雷蔵が図書委員の仕事で部屋から出ていき、一人残された私も気晴らしに外へ出ようとしたら、胸元に何かがぶつかり、その勢いで尻もちをついてしまった。目線を下げれば見知った髪色の頭頂部。それは一つ年下のくのたまで私の恋人のナマエだった。しかし忍たま長屋にまで来るなんて珍しいな。

「ナマエ、どうかしたのか?」
「……」
「黙っていては何もわからないんだが」
「鉢屋先輩」

ナマエは私の名前を呼んだが、私の装束の胸元をぎゅっと握ったまま顔を上げようとしなかった。体勢を直して、あぐらをかいて座り、真ん中にナマエを座らせて抱きしめてやる。さらさらと艶がある髪を撫でると、少しだけ握る力が弱くなった。

「少しは落ち着いたか」
「鉢屋先輩」
「ん?」
「……私、鉢屋先輩に相応しいですか?」

未だに私の方には向かないナマエの口から弱々しい声でそんな問いが出た。

「どういう意味だ?」
「後輩の子たちに言われたんです。私みたいな、女としても、くの一としても平凡な人間が、変装の達人と名高い鉢屋先輩とお付き合いしてるなんて不思議だと。相応しくないんじゃないかと」

ナマエの声は震えていた。普段のナマエならそのような後輩の戯言など聞き流せたはずだった。だが、先日の校外演習でミスをしてシナ先生にひどく怒られたと嘆いて自信を失くしていたナマエには、戯言を聞き流せるほどの余裕はなかったのだろう。私はナマエの背中をぽんぽんと撫でてやった。

「お前は私が自分に相応しい、相応しくないでお前のことを好いたと思っているのか?」
「……いえ、思いません。鉢屋先輩はそんなことで人を判断されるお方ではないです」
「その通り。私はただ一人の男としてお前に惚れた。ただそれだけだ」
「鉢屋先輩」
「人に好かれるというのは案外難しいことだ。だが、私はお前のことを好いている。その自信だけはいつでも持っていろ。それは私の気持ちを大切に思ってくれていることと同義だ」
「はい」

ようやく顔を上げ、私の方を向いたナマエはやはり目の周りが少し腫れていた。きっと一人で思いつめ泣いていたのだろう。それでも堪えられず私の元を訪れ、私の言葉を欲したのだ。本当にかわいい奴だ、どこまでも私を惚れ直させる。

「やっと顔が見れたな」
「いっぱい泣いちゃったのできっとかわいくないと思います」
「いや、お前はいつだって愛らしい」

泣き腫らした顔を気にして俯こうとするナマエの顎に指をかけ、上を向かせてそのまま唇を重ねた。この口吸いから私の想いがすべてナマエに流れていけばいいのに、そんなことが頭を過った。舌を絡ませたっぷりと堪能してから口を離せば、ナマエの息が上がっていた。

「これくらいで息が上がるなんて鍛錬が足りないんじゃないか。口吸いの鍛錬と、先日お前がミスした実習について私が直々対策を教えてやろう。もちろん礼はお前自身でな」
「先輩の助平」
「言っただろう。私もただの男だと」

雷蔵が帰ってくるまで、こうして睦みあうのも悪くないだろう。

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