「人の感情が見える」
上司に相談したら、それは見聞色という名の覇気だと言われた。見聞色の覇気は海兵なら習得している者も多く、極めれば少し先の未来を見ることもできるらしい。海軍本部で情報部に所属している一海兵の私なんかが急にそんなものに目覚めることがあるのか、疑問にも思った。しかし、目覚めたものは仕方ない。上手くコントロールして使っていけばいい、と先輩からアドバイスだった。
「こんにちは、コビー大佐」
「ナマエさん!」
見聞色の覇気のコントロールのコツを知りたいなら適任がいる、そう言われて紹介されたのがコビー大佐だった。私より軍に入ったのは遅いが、彼は2年で雑用係から本部の大佐に昇進したエリートであり、ロッキーポート事件の英雄。大佐は見聞色の覇気について私に教授してほしいと頼まれ、多忙な人にも関わらず二つ返事で引き受けてくれたらしい。週に一度、私は大佐の執務室で指導を受けた。
「この前教えた遠くの気配を感じる感覚はなじみましたか?」
「なんとなく集中させればある程度遠くの気配は察するようになりました。でも、人の感情の方が情報量が多くて、ノイズみたいに邪魔をしてくるといいますか…」
「ナマエさんは人の感情に敏感なんですね。ボクは、頭の中に人の声が入ってきて聞こえるという感じなんですけど、ナマエさんは見えるって言いますよね?」
「文字だったり、色だったり、その人の考えていることや感情が形になって浮かんできます」
「人それぞれで本当に不思議な力ですよね」
最初は慣れなかった大佐の執務室の高そうなソファーに並んで座ることも、数ヶ月もすれば今ではそんなに緊張しない。それでも、ちょっと意識している相手と膝の触れそうなこの距離にはドキドキする。閉じていた目をそっと開くと、コビー大佐の頭の上にピンク色のハートが1つ浮かんでいた。
「??」
「どうかしましたか?」
思わず首を傾げると、コビー大佐がそう訊いてきた。
「え、あ、その」
「ボクの顔に何かついてますか?」
どう答えればいいのかわからない。たぶん私の見聞色の覇気が見せているそれに敵意は感じないし、むしろ好意的なものに見える。コビー大佐は何かついているのかと、自分の顔をペタペタと触っている。
「失礼は承知なんですけど、今、大佐の気持ちが見えていると言いますか」
「えっ!?そ、それはどんな風にですか?」
「ピンク色のハートが浮かんでいて、ちょっとかわいいです」
私の言葉を聞くなり、コビー大佐の顔がみるみる赤くなり、顔を両手で隠すようにして私から顔を反らした。
「……いつも見えてますか?」
「いいえ。今初めて見えました」
「よかったぁ、いや、よくはないんだけど」
「大丈夫ですよ。私ちゃんと見なかったことにしますから。大佐にそういう気持ちを抱かれる方がおられることも、口外しません」
誰にだってふと好きな人のことが頭をよぎることはあるし、大佐だって18歳の一人の男性。そういう人がいても何もおかしくない。大佐のためにも今のは見なかったことにしよう、そう思っていると、ふと大佐の手が私の手を握った。
「ボクの感情が見えた、そうなんですね」
「え、は、はい」
「それは、ナマエさんへの気持ちです。こうして会っているうちに、その、ナマエさんのことをかわいいって思うようになって、本部の中でも見かけたら声をかけたいと思いながらも勇気が出なくて、二人きりになれるのが嬉しくて……ごめんなさい!ナマエさんは見聞色の覇気の鍛錬を真面目にやっているのに、ボクは邪な気持ちもあって」
ぐっと大佐の手に力が籠った。
「コビー大佐。私もちょっとだけ邪な気持ちはありました」
「……え?」
「優しくてかっこいい大佐ともっとお近づきになれたらいいなって」
大佐の頭の上に浮かんでいたピンク色のハートが嬉しそうに揺れていた。