鏡で首筋についたそれを見ながら俺は溜息をついた。それは昨日八左ヱ門の部屋で一緒に課題をした際に虫刺され痕なのだが、勘右衛門曰くまるで口吸いされたようにも見えなくない。よりにもよって頭巾でも隠れない位置にあるから具合が悪い。なぜなら俺はこれから恋仲であるナマエと町へ出かける約束をしているのだ。

「勘右衛門、どうすればいいと思う?」
「普通に言ったらいいんじゃないの。八の部屋で課題してたら虫に刺されたって」
「それができそうにないから困っているんだ」
「どうして?」
「実は昔、くのたまの先輩に迫られたことがあって、その時に首にこういうのを残されたんだよ。俺は気づかなかったんだけど、それを見つけたナマエに何だって聞かれてとっさに虫に刺された説明したんだよ。でも、どこからかそのことがバレてしまい結局ナマエは激怒、一週間くらい口聞いてもらえなかったんだ」
「つまりは今回もナマエちゃんは兵助がまた女に迫られたと思うってことか」

勘右衛門は大変そうだなって言いながらも、頭を悩ませる俺を見て、何かいい案がないかと思案してくれた。もうすぐナマエとの待ち合わせの時間になってしまうと焦っていた俺は、部屋に近付く気配に気づかなかった。

「兵助くんがまた女に迫られたって何?尾浜くん」
「あ、まずい」
「ナマエ!?」
「どういうこと?兵助くん」

障子を開けたナマエを見るなり、俺は首筋を手で隠してしまった。笑顔を浮かべているナマエはやけに迫力があり、勘右衛門も完全に顔が引きつっている。ナマエはすたすたと俺に近付いてきて、首筋に当てていた手を剥がそうとした。

「兵助くん!また首筋に跡つけさせたのね!この浮気者!」
「違うって!」
「お豆腐だけに飽き足らず、こんなところを吸わせるくらい気を許した女がいるってことでしょ!浮気よ!」
「浮気なんてしていない!今回は本当に八左ヱ門が飼ってる虫に刺されたんだ!」
「そう言えば私が許すと思ってるんでしょ!前もそう言って本当は女に迫られてたんじゃない!兵助くんの助平!」
「はい、そこまで」

いつの間にかナマエの背後に立っていた勘右衛門がナマエの口を塞いで俺から引き離してくれた。

「少しは落ち着きなよ、ナマエちゃん」
「……尾浜くんは兵助くんの味方なのね」
「まぁそれは五年に渡る同室の付き合いだから仕方ないけど、俺としては二人が仲良くしてくれてる方が嬉しいからさ。あと、一応ここ忍たま長屋だから痴話喧嘩するのはよくないと思うよ」

勘右衛門の言葉にナマエは落ち着きを取り戻したのか一旦床に腰を下した。向かい合って座ると、ナマエは俺から顔を反らした。横顔しか見えないけど普段より綺麗に化粧して、着てる着物は見たことないけど似合ってるし、髪には俺が前あげた簪をしていた。すごくかわいい。俺と出かけるためにこんなにめかしこんでくれたことを思うと、些細なことで喧嘩していることが勿体ないと思えた。

「ナマエ、前の時に咄嗟に嘘ついたのは本当にごめん。でも今回のは本当にただの虫刺されなんだ。勘右衛門や八左ヱ門たちに聞いてもらってもいい。昨日出された課題が難しくて、五年全員で一緒にやってたんだ」
「それは俺も証人になるよ」
「だから」
「…兵助くんを狙ってるくのたまはいっぱいいるんだよ」
「え?」
「忍たま五年い組の久々知兵助は成績優秀で将来有望、美形でかっこいいって言われてるの。私と恋仲なの知ってても、奪っちゃえばいいって言ってる子もいる。近くの町でも豆腐を売ってる美男子がいるって噂になってる。だから私いつも不安なの。いつか兵助くんがもっとかわいい子のこと好きになっちゃうんじゃないかって」
「ナマエ」
「嫉妬しちゃうし、不安だし、自分にも自信なくて、こんな私は兵助くんに嫌われちゃう…」

ナマエの大きな目からぽろぽろと涙が溢れて零れていった。いつの間にか勘右衛門は部屋からいなくなっていて、俺とナマエの二人きりになっていた。ナマエの腕を引いて抱き寄せた。

「俺はナマエだけが好きだよ」
「兵助くん」
「俺と出かけるためにこんなにかわいくめかししてくれる彼女のことなんて嫌いになれないよ」
「本当?」
「もっとちゃんと俺がどれだけナマエのことを好きか伝えるから。食べ物では豆腐が一番好きだけど、それ以外の俺の一番はナマエだから。浮気もしない。他のくのたまに迫られたって、ナマエから気持ちが離れることはない。約束する。だから俺のことももっと信じて」
「兵助くん……うん。私信じる」
「ありがとう。大好きだよ、ナマエ」

ナマエの額にかかっていた前髪を手で少しずらして唇をそこに触れた。泣き止んだナマエの手を引いて、部屋から出て門に向かった。

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