食満留三郎は困惑していた。用具委員会での修補が終わって部屋に戻ったが、障子がわずかに開いていたのだ。同室の伊作は後輩を連れて裏山へ薬草摘みに出ているし、留三郎も部屋を出る前に閉めた記憶がある。なのに開いている障子に違和感を覚え、隙間から中を覗くと、桃色の忍び装束と髪が見えた。
「おい、ナマエ!」
「ひゃぁ!?け、食満先輩!」
勢いよく障子を開け、中にいた人物の名を呼んだ。くの一教室の忍び装束に身を包んだ少女が跳び上がって振り向いた。その手には留三郎の頭巾が握られている。
「お前、何してるんだ」
部屋に入り障子を閉めると、留三郎は腰を下した。
「ひとまず座れ。あと説明」
ナマエと呼ばれた少女は留三郎の前に正座した。ナマエはくの一教室の四年生、所属は保健委員会。伊作の後輩であり、それが縁で留三郎とも顔見知りになり、今では留三郎の意中の相手だ。
「実は先日、上級生の部屋から私物を一つ盗んで細工をして戻す、という課題が出されたんです。でもくの一教室の上級生となると人数も少なくて、誰のところに侵入しようかと迷っているうちに先輩方が演習を悟って、警戒するようになってしまったんです。それで、忍たまの上級生の方に侵入しようと思いまして」
「それでなんで俺の私物を盗ろうとしたんだ?」
「あ、いや、これは細工して戻すところだったんです」
「……は?」
ナマエの言葉に留三郎はすでに一度頭巾を盗られていること、またそれに気づかなかった自分に驚いた。手持ちの頭巾の数を日々確認しているわけでもないのだから当然だが、後輩であるナマエに侵入を許していたとは意外だった。
「まぁ、いい。それより細工って何をしたんだ?見せてみろ」
「……見てもわからないですし、放置してたら消えるので今は忘れていただいていいかと」
「それ、俺の頭巾だろ!」
「あっ!」
隠そうとするナマエの手から頭巾を奪い返し広げると、頭巾からふわりといい花の香りが漂った。
「香でも焚きつけたのか?」
「…私の愛用の練り香水を塗りました」
鼻に近付けて嗅いでみると確かにいつもナマエからする香りに似ていた。ナマエと同じような香りのする頭巾をどうすべきか固まっていると、ナマエは居心地の悪そうな表情になった。
「食満先輩、怒ってます?」
「別に怒ってねぇよ。それに数日で消えるんだろ?」
「よかったぁ。練り香水なので数日で薄まって消えますよ」
「それより、これで課題はちゃんと合格になるのか?」
「たぶん大丈夫だと思います。食満先輩の頭巾に練り香水をつけたことはシナ先生に報告済みなので」
「ぶっ!?ま、まぁ、課題が無事に終われそうならよかったな」
「はい!ありがとうございます」
思わず留三郎は吹き出した。課題が無事に合格できそうだと思い笑みを浮かべるナマエに対し、ナマエと同じ香りのする頭巾をどうするのか、容易く侵入されてしまった先輩としての立場、男としてみられていない可能性の諸々に留三郎は頭を抱えた。
その後、部屋に戻ってきた伊作は頭巾をもって難しい顔をしている留三郎を見て、首を傾げるのだった。