! 待ってろよ、チョコレート!!
It is over.
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