医務室で保健委員会の仕事をしていると、わずかに障子が開けられた。
「……伊作先輩、いらっしゃいますか?」
「いるよ。入っておいで」
くのたまの桃色の忍び装束に身を包んだ彼女は静かに医務室に入るなり、座っていた僕に抱きついた。くの一教室で学ぶ一つ下の学年のナマエと恋仲になったのはほんの一ヶ月くらい前。持っていた薬学の本を置いて、左腕でナマエの身体を抱きしめながら、右手はその綺麗な長い黒髪を撫でる。
「今日はどうしたんだい?」
「補習になった天気を読む課題をしようと空を見てたら、鳶が私が持ってたお饅頭を取っていきました。しかも、それにびっくりして走ったら、綾部くんが掘った落とし穴に落ちて、同室の子が戻ってきて助けてくれるまで穴の中に一人ぼっち。髪も服も汚れるし、狭いし暗いし心細いし」
「本当にナマエも僕に劣らない不運体質だね」
僕が不運なのはもう日常だけど、僕に負けず劣らずナマエも不運なことが続きやすい。二人で街に出かければほとんどが雨だったりするし、山に入れば獣や山賊にも出くわす。ナマエは不運続きに心が折れてしまうと、一人でいられなくなり、友人だったり僕だったりに抱きつく癖がある。
「伊作先輩より不運じゃないもん」
「そうかな。留三郎にも似た者同士だってよく言われるじゃないか」
「むぅ」
悔しそうに僕の胸元に顔を埋めて甘えてくるナマエが正直かわいすぎて困ってしまう。ナマエの髪を指に絡めて遊んでいると、それに気づいたのかナマエが顔を上げた。
「伊作先輩って私の髪で遊ぶの好きですよね」
「だってこんなに綺麗な髪だからね。ずっと触っていたいって思うよ」
「仙蔵先輩だって綺麗な髪じゃないですか」
「僕が仙蔵の髪を触りたいって言ったらおかしいだろ?」
「おかしいっていうより、妬けます」
自分できっかけを作っておいて勝手に嫉妬するナマエがかわいい。恋をすると周りが見えなくなる、という話があるらしいが、あながち間違ってはいないと思う。
「僕はナマエも、ナマエの長くて綺麗な髪も、ナマエが遭う不運も、全部全部大好きだよ」
「不運も、ですか?」
「だって僕らがこうして出逢って想いを通じ合わせた幸運を思えば、いつもの不運なんてたいしたことないじゃないか」
そう言って、ナマエの額に唇を落としてやれば、今度は顔が真っ赤になった。君といれば、不運なんて怖くない。