「賢二郎さ、最近スマホよく見てるけど、何かあった?」
寮の食堂を出ようとした時、天童さんに捕まって、そう訊かれた。天童さんは変化に目敏い。
「……別に。何もないですけど」
「天童さん、こいつ、彼女できたんっすよ」
「太一、お前」
「えっ!あの若利くん一筋の賢二郎に彼女が!」
「俺達に抜け駆けして彼女作ってるんですよ。しかも結構可愛いって人気の子」
「へー、名前は?」
「ミョウジナマエちゃんです」
「勝手にいろいろ喋るな、太一。ってか、ナマエが可愛いとか人気とか初耳なんだけど」
「彼氏の余裕ですか、この野郎」
いつの間にやら太一まで混ざってきて、天童さんはすごく楽しそうだし、俺は早くここから抜け出したかった。
「どんな子?写真ある?」
「俺は持って無いですけど、白布は持って無いの?」
「……持ってない」
「ダウト!」
「はぁ?」
「太一!賢二郎のスマホ確保!」
「はい」
「ちっ」
このMB組は手を組ませると厄介だ。あっという間に俺のスマホは奪われ、天童さんが慣れた手つきでロックを解除していく。スマホを取り返そうとする太一に俺は抑えられた。
「めちゃくちゃかわいいじゃん!」
「ですよね。一年の時、ミスコン優勝候補って言われてたのに当日風邪で文化祭自体欠席した幻のミスコン候補の一人です」
太一の説明に天童さんは楽しそうに相槌を打っていた。たぶんLINEのアイコンを見たんだろう。ナマエのアイコンは友達と映ってる自撮りだ。あれはたしかに可愛くて、ナマエの友人経由でその日撮った写真を何枚かもらった覚えがある。
「んん?もしかして、賢二郎、毎日おやすみって連絡してる?」
「……してちゃ悪いですか」
「太一どうしよう、俺の知ってる賢二郎じゃない」
「俺も知らないですよ、こんな白布」
太一の腕から抜け出し、天童さんからスマホを取り返した俺は、出口に向かって歩いた。そして振り返った。
「俺なりにそれくらい好きってことなんで、ナマエに余計な事しないでくださいね」
未だに俺を信じられないといった目で見ている二人に釘を刺した。
数日後、邪魔したくないと一度たりとも練習を見に来たことがないナマエが、何故か天童さんに連れられて練習を見に来て驚かされるのを、まだ俺は知らない。