男子禁制のくのたま長屋に入ることを許されたのは今日が初めてだった。他ならぬ山本シナ先生からの指示とあれば断ることはできなかった。実は普段から恋仲であるナマエの一人部屋に侵入しているとバレたら退学もありえるだろう。なるべく落ち着かない様子を装いながら、見慣れたナマエの部屋の前に着き障子を開けた。部屋の中には灯りは点いていなかったが、部屋中のあらゆる物が散乱し、真ん中には布団が敷かれ、その上にこんもりと山が出来ていた。

「ナマエ、私だ」
「……」

静かに近づき、布団を被り山を作っているナマエに声をかけた。隣に腰を下し布団を少し捲れば、生気のない眼をしたナマエがいた。

「ナマエ、大丈夫か?」
「……小、平太」

ナマエの目線は下を向いたまま、耳から聞こえた私の声に反応して口がわずかに開くと、名前を呼んでくれた。生きてはいるな。
シナ先生から聞いた話では、くのたまの五年生六年生合同で偵察任務に出た際、ナマエは五年生の後輩が別の忍びに襲われそうになっているのを助けるために、その忍びの首を苦無で斬り、初めて人を殺めたと。無事だった五年生の後輩はナマエにとても感謝してしたが、ナマエは人を殺めたショックでその場を気を失い、シナ先生が学園まで抱えて帰ってきた。しかし目を覚ますなり、狂ったように泣き叫び、近くにあった手裏剣や苦無で自分を傷つけようとしたため、新野先生が薬で眠らせたが、目を覚ませば同じことを繰り返した。食事を食べても吐き出してしまうと次第に食事を摂らなくなり、起きては泣き叫び、自傷を繰り返しては薬で眠らせられ、ナマエは少しずつ弱っていった。ナマエがそんなことになっているのに、私は他の六年生たちと一緒に忍務についていて、学園に戻ったのはナマエの件から五日経っていた。部屋に戻るなりシナ先生から呼び出され、ナマエの状況を聞いたばかりだった。

「私がわかるか?」

弱りきって力なく頷くナマエを見て、胸が締めつけられた。忍びである以上、いつかは訪れるかもしれない現実をナマエは身をもって体験したのだ。忍者のたまごとはいえ、まだ十五年しか生きていない私たちには人を殺めた現実はまだ重たすぎる。

「シナ先生から聞いた」

ピクリとナマエの身体に力が入ったのが見て分かった。ナマエの頬に触れると、いつもは温かいのにやけに冷たく感じた。

「……もし」
「ん?」
「もし忍びになったら、あんな風に、襲ってくる敵は斬らないと、いけないのでしょう、もしそれが、今一緒に学んでいる仲間だったとしても、優しかった先輩だとしても、小平太、彼方だったとしても」

ナマエの言葉は優しすぎると思った。ナマエは人を殺めたことより、顔見知りを手に掛けなければいけないかもしれないつかの未来を恐れ、こうして怯えて震えているのだ。不謹慎かもしれないが、ナマエを愛おしく思ってしまった。

「ナマエ」
「……」
「お前は卒業しても忍びにはなるな」
「っ」

私が口にしたのはナマエが忍術学園で学んだ六年間を否定する言葉。ナマエははっとしたように顔を上げて私を見た。

「忍術学園を卒業したら、私の嫁になれ。そして私の家で弟や妹たちと私の帰りを待っていてくれ」
「……小平太」
「そんな未来を夢見ている方がきっと楽しい」

生気を失っていたナマエの眼に少しだけ光が戻ったように見えた。ナマエが被っていた布団を剥ぎ取ると、私はナマエの手を取り立ち上がり、障子を開けて外に出た。暗かった夜が明け、塀の向こうから朝陽が上っていた。

「……眩しいね」
「今日からはしっかり太陽の光を浴びて、飯を食って、体を動かすんだ。私と共に生きる未来のために」
「うん。ありがとう、小平太」

青白かったナマエの顔が、朝陽に照らされて温かい色を取り戻していった。

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