青い監獄から出れたその日は家で家族と過ごした。両親はBLTVで俺が活躍するのを見たと嬉しそうに話してくれた。だから、明日久しぶりに会うナマエちゃんもきっと俺の活躍を喜んでくれていて、デートもきっと楽しいものになるはずと思っていた。
「ナマエちゃん!」
いつもの駅に11時に待ち合わせ。10分前に着くと、すでにナマエちゃんはベンチに座って単行本を読みながら待っていた。やべ、ナマエちゃんより早く来ようと思ったのに。
「ごめん!待たせちゃった?」
「ううん。私が早く着いちゃっただけ」
首を振って単行本を鞄にしまったナマエちゃんがベンチから立ち上がった。白い膝丈のワンピース、いつもはポニーテールの髪も下してあって、なんだか毛先はくるくるしている、化粧もしているのかちょっと大人っぽく見えた。すげぇ、かわいい。
「潔くん?」
じっとナマエちゃんを見て黙る俺を不思議そうに思って、ナマエちゃんが呼んでくれた。
「あ、えっと、ナマエちゃんが今日もすごいかわいいなって思って。ワンピースも見たことないやつだし、髪型もくるくるしてていいなって」
「……ありがと」
「?」
いつものナマエちゃんなら恥ずかしそうに顔を少し赤らめながら言ってくれるのに、なんか今日は複雑そうな顔をしてそう言った。俺、なんか褒めるところ間違った?今日のデートはナマエちゃんが行きたがってた博物館に付き合う予定。その前に博物館に併設されたカフェでランチを食べた。ランチを食べながらも、いつもはいろんな話をしてくれるナマエちゃんが今日は口数が少なく、俺のサッカートークに相槌を打っていることの方が多かった。
「それで蜂楽のドリブルからのパスが絶妙でさ、あいつの武器はやっぱりすげぇってなったよ。凛も俺にはかなり厳しいけど、もともと弟性質なんだろうなぁ。なんかこう構ってやりたくなっちゃう雰囲気もたまにあるから、つい相手したくなっちゃうんだよな。って、俺ばっかり喋っててごめん」
「ううん、大丈夫。サッカーの話してる潔くん楽しそうだから、聞いてて私も楽しいし」
そう言ってナマエちゃんが笑ってくれたから俺はほっとした。博物館に入ってから展示を見て回るナマエちゃんの後ろを追うようについて行った。展示物を熱心に見ているナマエちゃんの横顔を勝手に見るだけで、俺は満足だった。離れたくなくてナマエちゃんの手を握ると、少しだけ顔が赤くなっていた。
「はぐれないように、ね」
人も多くない博物館の中ではぐれることなんてないけど、そんな口実で握られた手をナマエちゃんも握り返してくれた。2時間ほど博物館に滞在して、参考書が買いたいということなので本屋も入っている施設に向かった。
「潔くんはもう受験とか考えないでいいんだね」
「え?」
「だってあれだけ青い監獄の11傑として活躍してるんだからきっとプロのサッカー選手になるでしょう?」
「プロかぁ、全然イメージつかないけどな」
「……そしたらきっと」
「ナマエちゃん?」
「ううん。なんでもない」
何かを誤魔化すように、また暗そうな顔をするナマエちゃん。本屋の近くのゲーセンの前を通った時、クレーンゲームの景品にナマエちゃんが好きな猫のぬいぐるみがあった。俺はナマエちゃんの手を離して、クレーンゲームに駆け寄ると財布から100円玉を取り出して入れた。なんとか1000円くらいで取れたそれをナマエちゃんに渡した。
「はい」
「いいの?もらっちゃって」
「うん。ナマエちゃんのために取ったから」
「嬉しい、ありがとう」
結構大きめのぬいぐるみだったそれを胸元で抱きしめるナマエちゃんが今日初めて嬉しそうに笑ってくれて、ちょっとほっとした。その時近付いてくる人の気配がした。
「潔選手ですよね!私達ファンなんです!」
「サインください!あと、写真も撮っていいですか?」
たぶん俺たちより年上の大学生くらいの女の人の二人組だった。どう対応したらいいかわからずあわあわしていると、さっきまで笑っていたナマエちゃんがぬいぐるみを抱いて俯くように走り出してしまった。
「え!?ナマエちゃん!待って」
「潔選手?」
「ごめん!俺デート中だから」
ナマエちゃんが走って行ってしまった方向の端の方にあるベンチにナマエちゃんは座っていた。
「はぁはぁ、ナマエちゃん、どうしたの?」
ナマエちゃんの前にしゃがんで顔を見ようとしたけど、ぬいぐるみに阻まれた。
「もう私の知ってる潔くんはいないんだね」
「え?」
「サッカーで活躍して、みんながサッカー選手の潔世一に期待してる。きっとプロになったら、私なんかよりかわいい女の子たちのファンもいっぱいできちゃうんだよね。今日も街中でいろんな人が潔くんのことをチラチラ見てたの気づいてた?きっともう潔くんは私みたいなごく普通の人が付き合っていい人じゃないんだって思い知らされちゃった」
この言い方はきっと今日だけのことじゃない。ナマエちゃんは俺が青い監獄に行ってからずっと応援してくれながらも、そんな不安をずっと一人で抱えてたんだ。たしかに俺は青い監獄で生まれ変わった。自分でゴールを決める快感を知った。欲張りな自分にも気づけた。でもそれはサッカーだけにじゃない。俺は立ち上がってナマエちゃんを抱きしめた。
「ごめん。いっぱい不安にさせて」
「……潔くんが悪いわけじゃないよ」
「うん。でも、ちゃんと聞いて」
「?」
「俺はナマエちゃんが好きだ。俺はエゴイストだから、ナマエちゃんの最初で最後の男は俺がいい。だから、俺と別れようとか思わないで。もしプロのサッカー選手になれても、俺が好きな女の子はナマエちゃんだけだから」
俺の言葉に俯いていたナマエちゃんが俺の腕の中で顔を上げたのがわかった。少し身体を離して、やっと目が合ったナマエちゃんの顔はびっくりしていた。そんな顔もかわいいと思うくらい俺は君が好きなんだよ。